- ナノ -

■ 43.Crush On

「ウル、よく似合ってるぞ」

着いたのはこの近辺にしては小綺麗な一軒家だった。古いが広さはそれなりにあるようで、蜘蛛の仮のアジトとして十分に機能を果たせそうである。車を降りたウルはイルミもヒソカも待たずに中に入っていき、イルミが追いかけたときには玄関のところで暑苦しいコートを羽織った男に向かって笑いかけていた。

「ありがとう。そしてこの前は急に出てっちゃってごめんなさい」
「あぁ、別に気にしてはいない。それより……そっちが噂の旦那か」

そういってこちらを見るなり苦笑を浮かべた男はまだ若く、イルミとそう歳も変わらないだろう。殺気をぶつけられてもこの余裕。そして身にまとう雰囲気からして、この男こそが蜘蛛の団長。「どうも。ウルが世話になったみたいだね」イルミはさりげなくウルを自分の方に引き寄せると、一応の挨拶をした。

「ゾルディックの人間にわざわざ来てもらえるとは光栄だな。俺はクロロだ」
「ま、無理矢理連れてこられたようなものだけどね。名刺渡したし、オレの名前は知ってるでしょ」

イルミの態度は普段からこのような感じだが、初対面の人間には多少なりとも不快感を抱かせるのかもしれない。クロロは浮かべていた笑みをすっと消すと、値踏みするようにイルミを上から下まで眺めた。

「あぁ、どんな男かと思っていたが案外と優男なんだな」
「オレも驚いたよ、まさか蜘蛛の頭がこんな子供だったなんてね」
「ちょっ、イルミ、失礼だよ」

ウルが慌てて腕を引くが、イルミはわざと見下ろすようにクロロを見る。クロロが特別低いというわけではないが、こうして並べばそれなりに身長差はあるものだ。
視線が交錯してぴり、と空気が張りつめる。

「ずるいなぁ、ボクも混ぜてよ

もっとも、遅れて入ってきたヒソカが嬉しそうに間に入ったため、二人は気分が悪くなって身を引いたが。

「まぁいい、それよりもみんな中でウルのことを待ってるぞ」
「ほんと!?嬉しい!」
「あ、ちょっとウル、」

そう聞くなり、ウルはイルミの制止も聞かずに奥へと進んでいく。一瞬、イルミはいつもの癖で溜息をつきそうになったが、クロロの揶揄するような視線にそれをこらえた。

「うわぁ、すっごく綺麗だよウル!」
「ありがとう!」
「で、そっちが噂の?」

結局のところ、どうやったって視線を集めることは必至だった。イルミもイルミで奥の部屋に入るなり、相手の人数と位置、それから扉や窓の数まで確認しているのだからお互い様かもしれない。ここにいる蜘蛛の団員は全部で5人だった。和装の女が一人と、黒くて目つきの悪い小さいの、それから眉毛のない奴、耳の長い大きい奴。あとはウルに話しかけているやたらと愛想のいい奴。やはり蜘蛛というだけあって全員手練れだろうし、ヒソカとはまた違う、刺すような視線をぶつけてくる奴もいる。

「ハ、お前が殺し屋か。あまり強そうには見えないね」
「まぁ暗殺者としては見た目で油断される方が得なんだけどね。そういうお前も子供に見えるし、向いてるんじゃない?」

先に仕掛けてきたのはそっちのくせに、短気な男だ。向けられる殺気ごときで青くなったりなどしないが、気持ちのいいものではないことは確か。

「えっと、クロロ……だっけ?本当にオレ達を祝う気あるわけ?」
「フェイ、やめておけ。一応祝いの席だ」
「チッ」
「ふーん、一応なんだ?」
「ゾルディックと顔見知りになるのも悪くないと思ってな」

なるほど。本当に抜け目のない奴。ウルと知り合いなのは嘘ではないのだろうが、祝いにかこつけ上手いこと利用されたというわけだ。純粋に喜んでいるウルが馬鹿で可哀想。これだから放っておけない。
イルミはウルの腕を引くと、オレからあんまり離れないでと耳打ちした。

「それじゃあ主役も揃ったことだし、パーティーを始めよっか!皆適当にお酒持って」
「うーん、イルミは何飲む?」
「なんでもいいよ、どうせ酔わないし」

適当に時間を潰してさっさと帰ろう。向こうも顔合わせが目的ならば、本当に仕掛けてきたりしないだろう。何よりお互い、戦うメリットが無い。この場で乱闘ならぬ死闘騒ぎをしたい奴がいるとすればそれはヒソカくらいのものだろう。

「……そういや今回のヒソカ、やけに協力的じゃなかった?」
「え?」
「おかしいよね。いくら気まぐれとはいえ、気持ち悪くない?」

ほとんど飲みたいだけの蜘蛛の面子は、乾杯!と勝手にもう始めている。それは別に構わないのだが、ヒソカに借りを作ったままであるのは気持ちが悪い。「ねぇ、ヒソカ」頼んだわけではないので礼を言うのは癪に障るが、ウルとこうして結ばれたのは一応こいつのお蔭でもある。イルミが声をかけると、奴はちょっとだけ不思議そうな顔をしてそれからこちらにやってきた。

「どうしたんだい?」
「あのさ、何かオレに頼みたいことがあるんでしょ。こうやって蜘蛛にも合わせたくらいなんだしさ」
「ん?何の話だい?」

ヒソカの嘘の入団は、団長と戦うためと聞いている。関係がないしどうなろうと知ったことではないのでばらすつもりは無いが、引き合わせたからにはイルミを計画に利用するつもりなのだろう。そう思って小声で聞いてみたが、ヒソカは相変わらず読めない。「お前がここまでしてくれるの、キモイから」苛立って本音をぶつければ、目の前の男は何が嬉しいのか相好を崩した。

