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■ 24.人選ミス

もしかすると、博物館というものを訪れたのはこれが初めてかもしれない。

産まれてこの方暗殺以外の物事に携わったことは無く、取り立てて芸術品を鑑賞して楽しむ趣味も持ち合わせていないウルは、外から眺める夜の博物館に普段とは一味違う緊張を抱いた。そのうえ、ウルにとってはこれほど大人数で仕事をすることも珍しく、有り体に言ってしまうと興奮していたのだ。

なにせウルは前から幻影旅団に興味を持っていたし、しかも一緒に仕事をするなんて考えてもみなかった。いくら裏の仕事だと言っても職種は違うし、できることならなるべく関わるなと釘を刺されていたくらいである。
だが、ウルは実際に旅団のメンバーと会い、言葉を交わし、拳すらも交えて、彼らに間違いなく好意を抱いていた。それどころかむしろ彼らはウルから見てとても人間らしく、悪い人達には見えなかった。

「お前なぁ……これから警備員どもをぶち殺そうって段になって、よくもまぁそんなこと言えるよなぁ」

だが、ウルの”悪い人達ではない”という正直な感想に、一緒に行動することになったフィンクスは呆れるばかり。ウルにとっては彼は旅団の中でもいい人筆頭で、別に嫌味で言ったわけではないのだ。

「旅団は自分の欲のために人を殺す危ない奴らだって、教わってたんですよ」
「別に間違っちゃいねーぜ」
「そうかもしれないですけど、なんだか皆家族みたいに仲がいいから」

ウルの家は同じ暗殺一家でもゾルディックほど厳格ではない。だがそれでも年中仕事の両親との思い出は少なく、顔を合わせても訓練の進度やらターゲットの話をするのが関の山だ。そんな中で唯一の拠り所だったのが幼なじみの家ということになるが、基本的に向こうでも訓練ばかりしていた。救いとなるのは、一人で耐えなくてよく、競い合えるということくらいか。先程のフィンクスとの手合せを思い出したウルは、そう言えば昔はよくキルア達とも戦ったなぁ、なんて過去に想いを馳せた。

「ま、仲がいいのは付き合いが長いからな。でも、それを言うなら俺達だって意外だったぜ?ウルみたいなお気楽な奴が暗殺者だなんて信じらんねーよ」
「あのねぇ、私のどこかお気楽だって言うんです?私にだって深い悩みがあるんですよ」
「悩みだぁ?あぁ、好きな奴とか言ってたあれか?んなもん、当たって砕けろよ」
「もう既に砕けました!」
「そ、それは悪ィ……」

あぁ、どうして彼に気を遣われなければならないんだろう。
しかし砕けて諦められるような物わかりのいいウルではないし、何よりイルミは─電話でもそうだったが─まだウルとキルアを結婚させる気でいる。これはいよいよ家に帰ることはできないと思って、ウルは知らず知らずのうちに溜息をついていた。

元はと言えばとにかく現実から逃げたくて起こした家出だけれど、もしかするとこの家出に終わりはないのかもしれない。いっそ、このまま旅団に入ってしまうのもありかもしれないな、と勝手なことを考えていると、ポケットの中の携帯が小さく震えた。

「お、じゃあそろそろ行くとするか」
「はい」

これはシャルからの襲撃開始の合図。セキュリティが解除されたということだろう。先に立って走り出したフィンクスの後に続いて、ウルも静かに館内に足を踏み入れる。ひとまず目指すは警備室で、そこを落とせば残る障害は人だけなので楽である。なんでもクロロが狙うお宝は今の期間のみの限定公開らしく、深夜にわたってまで警備が増員されているらしいが、そんなものは旅団にとって大した問題ではないだろう。

迷うことなく警備室にたどり着いた二人は、悲鳴を上げる猶予すら与えず、そこにいた人間を物言わぬ死体に変えた。

「で、こっちの機械はどうすりゃいいんだ?」
「えっ、ちょっと、ちゃんと作戦聞いてなかったんですか?」
「あーなんだっけか、これを止めねーと宝のところまで行けないとか」
「そうそう、じゃないと閉じ込められて面倒なことになるとか」
「へぇー……で、どうやって止めるんだ?」

恐る恐ると言った様子で操作盤を眺めるフィンクスに、もしや、とウルは嫌な予感がする。そうでなくても今の会話から、お互いふわふわしていることはよくわかった。クロロは人選を間違ったのではないだろうか。シャルはもっとわかりやすく─この強化系ふたりでも理解できるように説明すべきだったのではないだろうか。

「ええと、なんかのボタンを押してどこかの線を切るって言ってませんでした?」
「どのボタンとどの線だ?」
「さぁ……」

まずいな、というのは口に出さなくてもお互い思っていることだった。

「ど、どうします、どうしたらいいんです?」
「俺に聞くなよ、こんなもん専門外だっての」
「だって時間がないですよ、早くしなきゃまた館内全体のセキュリティーが復旧しちゃうし」
「わかってるよ!要は止めればいいんだろ?」
「だから止めるったってどうやって……あ!」

にやり、と笑うフィンクスに、ウルもようやく彼の言わんとするところがわかった。と、いうよりこの二人に出来ることなんて限られているのだ。当然、思考の行き着く先が同じになっても不思議はないだろう。

「じゃあ、わかったところでいっちょやってやるか」
「なるほど、これを見越しての人選だったんですね」
「あーいや、それは違うと思うけどな……」

しかしもはや考えている猶予もないのだ。ウルとフィンクスは拳にオーラを集中させ、真剣な表情で操作盤を視界に据える。そして─

深夜の博物館はあたりをはばからぬ轟音とともに、大きく縦に振動した。

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