■ 38.知らない一面
イルミが急に結婚する、と言い出したときに、もっと深く理由を聞くべきだった。
今まではどれほど勧められようと興味が無い、と蹴っていたお見合いを自分から積極的に受け、その挙句ほとんど即決してしまった結婚。誰がどう聞いたって、おかしいに決まっている。けれどもシルバは、その疑問をわざわざ解消しようとは思わなかった。
仕事が忙しかったせいもある。また、普段からイルミの私生活があまりに清廉─いや、潔癖すぎるのを心配していたというのもある。誰とも結婚しない、と言われるよりも、本人がその気なら問題ないだろう。何よりイルミはしっかりしているし、結婚が必要な時期だと判断してのことなのかもしれない。
そう思って、イルミには好きにさせた。だが今となってはそれが、信頼によるものだったのか、イルミなら大丈夫だろうという親の甘えだったのか、定かではない。
せっかくウルが帰ってきたのに、以前よりも張りつめた雰囲気のイルミを見て、シルバはもう少しきちんと話し合うべきだったと後悔していた。そして、そんな折にイルミの“友人”が我が家に来ているとキキョウから聞いたのだった。
─息子にそのような間柄の人間がいる。
そのことにまず、驚いた。シルバ自身そう言われて育ったように、幼い頃から友人はいらないと息子には教えて来た。それは、執事を使う立場上、公私の区別をはっきりさせるべきだからであるとか、また後々辛い思いをしなくて済むように、人から恨まれる暗殺者として弱味は少ないほうがいい、という親心からのものだった。
もちろん思い返せば、シルバにもそれに反発した時期がある。が、成長するにつれどうしてそう言われたのかも理解できたし、完全に親しい人間を作らないのではなく、加減して家族以外の人間とも付き合う術を覚えた。
対してイルミはというと、昔から特に反抗も反発もせず、生まれながらに暗殺者らしすぎる子供だった。何も望まず、何も欲しがらず、ただ淡々と訓練をこなしていく。第一子としてはこれ以上ないほど育てやすかった。息子の暗殺者然とした言動を見聞きするたび、流石俺の息子だと嬉しかった。けれどもその喜びはいつしか“当たり前”になってしまって、気が付くと、手のかかる三男にばかり気が向いていた。
だから今更イルミに“友人”なるものがいると聞かされて、シルバが驚いたのは無理もない。
あれほど暗殺者らしい息子がそんなものをつくるのだろうか。別に咎めるつもりは無い。人間関係が足枷になって傷つくような年齢はとうにすぎているし、そんな甘い育て方はしてこなかった。“友達なんていらない”という教えは多感で繊細な子供のためのものなのだ。
だが、自分の知らない間に息子が変わっていたのかもしれないと思うと、放っていたくせに寂しさを感じた。虫がよすぎるというのは自分でもわかっている。
「……お前か、イルミの“友人”というのは」
キキョウがよくお茶をしているテラスに、家族のものでも、執事のものでもないオーラがあった。流石、イルミのというだけあって、並の遣い手でないことはすぐにわかる。他人の家だというのに好戦的な雰囲気を隠しもせず、見た目もかなり奇抜な男だった。
「へぇ、当主自らお出迎えとは驚いたねぇ
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是非戦ってみたいなぁ
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」
「生憎、仕事以外で戦う趣味はなくてな」
「ま、そうだろうとは思ったけど
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で、わざわざボクに何の用だい
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?」
口では簡単に引き下がったものの、男の視線は舐めるようにシルバに注がれる。品定めでもしているつもりか。シルバは少し、息子のことが心配になる。メリットデメリット以外でも動く戦闘狂といったタイプの人間は、気をつけないと何をするかわからない。シルバは探りを入れるためにも、「少し興味があってな」と言葉を濁した。けれども実際、ここに来た明確な理由をシルバ自身見つけられずにいた。
「それは嬉しいね、ボクがイルミの“友達”だからかい
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?」
「あぁ、珍しいと思ってな」
「そうだね、基本的にイルミは家族とウルにしか興味がないようだからねぇ
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」
なんてことないように発せられた言葉に、シルバは内心で同意した。そうなのだ、幼い時から家族同然のように過ごしたウルはともかく、イルミが家族以外の者に興味を示すのは珍しい。だからこの目の前の“友人”を名乗る男の存在は妙でしかない。いや、それ以上に、少し前に会ったばかりの、勧められてもいない女を妻に迎え入れるというのはイルミらしくないことだ。
ここへきて再び放っていた疑問が頭に浮かんで、シルバは少し黙り込んだ。目の前の男はそれを見透かしたように、にやにや笑ってこちらを見ている。
「……何か知っているのか?」
自分はこの男に一体何を期待しているのか。わからないまま、口が動いていた。
「知ってるよ
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知っているし、今少し考えていたところなんだ
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」
「何をだ」
「“友達”として、イルミを正しい方向に導いてやろうと思ってねぇ
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」
男が笑いながらそう言うものだから、どうにも胡散臭く感じてしまう。おそらくイルミだけではなく、この男にも“友達”という言葉が似合わないため、余計にそう感じるのだろう。だが、正しい方向に導く、という言葉は裏を返せば今のイルミが間違っているということだ。父親として、それを見過ごすのはいかがなものだろう。
「何をするつもりだ」
「嫌だなぁ、先に種明かしをしてしまっては面白くないじゃないか
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でもあなたに邪魔されると面倒だしなぁ……
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」
「イルミの為になることか?」
「ボクはイルミの“友達”だからねぇ
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」
「……」
この男を信じるべきか。普通で言うならNOだろう。だが、シルバには今イルミが何を考えているのか、何をやろうとしているのかわからない。大丈夫だと安心していた息子は、気が付けば最も遠い存在になっていた。そして遠いながらに、イルミが苦しんでいることだけはわかる。「本当にイルミの為になることなら、邪魔はしないでおこう」自分の口をついて出た言葉に驚いていれば、男の方もびっくりしたようだった。
「あれ、信じるのかい
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?」
「……疑って欲しかったのか?」
「まぁね、イルミの親だからてっきり歓迎されないかと思ってたし
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でも、そういうことなら、ねぇ
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?」
結婚式、楽しみにしておいてよ、と男は楽しそうに笑った。「イルミもあれで嘘つきだからさ
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」シルバの目から見た息子はいい意味でも悪い意味でも正直者だったが、家と外ではまた違うのかもしれない。今一番イルミのことをわかっているのは誰なんだろう。目の前のこいつか、それとも結婚式に駆けつけてきたウルか、イルミが執着してやまないキルアか。
シルバは不意にこのままではいけない、と思った。遠くに離れてしまった息子をそのままにしてはいけない。キルアだってそうだ。自分は、息子たちとあまり話をしてこなかった。
必要な話だけでなく、他愛のない話や相談。ごくごく当たり前のことを失念していたから、いざとなった時に何が起こったのかわからない。
「……そうか。これからもイルミと仲良くしてやってくれ」
「もちろんさ
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」
シルバはなんだか目が覚めたような思いで、その場を後にした。今のイルミは無理でも、キルアなら何か話をしてくれるかもしれない。
そしてキルアを探したシルバは、キルアが“自主的に訓練をしている”という話に不審を抱き、訓練室の奥で監禁されていた息子を発見したのだった。
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