■ 9.原因
「イルミは…将来の夢とかないの?」
「は?将来?」
元から突拍子のないことを言い出す節があったエレナだったが、このときもまたイルミは何を言ってるんだろうくらいにしか思わなかった。
というのも、彼女も自分も生まれたときから暗殺者になるための教育を受けていて、将来の夢どころか暗殺者になる以外の選択肢などなかったのだ。
それにまだ17であるエレナはまだしも、イルミは24。
長男で責任もあるし、もう夢だなんだという歳でもない。
強いて言うなら、キルアを立派な後継者に仕立てることぐらいだった。
「別にないけど」
「じゃ、子供の時になりたかったものとかってある?」
「ないね」暗殺者はなりたいとかなりたくないとかそういう次元の話じゃなかった。
「…そう」
「…なに、エレナはあるの?」
女がこんな回りくどい質問をしてきたときは、たいてい自分が同じ質問を聞いてほしいときだ。
他の女ならスルーするところだがエレナは一応妻であるし、何を言い出すかによって多かれ少なかれ自分にも影響が出る。
ほとんど社交辞令の要領で、イルミは彼女に「エレナはあるの?」と聞いた。
「…私ね、小さいころから歌手になりたかったの」
「ふーん」
「それでね、実は今でもまだ諦めてないんだ」
「そう」
夢を見るのは勝手だが、それはあくまで夢と割り切ってもらわねばならない。
ゾルディックがいくら本拠地を隠していない暗殺者でも、決して表舞台に立つことはないのだから。
「…ねぇ、いいかな?」
「何が?」
「私、なりたいのよ。
なれるかどうかわからなくても、挑戦くらいはしてみたいの」
「…何言ってるの?」
それはオレに許可を求めてるってこと?
イルミは呆れたの同時に、そんなわけのわからないことを言い出したエレナに腹が立った。ちょうどこの時、キルアも家業を辞めたいみたいなことを匂わせていて、それが頭によぎったのもあったのだろう。
とにかくその時イルミはまだ精神の幼い妻に向かって盛大に溜息をつき、お説教を開始したのだった。
「お前もさ、結婚したんだからいつまでも馬鹿なこと言ってないで現実みなよ。
なれるわけないだろ。お前の歌なんて需要ないよ、それよりその技術を生かして一人でも多く殺してくれた方が余程助かるね。
まぁ道楽で歌う分には勝手にすればいいんじゃない?
なんならカラオケ設備くらい作ってやってもいいけど」
「…需要ないかなんて、わかんないじゃん」
「ないね。お前みたいになりたいって言うやつはいくらでもいるさ。
だけど全然現実的じゃないし、だいたいお前は歌手になってどうするわけ?
歌って踊れる暗殺者でも目指すつもり?それともまさか足を洗うなんて言わないよね?
ウチに嫁いだからにはわかってるんでしょ」
「…」
黙り込んだエレナの目には涙の膜が広がっていたけれど、オレは何も間違ったことは言ってない。
彼女は小さな声でもういい、と言った。それが当然だと思った。
「歌いたかったらその辺で好きに歌ってなよ。誰も邪魔しないから」
「イルミの馬鹿」
「それはエレナだろ」
部屋を出ていったエレナに、イルミはこれでもうこの話は終わったのだと思いきっていた。
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