■ 21.素直に
「イルミは…」答えるまでじっと見つめ続けていたらようやく開かれた唇。
彼女は一言一言絞り出すように言葉を紡いだ。
「イルミは、すごく独善的で、高圧的で、何でもかんでも言うことを聞かそうとするし、嫌味っぽいし人を思いやる気持ちにも欠けてるし……」
「うん」
それはさっきも聞いた、なんて言えないオレはただ彼女に喋るのを聞く。
直せないかもしれないけれど、聞いて受け止めることはできるから。むしろ、それしかできない。
エレナはオレが黙って耳を傾けたことに驚いたのか、だんだんと声が小さくなってバツの悪そうな表情になった。
「でも、私も…悪かったとは思ってる。ちょっとだけね。
何も言わずに出ていって、イルミが探しに来てくたときは怖かった反面嬉しかった。それもちょっとだけど」
「うん」
「……だから私はイルミのこと、嫌いじゃないんだと思う。
それどころか、」
…好き。
至近距離でエレナはまっすぐにこちらを見つめたまま言った。「って言ってくれたら、私も好き」そしてすぐに目を反らす。
「…何それ」
「だって、私ばっかり…嫌だもん」
困ったように眉を寄せ、エレナは呟く。相変わらずわけがわからなかったが、気が付くとオレは彼女に唇を重ねていた。
「っ…!?」
じたばたと暴れる彼女の後頭部に手をやり押さえつけると、だんだんと抵抗は弱くなっていく。
ちゅ、とわざとリップ音をたてて離れれば、エレナは耳まで真っ赤になっていた。
「な、なんで…!?」
「なんか、したくなっちゃって」
「はぁ!?」
エレナが嫌だもん、と言った瞬間、無性に愛しさがこみ上げたのだ。
これは正直自分でも理由がわからないから、彼女がわからなくても無理はない。
動揺する彼女に、オレは僅かに口角をあげた。
「じゃあ、オレが好きって言ったら好きって言ってくれるの?」
「…」
「好きだよ、エレナ」
「…そんなのずるい」
「何が?エレナがそう言ったんじゃないか」
別に引き止めたいからとか、そんな理由で言ったんじゃない。
むしろ半年も一緒にいるのにどうして気が付かないのか。
「好きじゃなきゃこんなことしないよ」
「…男の人は愛がなくても抱けるって言うけど」
「構造上はね。だけど、愛なしにエレナにこんなことする意味がない」
なんならどのくらい愛してるか証明しようか?と結構本気でエレナの腰に手を回せば、彼女にごつん、と頭突きされた。
「イルミの、バカ…」そして、今さらになって泣きだした彼女に思わずオレは面食らう。
なんで泣いてるんだろう。オレは怒ってなんかないのに。
「なんで泣くの?」「っ…わかろうとしてよ」
「悲しいの?怖いの?」
「ううん、嬉しいの」
エレナは嬉しくても泣くのか。ややこしいな。
本当にオレにはわからないことだらけで、でもだからこそ知りたいと思う。
エレナの全部を知りたい、わかりたい。
「寂しいなら寂しいって言えば良かったのに」
「イルミは私の話なんて聞いてくれないじゃん…」
「そういう話なら喜んで聞くよ」「バカ」
本気で、通知書を見たときはびっくりした。たぶん、人生であんなにドキリとしたのは初めてかもしれない。
言うこと聞いてくれないな、とは思っていたけれど、まさかあんな暴挙に出るなんて。
「……じゃあワガママ言っても、嫌いにならない?」
「出ていかれるよりマシだね」
「早速言っても?」
「うん、どうぞ」
背伸びしてオレの肩をぎゅっと掴み、耳元で囁いた彼女の可愛らしいワガママを聞いてオレは思わずにやりと笑う。
こんなワガママならいつだって大歓迎なんだけど。
「でもごめんね、婚姻届は一緒にだしに行けないや」
「え…?」
「だって別れたことになってないんだよね」
エレナはずっとオレの奥さんのままだったんだよ。
そしてこれからもずっとね。
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