- ナノ -

■ 42.仕返し

ウルを追って試しの門を出ると、そこには派手なスポーツカー。その色形だけでも存分に目を惹くのに、さらに車の後ろには空き缶がいくつも結び付けられている。「一体、どういうつもり?」既に車に乗り込んでいるウルに向かって尋ねると、運転席のピエロがにやりと笑った。

「それはこっちの台詞だよ結婚式、呼んでって言ったじゃないか

酷いなぁ、ヒソカはぼやいたがイルミとしては当然の判断である。そもそも家族だけの結婚式にヒソカが列席すること自体虫唾が走るし、何より家族に紹介したい類の人間ではない。こんな変態とつるんでいると思われたらこちらまであらぬ誤解を受けそうであるし、キルアには絶対会わせたくなかった。

幸い、前の結婚式でヒソカが乱入した際はあまりに衝撃の展開だったため、肝心の顔がうろ覚えなのだそうだ。(もし覚えていたとしても針で忘れてもらうが。)それにあの時はメイクを落としてまともな格好をしていたので、今のヒソカを見ても同一人物とは気づかないだろう。このままヒソカには、二度と我が家に関わらないで欲しかった。

「はぁ、今度は何を企んでるわけ?」
「ボク、これでもキミの恋路には貢献したつもりなんだけど
「よく言うよ、蜘蛛への入団の件、嘘だったんだろ。ウルから聞いたよ」

「もーいいから乗ってよイルミ!パーティーはこれからなの!」

ヒソカの糾弾に忙しく、動かない雰囲気のイルミにしびれを切らしたのか、ウルがやや車から身を乗りだして手招きする。イルミとしては当たり前のように乗車している彼女にも不満があったが、今自分で言った話と彼女の口からでた”パーティー”という言葉に、これからヒソカが向かおうとしている先がなんとなく読めた。

「嫌だよ、オレ。そんなところ行かないからね」
「皆キミ達を祝おうとしてるだけなのにねぇもっとも、キミは直接面識がないけど
「そうだよ、私お世話になったのに飛び出して来ちゃったし、ちゃんと皆に会いたいって思ってたの」
「危険だよ、ウル」
「危険じゃないよ、友達だもん。それにイルミだって今後仕事受けるかもしれないのに」

早く早く、と急かすウルに、イルミはそれでも頑として動かない。なんてったって彼女が行こうとしているのは他でもない蜘蛛のところだからだ。この前は行き掛かり上連絡先を教えたものの、イルミにしてみれば危険な集団でしかない。そう簡単に許可するはずもなかった。

「ダメ、ウルは車から降りて」
「やだ、お願い」
「ダメだよウル、いい加減に、」

「イルミは私のこと好きじゃないの?」

突然の質問に思わず瞬きを繰り返せば、目の前のウルはにこっと笑った。質問のシリアスさとはかけ離れた表情に、さてはいつぞやの仕返しかとイルミは苦々しい気持ちになる。

「……好きだけど」
「だったら、お願いくらい聞いてよ。イルミは私にそう言ったよね」
「……」
「イルミが来てくれないなら、私一人でも行っちゃうから」

ウルのことだから、単なる脅しではなく普通にありえる。イルミはしばし逡巡したあと、観念して肩を落とした。

「……わかったよ、でもオレが危ないと判断したら強制的に連れ帰るから。いいね?」
「やった!」

わーい、と喜ぶウルにこめかみを押さえながら、イルミは渋々車に乗り込む。ミラー越しに見えたヒソカの”惚れた弱味だから仕方ないねぇ”と言わんばかりの視線が鬱陶しいが、ここまできたら腹をくくるしかない。

「それじゃあ、行くよ」
「うん!」

からんからん、と後ろの空き缶のせいで煩い車だが、ウルは嬉しそうにはしゃいでいる。だがその隣で"甘いのは今日だけだからね”とイルミが思っていることなど、彼女はつゆほども知らないのであった。


▼▽

パドキア共和国と一口にいっても、その広さはミテネ連邦が5つは入りそうなほど広大である。デントラ地区を抜けた車はどんどんと郊外の方へ走っていき、一時間もしないうちにあまり治安のよろしくない地域に入った。いわゆる、スラムというやつだろう。同じ国の中でも貧富の差は歴然で、暗殺一家の本拠地があるククルーマウンテン近辺のほうが観光名所として賑わっているなんて皮肉な話もあったものだ。

「キミ、地元のほうが案外来たことないんじゃないかい?」

イルミがそんなことを考えながら窓の外に視線をやっていると、運転席のヒソカが前を向いたままそう言った。確かにこの近辺は貧困層が多いため、ゾルディック家の依頼人にもターゲットにもならないような人間ばかりである。「蜘蛛はわざわざこんなところに?」実際、ウルと蜘蛛の繋がりがどの程度の物かは知らない。が、こうしてわざわざパドキアにまでやってくるなんて余程暇なのだろうか。

「彼らはもともと、ここより酷いところの出身だからねぇ

だが、ヒソカはイルミの質問の意図を取り違えたのか、そんなふうに返事をした。ヒソカの幼少時代のことは知らないが、どこか“キミには想像もつかないだろう”と言われているような気になる。だが、イルミは別に生まれや育ちに関して偏見はなかった。イルミの母親だって元は流星街出身だ。

「場所はどうだっていいよ。そっちが危害を加えないつもりならね」
「それはたぶん大丈夫だよ、皆ウルのことを気に入ってるから
「……」

それはそれで面白くないが、口に出すのは憚られる。イルミは小さく息を吐くと、隣で嬉しそうにしているウルの頬を軽くつねった。

「いたい」
「せっかくのウエディングドレス、汚れちゃうけど」
「うーん、だって見せたかったんだもん」
「そう?見るのはオレだけでよかったくらいなのに」
「やっと夢が叶ったんだから自慢したいよ」
「夢って、オレと結婚すること?」
「うん!」
「そう。でもこれからまた色んな夢見せてあげるね」

「ちょっと、ボクいるんだけど……

ウルの肩を抱き、耳元で囁くようにそう言うと、運転席の方から非難の声があがった。「うるさいな、空気読んでよ」本来なら、今頃二人きりで楽しんでいてもおかしくなかったくらいなのだ。ウルのことは昔から好きだったが、自らいい雰囲気になるのは避けていたし、今回だって恋人期間を経ずのゴールイン。はっきり言って早く触れたい。ウルばかりが好きなわけではなかったのだと、しっかり教えてやらねばならない。

ミラーごしに目が合ったヒソカは呆れたような表情をしていたが、「もうすぐ着くから我慢しておくれよ」と言った。

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