■ 6.忘れたい焦燥
それからいくら探しても、ウルの行方は掴めなかった。
いや、本当は懸命に探すことをやめていた。
きっと彼女を見つけてしまったら、また皆傷つくだけのような気がする。
オレは好きな女に弟と結婚するように言わなければならないし、逆に彼女は好きな相手から他の男との結婚を勧められる。キルアはまた道具扱いだ。
そんなことを考えれば、積極的に探す気が起こらないのも無理はない。
もちろん心配はしていたけれど、彼女は強いしそう困ることもないだろう。
いっそこのまま見つからなければいいのに、とさえ思った。
オレの物にならないのならオレの前から消えてしまえばいい。
そんな歪んだ考えまで浮かぶ始末で、酷い自己嫌悪にかられた。
「ウルさんが心配なのもわかるけれど、イルミあなた最近頑張りすぎじゃないの??」
「…うん、大丈夫だから」
頑張ってるのは彼女を探すことじゃない。探してるフリをして、どうしようもない現実に一人で焦燥感を抱えているだけだ。だけど周りがそんな風に言うから、それがまた余計に負担になった。
「ごめん、仕事行くから」
結局そうやっていつも逃げるのだ。現実から目を反らして、そのくせまだ彼女のことを忘れられないでいる。
自分の愛用の道具を見つめて、無理にでも彼女に関する記憶を消してしまおうかと思った。
「…兄貴」
「…」
ふと、後ろから声をかけられた。
オレは手に針を握りしめたまま、声のした方へと振り向く。オレが考え事をしていたからか、キルアの気配の消し方がうまくなったのか、近づかれていることに全く気が付かなかった。
「なに?」
「…俺もウルのこと、探しに行く」
行きたい、ではなく行く、という意思。キルアはまっすぐにこちらを見つめてそう言った。
「…必要ない。お前は気にしなくていい」
「そんなわけにいかねーだろ。ただウルが家を出ただけならまだしも、あんなことがあったってのに!」
「どのみち今のお前じゃ彼女を見つけるのは無理だね。そんなことをしてる暇があったら訓練の一つでも増やした方が余程有意義だよ」
歳の差があるからか、キルアが面と向かってオレに楯突くのはあまりないことだった。
だけど思い返せば楯突くときはいつもウルに関連したことだった気がする。
オレが彼女を泣かせて、そしてそれを慰めるのはいつだってキルアだ。
小さいときからそう。なんでウルはキルアを好きにならないんだよ。
せめて二人が両想いだったなら、オレだって少しは諦めがつくのに。
「無理かもしんねーけど、知らん顔してただ待ってるわけには…!」
「お前には関係ないことだよ」
「関係ない?何言ってんだよ」
─ウルは俺の婚約者だぜ
「…」
その一言が思っていた以上に胸を締め付けた。
かろうじて動揺を表に出さないようにしたが、思わず口調に棘が混じる。
「元、婚約者でしょ」
キルアはウルの元婚約者で、それならオレは一体何なのだろう。
どうしてオレが彼女を探しているんだろう。
「ウルのことはオレがどうにかするから、お前はただ技術を磨いてればいいよ」
わからない。こんなに苦しい思いならもう要らない。
これ以上オレを壊さないでよ、頼むから。
※
結局、暗殺の仕事で食っていく気にはなれなかった。
同じ業界ならすぐに両親にも見つかりそうだし、今まで家名で仕事を請け負っていた部分もあるから、急にフリーになると依頼主を見つけるのは大変だ。
だからといって暗殺しか学んでこなかった私が一般の生活に馴染めるはずもなく、結局頼れるのは己の強さのみ。
そう、ここは戦闘のメッカ、天空闘技場だ。
私はここで素性や顔を隠し、適度に負けつつ200階を超えないように暮らしていた。
もともと戦闘は好きな方だが、今は名誉なんかより賞金のほうが大事。100階さえ超えてしまえば自室がもらえるため、私にとってはいつまでもこのあたりの階で燻っている方が都合が良かった。
「でも、次の試合は1か月後か…」
カレンダーを見て、溜息をつく。目標も達成感もない暮らしは、私の心まで燻らせた。念も使うわけにもいかず、ただひたすらに惰性で生きるしかないのだ。
これから一生この居場所を守るためだけに生きていくのかと思うと、流石に気が滅入った。
「だれか、強い人と戦いたいな…」
そうしたら少しはこの気分だって晴れるかもしれない。基本的に金にならない殺しはしない主義だが生まれ持っての性格か、強い人との手合せはワクワクした。
暇なときはそれこそシルバさんに絡みに行ってよく遊んでもらったっけ。家族はいいけど、外では絶対に自分から強そうな相手に仕掛けるなとイルミに怒られたものだ。
そう、イルミに…。
なんだかんだ言って彼は面倒見がいいのだ。私が一度言い出したら聞かないのを知っているからか、多少我儘を言ったって付き合ってくれた。
それが良くなかったのかな…。
私は彼に甘え過ぎてたのかな…。
家を出たのはいいけれど、結局またイルミのことを思い出して辛くなる。
忘れる気なんてないくせに、忘れたいだなんて思ってしまう自分が情けなかった。
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