- ナノ -

■ 36.間違いに気づかせないで

そして迎えた結婚式当日。
男の方の支度はそう時間がかからないもので、イルミは早々に待つだけになった。そしてそれをいいことに誰にも見つかることなく、地下室への階段を下っていた。

いい加減、キルアを出さなければ怪しまれるだろう。実際、監禁したその日の夜にはキキョウからキルアの行方を尋ねられたが、珍しく本人の意思で訓練を続けている、と言って誤魔化した。

─身内の結婚で、いよいよ自分もしっかりしなきゃって思ったんじゃない?

こんな適当な誤魔化しが通用するのは、おそらくキキョウくらいの物だろう。だがキキョウはそれを聞いて大喜びをし、意欲があるのはいいことだわ!とそれ以上詮索しなかった。それに今の彼女は初めての息子の結婚式のことで頭がいっぱいだった。一度決まったことでもやっぱりああしたほうが……とか言い出すくらいなので正直きりがない。でも、それほどまでに最近のキキョウは結婚式のことばかりで、こんな形でイルミは初めてキルアよりも優先度の高い懸案事項なれたというのだから、皮肉以外の何物でもないだろう。

けれども目の前のことで頭がいっぱいで、気が回っていなかったのはイルミも同じだった。
地下室の一番奥。ここは開錠に念を使うので、今のキルアには開けられない。しかしたどり着いたそこの扉は大きく開け放されていて、イルミはしばし何が起こったのか理解するのに時間がかかった。

一体、誰がキルアを。そしてキルアは今どこに?

「イルミ、」
「……あぁ、親父だったの」

声をかけられて振り返れば、いつのまにかシルバが立っている。それもそうだ、キキョウを騙すことはできても、シルバが愛息の不在を疑問に思わないわけがない。だが、イルミにとって罰はどうでもよかった。そんなものは後からいくらでも受ければいい。まずやるべきは現状の把握だった。

「お前が弟を閉じ込めた理由は、キルアから聞いてだいたいわかっている」
「悪かったと思ってるよ。でも理由がわかってるなら話は早いね。だから親父もキルアを隠したままにしておいたんだろう?」

本当ならシルバがキルアを発見した時点で、イルミは咎められてもなんらおかしくなかった。が、この監禁の意図を知り、尚且つウルとキルアを接触させていないということは、父シルバもイルミとあの女の─ひいてはキルアとウルの結婚を望んでいるのだろう。

「いや、黙っていたのはお前がどうするか見たかったからだ」
「どうって、別に。このままオレはあの女と結婚するつもりだけど」
「いいのか」
「いいんじゃない?それで何もかもうまくいくんだし」

ウルの退路はすでに絶ってあるから、もう彼女は逃げられない。ウルの思いを逆手に取るような卑怯なやり方だが、大事なのは手段ではなく結果だ。ウルはそのうちキルアと結婚するだろう。そうすればイルミはウルを手元に置いておける。そして今度はそのウルを人質に、キルアもこの家に繋ぎ止めることができる。

はっきり言って、これ以上ない完璧な計画だった。
必要な役者の数は決まっていて、過不足があってはいけない。イルミはいつも役者になることはなかったが、筋書きを作るのは上手かった。そして誰よりも、当の役者たちよりも、この劇を素晴らしいものにせねばならないと責任を感じていた。

「……お前のその頑固さは誰に似たんだろうな」
「さぁ、母さんかもね。見た目もそっくりだし」
「いや、俺だな。イルミ、お前は俺によく似ている」
「え?」

似ているなんて言われたのは初めてだし、イルミ自身似ているとも思わなかった。容姿は完全に母親のそれ。昔から、小さいころからずっとそう言われてきた。いや、キルアが産まれるまではどちらに似ていようとそれほど気にしていなかったかもしれない。イルミは無意識のうちに頬にかかる髪を横目で見たが、やはりそれは黒いままだった。目の前の、輝くような銀髪ではない。

「……親父?」
「まぁ本人が自覚するまで、頑固な奴には誰が何を言っても無駄だとわかってるからな。で、式自体にはキルアも出すんだろう?」
「うん、そのつもりだけど、」
「キルアには余計なことを言わないよう言っておく」
「……そう」

やけに協力的だ、と一瞬気味悪く思った。が、なんてことはない。シルバもきっと、ウルをキルアの嫁として迎えたいのだろう。せっかく良い才能が手に入ったのだから、それを最大限有効に使わないでどうする。
イルミは一人納得すると、それならもうここにいる理由はないとばかりにもと来た道を引き返そうとした。

「そうだ、イルミ。お前の友達が来ているとかどうとか聞いたが……」
「あぁ、あれ……母さんにも言ったけど、友達なんかじゃないよ。第一、友達なんていらないって教えてくれたのは親父達でしょ」
「あぁ、そうだったな。でも、」

─できてしまったものなら、大事にしろよ

それはイルミの知る父親らしからぬ発言で、思わず面食らう。暗殺者として生まれたシルバは同じことをイルミにも、何の疑いもなく強要してきた。いや、イルミ自身それが当たり前であると思っていたから、強要というのは少し語弊があるかもしれない。とにかく、シルバの言うことは暗殺者としていつも正しいことだった。そしてイルミは暗殺一家に生まれた者として、長男として、常に正しくあろうとした。

「だからできてないってば……」
「そうか、それなら別にいいんだ」
「……なんか今日の親父、変だよ」
「あぁ、キルアとゆっくり話したんだ。それで俺と息子達の考え方は必ずしも一緒ではないと今更ながら気づかされてな。その点、お前は本当に俺に似ている」
「……そう」

嬉しいのか、嬉しくないのかわからない。普段だったらきっと嬉しかった。でも、“気づかされて”という言葉には今のシルバの考えが、つまりはイルミの考えが間違っていると暗に示されている気がしてならない。

「キルはまだ世の中のことをわかってないからね、あんまり親父も真に受けないでよ」

イルミはなんでもないことのようにそう言って、じゃオレは戻るから、と短く伝えた。別に一緒に戻っても構わないが、なんとなく今は一人になりたい。何かに焦っている自分がいて、知らず知らず階段を上る足は速くなる。

今更間違っていたなんて認められたら、それこそ一番困るのはイルミに違いなかった。

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