■ 2.意地っ張り
「おい、ウル」
「…」
「ウルってば」
今やもうウルの部屋になっている客室に行ってみると、彼女は布団に深くもぐったまま出てこない。
普通ならそっとしておくべきなのかもしれなかったが、ウルの性格上吐き出した方が良いだろう。
あまりに子供っぽいその行動に、俺より6つも年上の癖に、と呆れた。
「そんなことしてたって仕方ねーだろ。
俺だってまだ結婚なんてするつもりねぇし、いっそウルも断っちまえば?
ウルなら他にいい男いくらでもいんだろ」
ゾルディック家に比べたら、ウルの家ははるか格下。だけどそんな家に産まれたウルはこの職業において天才すぎるほどの才能を持っていた。
もちろん、才能だけが全てではないのも知っている。彼女は努力だって人一倍していたのだから…
「イルミじゃなきゃ、やだ」
そう。兄貴は押し付けがましいと言ったけれど、本当にこいつは兄貴のために強くなろうとしてたんだ。
ゾルディック家の長男に相応しいって言ってもらえるように、血の滲むような努力を重ねて。
それはいいけど強くなりすぎなんだよ。
ホントに加減ってもんを知らないのかよ。馬鹿なんじゃねぇの。
いつまで経っても布団から出てこない彼女を、半ば強引に引っ張り出す。
泣いているのを隠しもしないくせに、そのくせ強情なんだから適わない。
「兄貴のことを俺に言われてもな……
だいたい、ちょっとは俺に気を遣えよ」
「別にキルアのことは好きだよ。だけど私は」「わかってるって」
惚気話は聞き飽きてる。あんな兄貴のどこがいいんだか知らないが、ウルは口を開けばイルミイルミと煩かった。
イルミと仕事に行ったの。イルミが寝てるとこ見れた。イルミもこの紅茶よく飲むんだよ。あのね、イルミがね、イルミったらね…
「ホントにお前、鬱陶しがられても仕方ねーんじゃね?」
「キルアまでそんな…!酷い」
「おっと、殴んなよ」
慰めるつもりだったのに、何故だかそんなことを言ってしまった。もやもやする。
慌ててベッドから離れた俺は、両手のひらを彼女に向けて牽制した。
「それよか、今後のこと考えないと」
「今後のことって?」
「だって、ウルはまだ兄貴のこと好きなんだろ」
うん、と涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、頷く彼女。
あーもうホントに馬鹿。
あそこまで言われたんだから嫌いになれよ。兄貴もあんなこと言ったって無駄ってわかれよ。
だんだんこんな奴らに振り回されてる俺の方が馬鹿かもしれないと思えてきた。
「婚約、どうすんの。破棄?」
「…」
「母さんは煩いと思うけど、ウルが嫌なら別に構わないぜ」
「でも…家のこともあるから」
ぽつり、とそう呟いた彼女は良くも悪くも正直だ。
確かにウルの家としてはゾルディック家の、それも一応跡取りになる俺と結婚してくれた方が嬉しいのだろう。この前あまり家の情勢も良くないって言ってた。おおかた、親にでも泣きつかれたんだろ。
だけど俺のこと何だと思ってんだよ。
親が決めたことに逆らってでも兄貴と結婚したいのに、俺の時はあっさり親の言いつけに従うのかよ。
それだけでも十分やるせない気持ちなのに、次のウルの言葉には流石の俺もキレた。
「……それに、キルアと結婚したらイルミの傍に居られるしね!」
それはたぶん彼女なりのジョークだったんだろう。言っていいことと悪いことがあるけど、ウルはそんな空気を読める奴じゃない。
それに泣いてたから。本気でそんなこと言ってるんじゃないってわかってた。いわゆる空元気だってことも。
だから本来なら俺もふざけんなよ、って笑うべきだった。笑うところだったのに……
「なんなんだよ…」
自分でもわからなかった。悲しいのか腹立たしいのか情けないのか。
色んな感情がごっちゃになって、耐えられなかった。
だいたい兄貴もウルも大人げなさすぎなんだよ。
なんで俺ばっか。俺だって、辛いのに。
「もういい」
「え、キルア……?」
「うっせーよ、結婚すりゃいいんだろ」
「いや、その…ごめん、あれはちょっとした」
冗談なんだろ。わかってるよ。
だけど俺だって傷つくんだよ。冗談だとしても傷つくんだよ。
兄貴ほどじゃないとしても、俺だってウルのこといいなと思ってるんだよ。
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