■ 番外編2 イルミの災難
仕事を終えた後、イルミはすっかりかかってきた電話のことを失念していた。
というのも今回の仕事は何やら計画通りにいかないことばかりで、少々手こずってしまったからだ。護衛の数も当初聞いていたより増えているし、何よりターゲットのボディーガードが移動系の念使いだったため、危うく逃げられそうになった。
ああいう念はどうも燃費が悪いからそんなに回数が使えなかったり移動できる範囲が狭かったりするみたいだけれど、厄介なことに変わりはない。
今日はツイてないな、なんて柄にもなく運の悪さを嘆いてはみたけれど、こんなものただの序章に過ぎなかったのだと帰宅してから思い知った。
「ただいま」
「イル!!!やっと帰ってきたのね!!」
「…なんで母さんがいるの」
さぁ、エレナに癒してもらおうと思って自室の扉を開けると母さんが。
咄嗟に視線を走らせてエレナの姿を探したが、いない。もしやまた出ていったのかとドキリとした。
「イル!どうして電話に出なかったのぉぉ!?」
「あ」すっかり忘れていた。
そういやそんなことも、と思って、まさか緊急の用ってエレナのことだったのかと動揺する。
だがこちらが問い詰めるよりも早く、母さんはけたたましい声をあげた。
「聞いたわよぉお!!まったくイルミったら私に何も言わないで!
この前のエレナさんの、旅行じゃなかったんでしょう!」
「あーそのこと…」
「離婚だなんて私は認めませんよ!?!きちんとエレナさんに謝ったんでしょうねぇ!?あなたがエレナさんを怒らせたんでしょう!!」
やっぱりオレが責められるのか。
ぎゃんぎゃんとうるさい母さんの小言に、否が応でも疲労する。それにしてもエレナはどこに行ったんだろう。ちゃんと口裏を合わせておかなかったオレも悪いけど、一体なんて説明したんだか。
尚も続きそうな勢いの小言に、イルミはいつも以上に声を張る。「ねぇ、」これ以上母さんと話していたって仕方がなかった。「それより、エレナはどこ?」
「あぁ、エレナさんはね!さっきお出かけになったわよぉ!」
「は?」出かけた?また?どういうこと?
仲直りして以来、エレナがイルミに無断で外出することは無くなっていた。
元々買い物は執事に頼めばなんだって手に入るし、何よりそうしてくれと頼んだからだ。
これから言いたいことをいい合おう、となったので、イルミの要求も当然ながらエスカレートしたのである。
「出かけたって、どこに?」
「さぁ、何も仰ってなかったけれど?」
「探してくる」「ちょ!!イルミ!まだ話は終わってないのよぉお!!」
喚き続ける母さんを放置してイルミは部屋の外へと出る。片方の耳を押さえて、携帯を取り出してエレナにかけた。
「もしもし?」「もしもし?じゃないよ、まったく。今どこにいるの?オレに何も言わないで一体どういうつもり?」
「だって…」
電話ごしの彼女の声は元気が無かった。
さては何かあったのか。怒っていたのもそのままに、イルミは少し心配になる。
「何かあったの?」
「いや、お義母さんがすごいから…」
「あぁ、それか。エレナどんなふうに言ったわけ?オレも今さっきすごい口撃食らったんだけど」
「イルミが言ってないとは思わなくて、うっかりと。
………とにかく、ほとぼり冷めるまで帰らないつもり」
「えっ!?」
帰らないって、なにそれどういうこと。
思わず携帯を落としそうになって握りなおす。本当に別居でもするつもりか。
「何馬鹿なこと言ってんの?許すわけ無いだろ。今どこ?今日は一緒に寝ようって約束したよね?」
「延期!イルミがお義母さんを落ち着けてくれたら帰るよ。私もう質問攻めにあって大変だったんだからね!」
じゃ、終わったら連絡して、と通話が切られる。
イルミは深い深いため息をついた。
「何がオレのせいでエレナが出ていった、だよ」
完全に母さんのせいじゃないか。
一体何時間弁解すれば母さんは納得してくれるのだろう。
イルミはこれも新手の拷問だと考えることにして、暗澹たる気分で自室へと戻った。
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