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■ 21.ない血縁

フィンクス、という名の男は、蜘蛛の団員だけあって流石に強かった。
スピードもパンチの威力も文句なしにずば抜けていて、迷いなく振り下ろされる拳に即座に反応しなければ大ダメージをくらうだろう。ヒソカ戦もなかなかに激しかったが、強化系同士とあって小細工なしの力と力だけのぶつかり合い。

最後に力比べだ、と彼が腕を回し始めたのを見たとき、思わず背筋がぞくぞくとして、全身の緊張に反して顔は笑ってしまっていた。目が合ったフィンクスもそう。彼もどこかわくわくとした表情で、完全にこの戦いを楽しんでいた。

だからウルもありったけの力を最後の一発に込めた。地面を蹴り、まっすぐにフィンクスだけを見つめて殴りかかる。

「っ!邪魔すんな!退けっ!」

だが、今にもぶつかりそうになったその瞬間、彼の言葉を聞いてハッとした。後ろからものすごいスピードで黒い塊が向かって来る。どこに攻撃されるかもわからないのに、ガードするには間に合わない。

ウルはインパクトの瞬間、右手に貯めていたオーラの半分を自分の左肩へ移した。そして振りかぶっていた拳を思い切り、ガードした自分の肩へぶつける。うまく力が相殺されればダメージはゼロだが、勢いはそのまま。ウルの身体は大きくねじれて傾き、フィンクスの拳はウルの後ろに迫っていた人物の方へ。自分でも最後どうなったかわからないまま、ウルはすさまじい爆風で吹き飛ばされた。

「てめぇ何考えてんだ!危ねーだろ!」
「ハ、お前が小娘相手に手こずてるから、ちょと手伝てやただけね」
「バカ言え!俺もろとも刺さるとこだろうが!」
「あの程度避けて当然よ。お前のぬるいパンチだてワタシ避けた」
「はぁ?ウルが急に飛んでって、お前がびっくりしてたの俺は知ってんだぞ!」

「ウル?それあいつの名か?」
「あぁそうだよ……って!あいつどこ行った!?」

なにやら言い争う声が聞こえる。フィンクスと、もう一人。おそらく後ろから不意に攻撃してきた男だ。ウルはいたた……と頭を押さえながら、ゆっくり立ち上がってその新たな人物を視界に捕えた。

「なかなか頑丈な女ね。ワタシがトドメ刺していいか?」
「勝負に水差してんじゃねー。俺が先に戦ってんだ」

フィンクスはもともと背が高い方だが、それにしても隣の男は小さく見えた。全身黒ずくめのゆったりした衣装を身にまとい、顔の半分が隠れている。だが、唯一見える細い目の奥は、好戦的にぎらぎらと輝いていた。

「フィン、フェイ、そこまでだ」

二人は知り合いみたいだし、もしかしてこれから2対1?流石にそれは厳しいな……と考えていたところで、不意に制止の声がかかる。それはここまで戦いを見守っていた、団長の言葉だった。

「力試しならもう十分だろう」
「……まぁな」

ぽりぽりと頬をかいたフィンクスはこの戦いでウルのことを認めてくれたようだ。それは実際に戦ってみて、互いに楽しかったからよくわかる。けれども流石に団長直々の言葉となると驚いて、ウルは目をしばたたかせた。

「え、それじゃあ、一緒にお仕事させてもらえるんですか?」
「……そうだな。素性を聞かせてくれるのなら、今回だけは特別に許可しよう」
「やった!」「は?どういうことね?」

ウルが喜ぶのと同時に、小柄な男が不快そうに眉を吊り上げる。「フェイは今来たばっかりだからね」どうやら彼もまた旅団員らしく、急に仕事を共にすることになったウルに抵抗があるのだろう。
だが団長の戻るぞ、の一言で、とりあえず皆その指示に従うことになった。




「ワタシは反対ね」

予想通りのその反応に、クロロは内心苦笑いする。フェイタンなら絶対にそう言うと思ったが、実際にウルの実力は申し分ないし、性格的に絶対に引き下がらないだろう。ヒソカの言った『ゾルディック家』との関わりも気になるし、殺すわけにもいかないとなれば、こうするほかなかった。

「こんな小娘、邪魔になるだけよ」
「お前だってウルの動きは見てただろ」
「すばしこいだけで苦戦してたフィン情けないよ」
「あぁん?」

本当に、血の気が多い団員が多くて困る。もっとも、団員同士のマジギレは御法度なので殺し合いにはならないものの、くだらない喧嘩からアジトが壊れたりというのはよくあることである。
仕方なしにクロロが止めようと口を開きかけたとき、

「単に苦戦してたんじゃないと思います。この人、私の顔と怪我してる脇腹は狙ってなかったし」

ウルが自分の左肩を掴んで、ごきりと嫌な音を鳴らした。脱臼を自分で戻したらしく、僅かに顔をしかめつつ喧嘩に口を挟む。
一番最初に反応したのは、にやにやとからかうように笑ったシャルだった。

「へぇーフィンってばいいとこあんじゃん」
「た、たまたまだ!別にそんなつもりじゃねー!ってか、この人じゃなくて俺はフィンクスだ」
「そういや自己紹介がまだだったね、俺はシャル」

相手が強化系とわかったからか、抵抗なく握手するシャルに続いて、残りのメンバーも名前を名乗る。一度共に仕事をすると決まった以上、フェイタン以外はウルを受け入れると決めたようだ。「そもそもお前が遅れてくるからいけないんだろ」一応攻撃は仕掛けにいかないものの、つん、とそっぽを向いて不機嫌さを隠そうともしない。だが、性格的にウルとフェイタンは意外と上手くいくような、そんな気がしていた。

「で、肝心の話だが、ついさっきウルが『ゾルディック』と関わりのある者だと聞いてな。仕事をする前に、そのあたりをきちんと聞かせてもらいたい」

名高い暗殺一家の噂は流星街にいた頃から知っている。そして噂だけでなく、去年には団員も一人殺られたし、実際にクロロは銀髪の男と対峙している。殺された団員は流星街出身ではなく、相手もどこまでも仕事と割り切っているらしくあっさりと手を引いたことから、報復は果たさないまま放置されていた。

「ゾルディック?じゃあこいつ、一応俺達の仇じゃねーか」
「団員の誰かが殺されたんですか?それはすみませんでした」
「ちとも謝る気なさそうね」
「だって、仕事だし私がやったんじゃないですし。イルミが殺ったんなら一応謝っとこうかと思って……」

「そのイルミというのは、銀髪の男か?」

別に今更、彼女を糾弾したいわけではない。だが、コネクションというのはいくらあっても無駄にはならないのだ。クロロはゾルディックの戦いぶりを評価していたし、何よりも金さえ払えばきちんと仕事をする、その姿勢も気に入っていた。幸いにもウルは組みしやすそうであるし、案外あっさりと紹介してもらえるかもしれない。
だが、クロロの質問にウルはいいえ、と首を振った。

「銀髪なら父か祖父ですね」
「ではイルミというのは子にあたるのか。ウルの兄弟か?」
「あ、いや……兄弟じゃないんです」

ウルはそこまで言って、急にもじもじとし始めた。彼女に何かあった際、ゾルディックが黙ってないほどの関係なら、てっきり血縁かと思ったのだが……。
ウルは救いを求めるようにヒソカの方をちらりと見たが、ヒソカはにやにや笑うだけ。不思議に思ってどうした?と再び問いかければ、彼女は耳まで真っ赤になっていた。

「イ、イルミはその……わ、私の好きな人です!」


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