■ 1.馬鹿ばっか
好きだから、好きになって欲しかった。
釣り合わないなら、努力すればいいと思った。
いつだって私の行動原理は単純で、それが一番の近道のはずだった。
それなのに、今になってイルミは冷たく言い放つ。
「だからウルは馬鹿だって言ってるんだよ」
そういや、確かによくイルミには馬鹿だ馬鹿だと怒られたっけ。
でも別に嫌じゃなかった。だって馬鹿は馬鹿なりに馬鹿みたいにイルミのことが好きだったから。
それにいつもはイルミだって本気で言うんじゃなくて、もっと呆れたみたいにため息をつくのだ。
馬鹿だから仕方がない、と文句を言いながらそれでもいつだって私を助けてくれたしいつだって傍に居てくれた。
それなのに…
どうして今日はそんな冷たい目をしているの?
どうして離れていこうとするの?
「でも…!私はイルミのことが」「だから、なに?」
だから何だっていうの、と彼は聞いた。
私がイルミのことを好きで、だからそれがどうしたんだって。
「お前も暗殺一家に産まれたなら、親が決めた相手と結婚するって覚悟してただろ。
それともなに?馬鹿だから本当に夢を見てたの?」
あざ笑うわけでもなく、憐れむわけでもなく。
淡々と言葉を紡ぐイルミが、憎い。
そうだよ、夢を見てたんだ。だけどただ夢見てぼうっとしてただけじゃない。それを叶えようとたくさん努力した。
「私、イルミと釣り合いたくて…いっぱい訓練もしたし、人だって殺したし、どんな辛いことだって…」
「それは全部お前の自己満足だろ」
オレがそうしてくれって頼んだ?
そうやって自分はあれもしたこれもしたと並べ立てて、そんなことがオレのためになるとでも?
それでオレに褒めて欲しいの?頑張ったね、って言ってもらえたらそれで満足?
「押し付けがましいんだよ」
イルミの言葉は私の心を酷く抉る。だけどきっと傷つくことすら私の勝手な想いなんだ。勝手に期待して勝手に傷ついて。
イルミの言ったことは酷いけれど、だけど間違ってるわけじゃない。
馬鹿だ、と自分で思った。私、馬鹿みたい。
情けなくて悔しくて、ぐっと拳を握った。
ここまで言われてもまだイルミのことを好きだなんて、私馬鹿だ。
「きっと言わなきゃわからないんだろうから言ってあげるね。
お前はオレを好きかもしれないけれど」
─オレはお前を好きじゃないよ、ウル。
それを聞いた瞬間、今まで必死で瞬きを堪えていたのに、容量を超えた涙はぽたりと床を濡らした。
「…イルミ、」
頬に、硬。
ぽつりと呟いて、ゆっくりイルミに近づく。
するとそれまで無表情だった彼が、一瞬不思議そうな顔をした。
私はそのまま何の躊躇もなく、思い切り彼の頬をグーで殴った。
「…っ!?」
突然のことに、イルミは大きく後ろに吹っ飛ばされた。予め念でガードするように言ったけれど、それでも操作系のイルミと強化系の私とでは打撃の強さが違う。
壁に背中をしたたかに打ち付けてあっけに取られた表情のイルミは、初めてそこでちょっと笑った。
「流石ウルだね」
─うちに嫁に来るだけのことはあるよ
望んだのはそれだけど、イルミでなければ意味がなかった。
※
うわー、痛そう。
吹っ飛ばされた兄貴と壊れた壁を見て、キルアは首をすくめた。
何やら話し声が聞こえたからそのまま聞いていた、なんて言うのは都合のいい嘘で、絶対何かが起こるだろうと2人をつけていたのだ。
口から伝う血を拭った兄貴と、その場からばっと駆け出して行ってしまうウル。
それにしてもまさかこんなことになるとは思わなかったが、馬鹿だなぁ、と他人事のように思った。
ウルも兄貴もどっちも馬鹿だ。
俺を巻き込まないでくれよ。
なんだか良く分からない遺伝子の相性とか、能力とか才能とか、そんな感情をさし挟む余地のない理由でウルは俺の婚約者に選ばれた。
そりゃ昔からウルの家とは交流もあったし、俺だって全く知らない女よりはウルのほうがいいに決まってる。
だけどそれこそ、幼馴染みみたいに交流してきたからこそ知ってるんだ。
どんなにウルが兄貴のことを好きで、どんなに兄貴もウルのことが好きか。
一番近くで見てきたから、嫌っていうくらい知ってるんだよ。
俺は別にウルのことが嫌いではないし、仲も良いけど、そういう問題じゃないだろ。
なんであんな酷いこと言って、自分の気持ちに嘘つくんだ。
本当の馬鹿は兄貴の方だよ。
キルアはゆっくりとその場を離れると、駆け出して行ったウルの後を追った。
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