- ナノ -

■ 27.心揺れ動く

「ねぇウル、ちょっと街に出かけるんだけどさ、一緒に来る?」
「うん、行く行く!行きたい!」

天気もよく、平和的すぎる昼下がり。
シャルの誘いにぱっと顔を輝かせたウルはというと、いつのまにか旅団にいるのがすっかり当たり前になっていた。



ヒソカの代役として仕事を終えた後、恒例だという彼らの宴会に付き合い、そこでウルは本格的に彼らと打ち解けた。もともとウル自身人見知りしない性格であるし、酔いにくいとはいえ酒の席では誰もが少しだけ警戒を緩める。気づけばあれからもう1週間以上経っていて、憧れていた蜘蛛の団員と気さくに会話できるようにまでなっていた。

「何しに行くの?」
「ん、ちょっと調べ物。団長の気に入りそうなお宝の噂を小耳に挟んでね」
「え、じゃあ次の仕事ももうすぐなの?」
「さぁ、どうだろ。基本的にオレ達は自由気ままに仕事するからねー」

ウルの表情には、自分も行きたい、という想いがありありと現れていた。もちろん、この行くというのは街にではなく次の仕事のことである。連続で仕事をすることはあまりなく、いつも一つ仕事が終われば解散するのがほとんどだが、今回はなぜかどの団員もずるずるとアジトに逗留し続けていた。おそらく、ウルがいることで退屈しないからだろう。

てっきり仕事が終わればさよならだと思っていたウルも帰るとは言わず、また誰も出て行けとも言わない。ゾルディックを紹介するという件も未だに保留になっているくらいで、クロロがせっつかないのは本当にウルを旅団に迎え入れる気だからでは……?とシャルは密かに睨んでいた。結局、彼女に居心地がいい、と思わせることが大事なのである。
しかしそんなこちらの思惑には全く気が付かないで、ウルは小さく嘆息を漏らした。

「いいなぁ、仕事が自由ってすごいなぁ」
「そう?そういや暗殺者っていつも忙しそうだよね」
「まぁ依頼が来るのはありがたいんだけど、あんまり忙しいと疲れちゃうし」
「それに殺すだけじゃつまんなそう。オレ達はどんなお宝か、とかわくわくするけど」
「そうだよね、お宝を前にしたときの団長、いつもクールなのにすごく嬉しそうだもん」

彼女にしてみれば、皆がそう呼ぶから”団長”と呼んでいるだけに過ぎないのかもしれない。だが、シャルはその言葉を聞いて無意識のうちに微笑んでいた。そうやって少しずつ染まっていけばいい。ゾルディックと関係があることを抜きにしてもウルは欲しい人材だし、何より一緒にいて楽しい。なんなら、正式な団員であるヒソカよりも団員として扱われている。ヒソカの腕ももう治ったみたいだけれど、シャルとしてはずっと壊れたままでも構わないくらいだ。

そういえば、ヒソカはウルを旅団に入れたくなさそうだったが、なぜ彼女に帰ったら?と一言も促さないのだろう。最近どこかに行っているのか姿を見かけないし、また何か良くないことでも企んでいるのだろうか。

「……いいなぁ、私も暗殺一家になんか生まれなきゃよかった」

だが、シャルの思考はウルのその一言で中断された。願ってもない一言だったからである。歩くペースを少し緩め、街に着いて会話がしにくくなるのを遅らせようとした。

「もうウルもこのまま旅団に入っちゃえば?」
「え?蜘蛛に?私が?」
「楽しいでしょ、今の生活」
「うん、とっても楽しいよ」

その言葉に偽りは無いらしく、ウルはにっこりと笑う。シャルはそれに微笑み返すと、じゃあいいじゃんとあえて簡単に言ってのけた。

「……もし、もしもだけど団長が良いっていってくれるなら、蜘蛛もありかもしれないなぁ」
「団長はウルのこと気に入ってると思うよ。暗殺者なんてやめちゃえば?」
「うーん……」

しかしありかも、と言った割にウルの返事は煮え切らないものだった。まあ無理はないのかもしれない。彼女はきっと産まれてからずっと暗殺者になるように育てられてきたのだし、仲間以外身寄りのないシャルたちと違って家族もいる。ウルは不意に表情を曇らせると、あのね……と声を落とした。

「実はね、私、今家出中なの……。で、正直家業も辞めようか、迷ってる」
「えっ、そうなの?」
「出てけって言われるか、解散の雰囲気ならまた天空闘技場にでも戻ろうかと思ってたけど、そんな雰囲気じゃないしついつい居心地よくて……」
「それは構わないけど……家出って、やっぱ婚約のことが原因なの?」

確か、彼女の好きな男と婚約者は別だったはず。ヒソカは色々あるんだよ、と誤魔化していたが、ウルが家に帰りたくない理由があるとすればそれくらいしか思いつかない。実際、その予測は間違っていなかったようで、ウルは困ったように頷いた。

「別に、婚約者のことが嫌いってわけじゃないの。でも、帰ったら絶対に結婚させられるし、意地になってる部分もある。優秀だから跡継ぎの弟と結婚するべき、ってフるにしたって理由おかしくない?」
「まぁ……合理的っちゃ合理的だけど」
「なっ、シャルまでそんなこと言うの!?」
「あはは、冗談だよ。でもそれなら尚更蜘蛛に入ることを勧めるね」
「……どうして?」

「だって、どういう形にせよ、そいつはウルのことを欲しがってるんでしょ。ウルが蜘蛛に入って手に入らなくなればいい仕返しになるし、もしかすると蜘蛛にやるくらいなら、とウルに対する行動を改めるかもしれない」
「……それって、私と結婚してくれるかもしれないってこと?」
「え、いや、そこまではわかんないけど、跡継ぎと無理矢理結婚させようとはしないんじゃない?」

黙り込んだウルの表情は、先ほどとうって変って明るいもの。悩んではいるようだが、シャルの話に間違いなく心動かされている。その証拠に、彼女は街に着いたことすら気が付いていないようだった。

「じゃ、ちょっとウルはここで待ってて」
「え?」
「言ってた調べ物、すぐ済むから。ウルは自由に見て回りなよ」
「う、うん」

そして一人になったその間に、よく考えればいい。
シャルは笑みを浮かべると、彼女を置いてこの街の情報屋がいる場所へ足を進めた。

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