- ナノ -

■ 41.逆転勝利

イルミのプロポーズより一週間後。
ゾルディック家で開かれた二度目の結婚式は、途中、闖入者に妨害されることもなく、今度こそ最後まで取り行われた。ウルの両親はウルとイルミが結婚することに驚いたようだったが、当然娘の気持ちは知っていたらしい。最初こそ我儘な娘ですみません、と平謝りしていたが、それでも娘の幸せは純粋に嬉しそうだった。


「なんつーか、結局ウルの粘り勝ちだな、おめでと」
「ありがとうキルア」

どういうわけか、披露宴でも(とはいえ、完全に内輪だけなので名ばかりのパーティーだったが)純白のドレスに身を包んだままのウルは、目を見張るほどに美しかった。それは容姿や装いの美しさだけでなく、内側からにじみ出る幸せいっぱいのオーラのせいなのだろう。ウルはやっぱり笑ってるほうがいいな、とキルアもつられて笑顔を返した。
淡い初恋だったけれど、そう苦くもない。
しかし、そんなキルアの内心を知らない兄は、ウルとキルアを二人きりにしたくないようだった。「キル、ウルじゃなくて、ウル姉、だろ」いや、そもそもウルと想いを通じ合わせてからのイルミは、まるで今までの時間を取り戻すかのように片時も彼女の傍を離れない。

「なんだよそれ」

それどころか口を開けば子供のような牽制が飛び出してきて、キルアは小さく肩を竦めた。

「今更姉貴だなんて呼べるかっての」
「オレと結婚するんだから、キルにとってウルは義姉でしょ」

確かにウルは年上だけれど、おさななじみという意識が強いし、何より彼女の雰囲気的に姉という感じはしない。そのうえ呼び慣れない“姉”という言葉を口にするのはキルアにとって少し気恥ずかしくもあったのだが、イルミはキルアの態度を気に入らなかったようだった。表情はそう変わらないというのに、わかりやすくて困る。

「んなの、わかってるよ。てかさ、イル兄もしかして心配してんの?」
「は?何を」
「心配しなくてもウルはクソ一途だぜ。な、ウル?」
「うん!」

今更妬けはしないが、こうもストレートだとこっちまで恥ずかしくなってくる。イルミ大好き!と抱き着いたウルに、よく見ると兄の耳は赤くなっていた。自分から行くのは平気なくせに、向こうから来られると弱いようである。付き合ってらんないね、とからかってやれば、なぜか悔しそうに(おそらくこれは照れ隠しなのだろう)唇を噛んでいた。

「っ、待ちなよ、キル」
「……なんだよ、まだ何かあんの?」

これ以上惚気られてはかなわない、とキルアが撤退しかけたところに、後ろからイルミの制止がかかる。振り返って目があったが、いつものような底冷えのする瞳はそこになかった。

「……今回の件では、かなり振り回したね」
「まぁ……確かに」
「悪かったよ」
「おう……って!え!?ちょ、今、なんて……!?」

まさか兄の口からそんな言葉が出ると思わなかったキルアは、驚きのあまり目を白黒させる。しかし聞き返しても二度目はなかった。「オレはちゃんと言ったし、この件に関してきっちり罰も受けるつもり」それどころか妙な宣言をされてしまい、つくづく真面目な性格をしてるなぁと思わずにはいられない。それでも、やっぱりウルと結婚したことで兄の中で何かが変わったのかな、と少し嬉しくなった。

「もうウルを泣かせんなよ、イル兄」

罰よりなにより、きっとそれが一番の罪滅ぼしになるだろう。頷いたイルミに、キルアは満足して笑う。これで我が家は平和になりそうだ。ウルが増えた分、今までよりずっと騒がしくなるかもしれないが。

そしてそんなキルアの予想は、ものの見事に当たっていた。
先ほどから、時間を気にするようにちらちらと時計に視線を走らせるウル。不思議に思ってキルアがわけを尋ねようとしたその時、どこからともなく携帯の着信音が鳴った。

「依頼かな、こんな時に」

こんな時でも携帯の電源を切っていないイルミには呆れたが、仕事人間な兄らしいといえば兄らしい。だが、彼が携帯を取り出すよりも先に、突然ウルがぱっ、と窓の方へ駆け出した。そして呆気にとられているイルミとキルアの目の前で、純白のドレスはひらりと窓の外へ消えていった。

「「っ!?ウル!?」」

別に窓から飛び降りたところで、怪我などしないのはわかっていた。だが彼女の行動の意味がわからなくて、慌てて窓際に寄った二人は揃って下を見る。ウルは汚れないようにドレスの裾をつまむと、悪戯っぽく微笑んだ。

「迎えが来たから、ちょっと行ってくる!もちろんイルミも来るよねー?」
「は?何言ってんの?ウル、ちょっ、」

イルミの制止も虚しく、そのまま門のほうへ駆けて行ったウル。突然のことに理解が追いつかず、ただただ遠ざかっていく背中を見つめていると、隣から盛大な舌打ちが聞こえてきた。「やられた、二回目だ」携帯を見てそう呟いたということは、イルミに電話をかけてきた相手とウルは事前にこのことを示し合わせていたらしい。すぐさま同じように窓から外に出たイルミは、主役が座を抜けることをなんとも思っていないようだった。

「……はぁ、これじゃ平和と喧騒が一度にやってきたみたいだ」

結局、兄までもを見送ることになったキルアは一人、大げさに溜息をつく。しかし今まではウルが追いかけるばかりだったのに、すっかり立場が逆転しているようだ。イルミは一度執着すると束縛が激しいたちであるようだし、ウルの奔放な性格から考えてこれからのことが思いやられる。
けれども、そうは考えたものの、キルアの口角は本人の気づかぬうちに楽しげに上がっていた。

振り回される兄貴を見るのも悪くない。


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