「あぁ、ボクはウルのことを気に入ってるからねぇ
「は?」
「やだなぁ、流石に新婚さんの邪魔はしないよボクが気に入ってるのはウルの性格強化系の子ってついつい応援したくなっちゃうんだよねぇ

おめでと、と笑ったヒソカに、ウルも微笑み返す。「そうなんだ、私、強化系でよかったなぁ」能天気なのも大概にしてほしい。
イルミがまだ疑惑の眼差しを向けていると、そういや、とヒソカが声をあげた。

「ウル、あれはどうしたんだい?」
「あれ?」
「指輪だよあの博物館で盗ってきた、幸せになれる指輪結婚式では使わなかったのかい?」
「あぁ……」

今、ウルの左手の薬指には家紋が刻印されたプラチナの指輪が輝いている。それはゾルディック家の方で用意した結婚指輪だった。

「ちゃんと持ってるよ。でもイルミが念のかかったものは嫌だって言うし」
「当たり前だろ」
「私には自分でつけろって言ったじゃん。そうだ、そうしよ。せっかくだし」

ウエディングドレスのどこにそんな収納があるのかと思いきや、どうやら太ももにベルトを付けてナイフなり色々と隠し持っていたらしい。「ちょっ、ウル。あの時は……」使うわけないと思っていたから言えたことで、今は状況が違う。だが、例の指輪を取りだしたウルは迷うことなくはめてしまい、止めようとしたイルミの手は虚しく宙を彷徨った。

「あぁ、もう、どうしてそんなわけのわからない物をあっさりとつけるかな」
「そうだよウルボクから貰ったものをそう簡単に身に着けちゃ駄目じゃないか
「それ、どういうこと?」

博物館にあったものではないのか?ヒソカから貰った?一体どうなっている?ヒソカに聞いても笑うばかりだし、何よりウルの様子がおかしい。

「ねぇウル、聞いてる?」

慌てて彼女の肩を掴んで顔を覗き込めば、ようやく目と目があった。

「……きらい」
「え?」
「イルミのこと、きらい!」

そう言って突然振り払われた手に、困惑を隠しきれない。なんだ?もう破局か?と蜘蛛の団員たちがざわざわとなる中、ウルはイルミをその場に残して飛び出して行ってしまう。

「ヒソカ、あれは一体……ウルに何したの!?」
「あの指輪はボクがすり替えた別物さとはいえ危険な物じゃないよ、”好きなものが嫌いに、嫌いなものが好きになる”よう念がかかってるだけだから
「はぁ?なんでそんなもの」
「だってウルがあまりにも可哀想だったからさキミはどうせ嵌めないだろうし、ウルがキミのこと嫌いになったほうが幸せだろうと思ってあげたんだよ
「だからって何も今嵌めさせなくたってよかっただろ」
「ボクは嵌めろなんて一言も言ってないよウルにあの指輪を使わなかったのか、確認しただけだし

そうは言いつつ顔が笑っているから、これは絶対にわざとである。舌打ちで会話を切ったイルミは、とりあえず危険なものではないとわかったのでウルの後を追いかけた。そう強い念は感じなかったのでおそらく指輪を外せば効力もなくなるだろうが、まず本気で逃げているウルを捕まえる方が至難の業である。本当に余計なことをしてくれる男だ。やっと両想いだと言えるようになったのに。

「ウルはあれだけキミにぞっこんだったからね、きっと今は世界で一番キミのことが大嫌いだよ
「うるさい、ついてこないでよ」
「ボクとしては結婚式でやらかして、ウルに逃げられるキミを見たかったんだけどなぁ
「ヒソカほんと最悪」

あぁ、どうしてこう色んな祝いの席を途中で退出せねばならないのだろう。別に蜘蛛に祝って欲しかったわけでもないし、失礼にあたるいうのはどうでもいいが、イルミは頭を抱えずにはいられない。じゃあお幸せに〜なんて思ってもないことを言うヒソカに見送られつつ、イルミは足を速めた。純白のドレスが遠くの方に見える。


「ウル、止まって」
「いや、来ないで!イルミなんて大嫌い!」
「はいはい、つまりオレのことが大好きってことでしょ」
「違う!嫌いなの!ずっとずっと嫌いだった!」
「うん、オレも好きだよ。これまでもこれから先もね。だから大人しく捕まって」

いつも好きだ好きだと言って、追い掛け回すのはウルの役割だったはず。それが今ではこの有様だ。イルミは追いかけながら、だんだんとおかしく思えて来て小さく笑みを漏らす。

「なに笑ってるの!?怖い!」
「ははは、どこまでも追いかけてあげるから安心して」
「安心できないよ!」
「オレもウルと一緒で諦めの悪いたちだからね」

今更逃がすはずなんてないだろう。走りながら携帯を取り出したイルミは、執事に先回りして追い詰めるよう指示を出す。捕まえたらそれこそお仕置きだ。

「たっぷり可愛がってあげるからね、ウル」

今まで好きだと言えなかった分、きちんと受け取って貰わねばならない。イルミは強く地面を蹴って、さらにスピードを上げる。

─have a crush on きみにべたぼれ

これからは正直に想いを伝えられると思うと、その足取りは驚くほど軽かった。

end
→あとがき

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