■ 16.価値観の相違
「なんで…」
くだらない意地から自分では見に行けないとはいえ、様子が気にならないわけではない。
しかも苦肉の策で遣いに行かせたのはよりにもよってあのヒソカだ。全然信用ならない。
一緒に食事をしているその和やかな二人に、早くもミルキに用意してもらった機械がぶっ壊れてしまいそうだった。
─口に合うかい?
─ええ、とっても。こんな高級な所に連れてきてもらってなんだか申し訳ないです。
ウチの料理もいつもこのくらい豪華でしょ。
もちろんヒソカ本人には盗聴器と隠しカメラを付けていることは言ってある。
だからこいつがやけにエレナにベタベタするのは、わかっててやってるのだ。あー、殺したい。
─気を遣わなくていいよ、ボクはキミに喜んでもらいたかっただけだから
ヒソカの上着のボタンに仕掛けられたカメラは身長差的にちょうどエレナの顔を写す。
あんな中身のペラペラな甘言に喜んじゃって…ホントに馬鹿みたい。
けれどもイルミはイライラしながらも、モニター画面を見つめることしかできなかった。
─キミ本当はとってもお嬢様だったりするんだろう?
─え?
─だってほら、食事のマナーがとても美しいから
─あぁ…
確かに母さんが気に入るだけのことはあって、エレナはきちんとした暗殺一家のきちんとしたお嬢さんだ。そして年頃らしくお洒落が大好き。母さんと一緒になって何時間だって着替えたり、服を選んだりする。彼女と結婚してからオレの部屋に巨大なクローゼットが置かれたくらいだ。オレには全く理解できないけれど。
─じゃあこういうところも慣れてるんだね
─そうでもないですよ、そもそも誰かと二人でご飯を食べるなんて滅多にないことです
そんなこと……と言いかけて、イルミは停止した。
そんなことある。
確かにうちは大家族だけど仕事のスケジュールも個々それぞれバラバラ。
たまに朝揃ったときは全員で食事を取ったりすることはあるけど、そうでないときは自室で食事を済ませることも多い。
そもそも、ある程度食べなくたって問題ないからついつい後回しにしてしまうのだ。エレナの言う通り、オレと彼女の『二人で』食事を取ったことなんて、この半年間あっただろうか。
それどころか、彼女は普段何をしてたんだろう。何を思ってたんだろう。
母さんもそうだけど、ウチでは妻は家にいることが多い。それはもちろん、居場所をおおっぴらにしている以上、誰かが家を守らねばならないからだ。
いくら優秀な執事が沢山いるとはいっても、ゾルディックの人間には敵わない。
オレはそのことを疑問に思ったことはなかったけれど、エレナの当たり前とオレの当たり前は違ったのかな。
─ふふ、こんなに楽しい食事は久しぶりです
ねぇ、エレナは何を考えてるの?誰かと食事をするのがそんなに楽しい?それともヒソカだから?
イルミにとっては服も食事もそして彼女の夢も、何もかも取るに足らないこと。
価値観の相違。性格の不一致。
彼女がそう言ったのもあながち間違いではなかったのかもしれない。
だけど、本当にわからないんだ。エレナが考えていることも望むことも何もわからない。決して彼女を蔑ろにしたいわけじゃないのに、まず気づくことができないのだ。
「エレナ……もう、戻ってこないの?戻りたくないの?」
何もかもわからないくせして、モニターごしに見た飾らない笑顔に確かに胸がズキンと痛んだ。
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