- ナノ -

■ 28.それは最終通告

シャルとウルが街へ行ったということは、団員たちの会話から知っていた。
だがまさか戻って来るなり、ウルが蜘蛛に入れてくださいと言い出すなんてことを、誰が予想しただろうか。

クロロはどこか得意げな表情をしているシャルを視界に捉え、少し呆れたような笑みを浮かべた。一体どうやって彼女を丸め込んだのか。他の団員からも反対の声が挙がらないところをみると、シャルだけでなくみな同じ気持ちらしい。お願いします、と頭を下げる彼女に対して、クロロは少し考え込んだ。

「……本当にいいのか?ウルには家族もいるんだろう?」

条件としては、何も問題がなかった。ちょうど今8番は空いているし、実力も団員からの推薦もある。クロロ個人としてもウルを気に入っているし、彼女が蜘蛛に入ることは賛成だ。しかし、今言った通りウルには家があって、ゾルディックとのこともある。彼女の独断で決めてしまって、後からゾルディックと揉めるのは避けたい。団員の印である蜘蛛の刺青はそう簡単に消せるものではなく、また同様にそれは抜けることも容易くないのだと示していた。

「はい、実は私家出していて、もう暗殺家業から足を洗うつもりだったんです」
「ならば、そのことを家族やゾルディックの奴にはっきり伝えられるか?もしかすると勘当されて二度と会えなくなるかもしれない、それでも構わないか?」

二度と会えなくなる。
その言葉にウルは僅かに顔をひきつらせたが、ややあって頷いた。それを見てクロロは駄目だと思った。ウルは甘すぎる。今言った勘当なんて例は一番ましな場合であり、最悪家族と命をかけて戦わねばならないことだってあるかもしれないのだ。蜘蛛に入るからには蜘蛛を何よりも優先させなければいけない。それができないのなら、ウルにとって蜘蛛の刺青は足枷になるだけだ。

クロロは残念な気持ちを抱えながら、それでもウルの入団を拒否しようとした。入って欲しいのはやまやまである。が、このままではいずれ彼女が板挟みになって苦しむだけだ。クロロの下した決断はこの数日共に過ごして、ウルのことを気に入ったからこそのものであった。


「いいや、ウルは蜘蛛に入らないよ

だが、クロロがウルに言葉をかけるよりも先に、話に割って入った者がいる。それはいつの間にか戻ってきていたらしいヒソカで、皆の視線が彼に向けられた。ヒソカが絡むと、嫌でもマチの視線は冷たくなる。

「そういやアンタは反対してたね。でもウルが入りたいって言って皆も認めてるんだし、諦めたら?」
「やだなぁ、ボクは反対してるわけじゃないよ、ただ本当のことを言ったまでさ
”ウルは蜘蛛に入らない。”そんなことをしてる場合じゃないからね
「どういう意味だい」

相変わらず回りくどい言い方をするヒソカに、少し場の雰囲気が悪くなる。ウルも自分のことだというのに全くヒソカの話が理解できないようで、誰よりも困惑の表情を浮かべていた。

「どういうことだ、ヒソカ」
「預かってるものがあるんだよウルと、団長に

そう言って近づいてきたヒソカは、ウルに高級そうな封筒、そしてクロロに小さな紙を渡す。渡されたそれは名刺であり、凝で見ると連絡先が書いてあった。

「これは……?」
「お望み通り、ゾルディックとのコネクションさ”金さえきちんと払うなら”って言ってたよ
それともう一つ、ウルからは手を引くこと。これが条件

やはりクロロの読みは正しく、ヒソカは既に繋がりを持っていたらしい。けれでもここまでのことができる知り合いだとは思っていなかったので、素直に驚いた。そしてつけられた条件に、ウルがいかにゾルディック家において重視されているかもよく分かった。

「なるほど……わかった、だがそうなると余計に惜しいな」
「団長のことだからそう言うと思ったよだけどもうウルも蜘蛛に入りたいなんて言わないから安心するといい

ヒソカはいつもの笑みを浮かべ、ちらりとウルのほうへ視線を向ける。そうだ、彼女が手渡されたものには何が書かれているのか。中の手紙に視線を落とすウルの表情は、ここからでもわかるくらいに青ざめていた。

「ウル、大丈夫?何が書いてあるの?」
「……どうしよう」

シャルの問いかけに、ウルはぽつりと呟いた。声も震えているが、怯えのそれとはまた違う。今にも泣き出しそうな顔をして、どうしよう、と再び呟いた。

「ウル、蜘蛛に入るかどうかの話は、」
「ごめんなさい、駄目です、私、帰らなきゃ……こんなの……」

くしゃ、と手紙を握り潰し、ウルは再び勢いよく頭を下げた。

「ほんとごめんなさい、今までありがとうございました!」
「おい、ウル、」

驚く団員たちには目もくれず、ウルはだっと勢いよく走りだす。そうして、そのままアジトから出て行ってしまった。向かう先はおそらくゾルディックだろう。
突然のことに呆気にとられ、誰も事情を聴く暇がなかった。

「おい、ヒソカどうなってんだよ。あんな血相変えて……お前なら何が書かれてたか知ってんだろ?」
「まぁね、でもあの内容で血相変えるのはウルくらいのものだよ
「は?わけわかんねーこと言ってねーで教えろよ」

フィンクスの言葉に、誰しもが心の中で同意する。ヒソカに種明かしを乞うのは癪に障るが、こいつ以外に事情を知る者がいないので仕方がない。彼もまたそれをわかっているようで、心底嬉しそうに口角を上げた。

「あれは結婚式の招待状さウルの大好きな、イルミのね


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