■ 13.惨敗と意地
私には本当に才能がないのではないか。
落選に次ぐ落選に、流石のエレナも落ち込まずにはいられない。なまじ審査の時に声質を絶賛されて、持ち上げられるだけに余計後で落ち込む。大人はみんな嘘つきだ。
中にはスクールに入るお金もレッスン費用も全部こちらが出すから、事務所に入ってくれないかという輩もいたが、今はもうそれすら胡散臭い。
そこまで言うなら合格させてくれればいいのに。
いつだって選ばれるのは違う人で、エレナは後で別室に呼び出され勧誘を受ける。
「正直この結果には納得がいってないんです」そんなセリフは聞き飽きた。
─お前の歌なんて需要ないよ
本当にそうなのかもしれない。でも嫌だ。あの人のところに帰るのは。
半分意地みたいになっている部分もある。だけどやっぱりあそこが私の居場所だとも思えなかった。
お義母さんもお義父さんもいい人だし、義弟くん達だって可愛いけれど私が『イルミの妻』である必要はどこにもない。要するにあのポジションは誰だっていいのだ。
若いから、と言われてしまえばそれまでなのかもしれなかったが、エレナは結婚に対して憧れを抱いていた。
もちろん自分も暗殺一家に育ったため普通なんて知らなかったけれど、シルバさんとキキョウさんの夫婦は素敵だと思う。
私もあんなふうになれたらいいな、なんて思っていた自分が今では馬鹿みたい。
イルミとあんなふうになれるわけなかったし、彼の方はなる必要もないと思ってるだろう。
夢は確かに歌手になることだったけれど、暖かい家庭を築くことだって立派な夢だったのだ。
エレナは本当に道楽にでもしちゃおうかななんて投げやりな気持ちで、公園で人目も気にせず歌っていた。
そうなると当然、周囲の注目を浴びるが構いやしない。
どうせ誰も私の歌なんて…。
「お姉ちゃん、綺麗な声だね」
「プロ目指してるの?」
歌い終わる頃には、何人か足を止めてくれていた。拍手と自分に向けられた暖かい笑顔に思わず戸惑う。
「もう一曲、歌ってよ」
「…はいっ」
道楽でもいい。夢が必ずしも叶うものじゃないってことも知ってる。
だけどもう少しくらい夢を見ていたっていいじゃないか。
※
「イル、いくらなんでもそろそろエレナさんに帰ってきてもらいなさい!!」
とうとう来たか。
イルミは内心の苛立ちを悟られないようにして、目の前の母親と向かい合う。
実際、エレナが『旅行』に出かけてからもう2か月が経とうとしていた。
「たまには羽を伸ばしたっていいんじゃない?エレナはまだ若いんだし」
「そんなこと言ってもねぇ、流石に少し心配じゃなくって??」
「ちゃんと連絡は取ってるよ」嘘だ。
一度、ホテルに押しかけて以来、居場所は把握し続けているものの顔を合わせていない。
イルミの予定ではいくらなんでももうエレナが諦めて帰ってきているはずだったのだ。
受けたオーディションはことごとく惨敗。実家にも帰っていないようだし、夢破れた彼女が戻る場所はここしかないはずなのに。
だが予期せぬ誤算に焦れていても、何度も戻ってこいだなんて催促に行けるような性格でもない。そんなみっともないこと出来るわけ…だいたいオレは何も悪くないし。
意地を張っているのだと言われればそうかもしれなかった。
「そう?だったらいいんだけど、なるべく早く帰るように言ってちょうだいね!!
ワタクシ、あなたたちが喧嘩でもしたんじゃないかって心配してたのよぉ!!」
「ははは、喧嘩なんかしてないよ」
一回離婚されただけ。
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