■ 33.消せない可能性
あの後、ウルの両親がゾルディック家を訪れ、ウルは酷く叱られいた。どこで何してたの、と聞かれ、馬鹿正直にも旅団といた、なんて答えたウルはさらに両親の怒りを大きくして、そして同時によく無事だったものだとみな心の内で感心していた。おそらくその感心の中には、やはりウルはキルアにふさわしい、という大人達の思惑もあっただろう。いや、そこまでは誰も口に出していないので、単なるイルミの被害妄想かもしれない。
だがイルミは間違いなく、先ほどウルに払われた手のことを気にしていた。いつも煩わしいくらいまでに纏わりついてくるウルに、拒絶されたのは初めてだった。それもイルミにしてみれば、嫌われようと計算してやったことではないだけに余計にこたえた。ウルはもう、イルミのことなんて嫌いになったのだろうか。そうなるべきだと思っていたが、いざ嫌われてみると耐え難かった。
「ねぇ、イル!ウルさんも帰ってきたことだし、今日は皆で一緒に食事をしましょう?
あなたのお友達も来てるんでしょう?是非紹介してちょうだいっ!!」
「……は?友達?」
「ほら、なんだか派手な格好をした人よ。おほほ、あの人も強そうだったわねぇ!!」
「あぁ、ヒソカか……あれは別に、そんなんじゃないよ」
ヒソカが友達だなんて冗談じゃない。第一、家族とヒソカで食事を共にするなんて気持ちが悪すぎる。イルミは母親が余計なことをする前にとりあえずあのピエロを追い出さなくてはと、重い腰上げてヒソカを探しに廊下に出た。幸いにもあいつは気配を消したりしないので、嫌なオーラがする方に行けばいいだけである。そういえば奴にしては大人しいな、なんて考えながら、イルミは迷うことなく歩を進めた。
「……ヒソカ、」
「やぁ、浮かない顔だね
」
窓が少なく、比較的暗いゾルディック家の中で、最も日が当たり、庭を一望できるテラス。キキョウがよくお茶を楽しんだりするその場所で、不釣り合いなほど派手派手しいピエロが呑気に外を眺めている。声をかければ特に驚くこともなく振り返って、イルミの顔を見るなり小さく笑った。
「悪いけど、お前を式に呼ぶ予定はないんだよね」
「うん、ボクもキミとあの女の式に出る義理はないなぁ
」
「そ……じゃあ帰ってくれる?」
素っ気ない口ぶりはいつもと同じだと思うが、機嫌悪いね、と言ってヒソカは肩を竦めて見せた。その何もかも見通したような言いぐさに腹が立ったが、ここで怒れば奴の言葉が正しいと証明することになる。イルミは黙ってヒソカが動きだすのを待っていた。
「そうだ、一ついいことを教えてあげよう
」
「……なに」
「ウルとね、ここに来るまでに話をしていたんだ
もしイルミが本当に愛のある結婚をするなら、その時はどうするかって
」
「……」
標高が高いこの山では、吹きつける風も強く冷たい。イルミは流れる髪が顔にかかっても、いつものようにかきあげたりはしなかった。それくらいヒソカの言葉の続きを待っていた。
「逃げるか、女を殺すか
ボクとしては後者がオススメだったんだけど、どうもウルにそんな気はないようだしね
ま、せいぜい見張ってなよ、きっと次見失えば、ウルはもう二度とキミの所には帰らない
」
予言めいたヒソカの口調に、ふとキルアの言葉が思い出される。イルミは思わずはっと息を呑んだ。
─じゃあまたウルが出て行くだろうな
もしかしたらあいつは馬鹿だから、死を選ぶかもしれない
馬鹿馬鹿しい、と一笑に付すことのできない現実味が、確かにそこにあった。
「……いくらなんでも、そんな、」
ウルのことは自分が一番よく分かっている。いくらウルでもそこまで馬鹿じゃないはずだ。だがウルを知る二人の人間から同じようなことを言われて、なおかつウルに手を振り払われた後のイルミでは自信をもってその可能性を否定することができなかった。
「じゃあね、今度はもっとマシな結婚式に呼んでおくれよ
」
そう言ってヒソカがテラスの柵を乗り越えたときにはもう、イルミはウルの元へ走り出していた。
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