- ナノ -

■ 26.一触即発

そこから先は、思い描いていた通りに早かった。
クロロの歩く先は既にフェイタンが露払いをしている状態だし、少し時間がかかったものの無事シャルもロック解除に成功した。外へ出れば多くの警備員や警官どもが待ち構えていたが、それだって旅団の敵ではない。宝さえ手に入れば後はどれだけ大暴れしたって問題ないのだ。

念願の書物を手に入れ、クロロはさっさとこの混乱した現場から立ち去ろうとしていた。暴れ足りないフィンやフェイはまだ残っているようだが、そのうち飽きたら帰って来るだろう。律儀にフィンの後をくっついて回るウルの姿も見かけたが、あれに関してもさほど心配していない。むしろあの三人を相手にしなければならない方が憐れというものだろう。

「やぁ、随分と時間がかかったようだねぇ
「……ヒソカ、やっぱりお前も見に来ていたんだな」

喧騒を抜け、その先に立つ人影。変わった格好のシルエットは嫌でも目立つし、何より向けられる粘着質なオーラは間違えようがない。隣のマチやシャルはあからさまに身構えたが、それも無理からぬほど目の前のヒソカは好戦的な雰囲気を醸し出していた。

「まぁね、一応ウルのことはボクに責任があるし迷惑かけてないかい?」
「ふっ、あの揺れだ、お前もわかってるんだろう。その責任、本気にするぞ」
「それは困ったなぁでも面白い子だろう?」
「そうだな、見ていて飽きはしない」

ヒソカはにやにやと笑っているが、やはりその左手は本当に壊れているらしく、このオーラも挨拶程度の意味合いしかないのだろう。戦う意思はないと見てとって─いや、本来なら団員であるヒソカと戦ういわれは全くないのだが─クロロは再び歩みを進めた。

「ウルが心配なら行ってやればいい、まだ残って暴れてるはずだ」
「へぇ、暗殺者なのにさっさと撤収しないなんて意外だねぇ
「初めにフィンと組ませたから、まだ残らなければいけないと思っているのかもな。声をかけてやれば戻って来るだろう」
「了解

ヒソカは珍しく素直に返事をして、それから、たった今思いだしたかのようにあ、と声をあげた。それに引き止められるようにして、クロロは振り返る。

「そういや団長って、ウルを旅団に入れる気あったりするのかい?」
「……さぁな、ウル次第だ」
「悪いけど、ボク個人としては反対なんだよねぇ彼女、結局あの指輪盗らなかったんだろう?」
「なぜそれをお前が知ってる」

ヒソカはクロロ達の目の前で、無事な方の右手を差し出して見せた。初め、そこには何もなかったが、ひとたび彼が握って開けば、手品のように指輪が鎮座している。
呆れた、と言わんばかりにクロロは苦笑した。ウルが自らの手を汚すことを少し楽しみにしていたのだが、この奇術師はクロロのそんな想いを見透かしていたようである。

「それは俺への牽制のつもりか?」
「ウルが本格的に旅団に入るとなるとちょっと不都合があるんだよねぇ
「元はと言えばお前が紹介したんだろう」
「そうだけど、ウルに関する決定権はボクには無いからね
「……なるほど」

さては、ヒソカはヒソカで別にゾルディックとの繋がりを持っているのだな。そしてウルがもしも蜘蛛に入るとなれば、当然ゾルディックが黙っていないと言いたいのだろう。コネがあるなら早く言えと言いたいところだが、この男に仲介を頼む方がややこしそうであるし、約束だからウルはきっと連絡を取ってくれるだろう。

クロロの返事に満足したのか、ヒソカはじゃあね、とすれ違うようにして隣を抜けていく。するとこちらに向けられていた殺気が薄れて、夜は元の静けさを取り戻した。





クロロ達がアジトに戻って、各々自由な時間を過ごしていた頃。
なんだか騒がしいな、と思っていたら、どうやら残っていたウル達もたった今揃って引き上げてきたようだった。

彼らが望んで残ったこととはいえ邪魔者の排除も仕事の一環であるから、クロロは彼らに労いの言葉をかけるべく自室を出る。それに招集をかけた仕事の後は、皆で酒を飲み交わすのが定番だった。

「……で、お前たちはどうしてそんなにボロボロなんだ?」

しかし入り口付近でたむろしていた彼らを見たクロロは、労いよりも先に疑問を発してしまう。ちなみにお前たち、というのは主にウルとフェイタンなのだが、ウルはあちこちに刀傷があるし、フェイタンもフェイタンで頬が赤く腫れている。警察や警備員にやられる彼らではないから原因はお互いしかないのだが、クロロは質問せずにはいられなかった。

「聞いてください、この人がいきなり私に切り付けてきたんですよ!」
「ハ、ぼうっとしてるお前が悪いね。邪魔な警備の奴らと間違ても無理ないよ」
「どっからどう見たってわかるでしょう!私は制服着てないんだし」
「それを言うならワタシ間違た言てるのに、お前ワタシとわかてて殴りかかて来たね」
「そりゃやられたらやり返しますよ」

二人はそこまで言ってまたにらみ合う。仕事に行く前はフィンクスと喧嘩して、次はフェイタンとなんてウルは忙しい奴なんだと思う。フィンクスは少し困った風に「さっきからずっとこの調子なんだよな」とぼやき、反対に一人だけ楽しそうにしているヒソカがとても浮いていた。浮いているからつい見てしまい、自然、目が合う。

「ヒソカ、お前ウルの様子を見に行ったんじゃなかったのか」
「うん、見に行ったよフェイタンととっても仲良よさそうだったから、ボク妬いちゃったよ
「はい?私とこの”ちっさい人”のどこが仲がいいんですか!?」
「お前……もう仕事終わたから団員違うよ、今から本気で殺ってもいいね」
「いいですよ私は。むしろ殺るのは暗殺者の専売特許だし!」
「ハ、お前らささと殺すだけで甚振らないから面白くないね」
「残念甚振ることだってできますーちゃんと習ったし」
「じゃあ今から試してやるね」

「おい、やめておけ、もう十分暴れただろう」

話の流れが不穏な方向になったので、すかさずクロロが間に割って入る。正直今から暴れられても迷惑だし、ヒソカ代理の仮団員という肩書を失えば、フェイタンは手加減するような男ではない。そうなればもちろんウルだって命がかかっているのだから、酷い戦いになるだろう。

ウルはまっすぐで好感の持てる奴だが、少し喧嘩っ早いのが傷だった。婚約者ということなのだから嫁入り前の女がそんな怪我をしていいのか、と心配になるが、本人は全く気にしていない。それどころか、ヒソカに負けず劣らず好戦的ですらある。直感的にフェイタンと上手くやれそうだと思ったのは勘違いだったか……と溜息をつきたくなったクロロだったが、すぐにその予感が外れていなかったと思い知ることになった。

「ちっ、団長がああ言てるから勝負はお預けよ」
「仕方ないですね……せっかくこの前買った”抉る剥ぐの全て”に書いてあったことを試してみようと思ったのに」
「……!お前、あれ読んだか」
「え、読みましたよ。カルト……弟に勧められてですけど。なかなか凄惨な写真つきで良かったですよね」
「意外にも話のわかるやつね」

ついさっきまで揉めていたのに、ふと気が付けばあまり読みたいとは思わないような本の話題で盛り上がっている。ウルは単純でもあるから、もう怒っていたことなんてすっかり忘れているのだろう。フェイタンも思わぬ趣味の理解者に少し気を許したらしい。

ひとまず死闘勃発の危機は去ったようだった。

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