- ナノ -

■ 20.月の出る夜

今夜は月の綺麗な夜で、向かい合う二人の影がくっきりと浮かび上がっている。
表へ出たフィンクスは二、三度首を捻ってポキポキ鳴らすと、来いよとウルに向かって挑発するよう手招きした。

「既にあばらも何本かやってるみたいだし、サービスだ。先にやらせてやる」

言われてみれば、彼女は先ほどから僅かに脇腹を庇うような所作をしている。彼女がこうして旅団に来たのも天空闘技場でヒソカに負けたせいだと言っていたし、おそらくその時の怪我だろう。
そこまで考えて、クロロはちらりとヒソカの左腕に視線をやった。

「シャル、もう少し離れたほうがいいかもしれない」
「え?そう?」

仕事の代理に呼ぶくらいだから、ヒソカの腕を壊したのは彼女。マチが外でやれと言ったのは正解かもしれない。
挑発されたウルはわかりやすくムッとした表情になると、身体の周りに濃密なオーラの層を出現させた。

「いいんですか。じゃあ遠慮なく」

まるでそこに熱源があるかのようにゆらめくオーラは、ウルの両手両足へと集中する。その量の多さと流れるような移動に目を奪われていた刹那、

「っ!」

腹の底に響くような地鳴りと、もうもうと立ち込める土煙。
速い。強化された足は常識では考えらないほどの瞬発力を生み出し、まるでウルが瞬間移動を行ったかのようだ。フィンクスが立っていた場所の地面は大きく陥没しているが、肝心の二人はどうなったのか。目を細めたヒソカが、満足そうに喉を鳴らす。

「ウルは広いところの方が戦いやすいみたいだねぇ

先に土煙の中から出てきたのはウルで、不服そうに唇を尖らせている。

「なんで避けるんですか。サービスって言ったのに!」

その姿は何度見てもやはり華奢で、念の概念をわかっていてもなお、こんな細い体のどこにあんな力があるのかと思わずにはいられない。「バ、バカ野郎!あんなの避けるに決まってんだろうが!」彼女の抗議に言い返す形で姿を現したフィンクスは、結局あれを避けたらしい。ずるい!と再びウルがなじれば、先手をやっただけで当たってやるとは言ってねぇ!なんて子供のような言い訳をまくしたてた。

「へぇ、やるじゃんあの子。俺もあれには当たりたくないなぁ」
「本人が言ってた通り完全な強化系だね、ありゃ」
「見込みあるだろう?」

なんだかんだ言っても、戦闘となれば他の団員たちも俄然興味が沸く。フィンクスもあまり舐めてられないと悟ったのか、ちっ、と舌打ちするとジャージの袖をめくり上げた。

「まぁ威力は認めてやるよ、だけどな、」

風を切るヒュッという音。今度はフィンクスが動いた。旅団にはフィンクス以外にもウヴォーやノブナガといった強化系の念能力者がいるが、フィンクスはその中でもスピードにおいて抜きんでている。それは主に戦闘スタイルの違いで、だからこそ彼は旅団一素早いフェイタンと組むことが多いのだ。同じ強化系でも、パワーで押し切るウヴォーや、能力を射程距離内に限定して高めるノブナガとはまた少し変わってくる。

「ひゃー、すごい数のフェイントの応酬」

感心したふうに声をあげたシャルに、クロロもそうだなと頷いた。
とにかく速い。並の遣い手では視認することすら難しく、拳のぶつかりあう音が連続的に響くだけだろう。手足の長い分、フィンクスが圧倒しているようだが、それでもあのスピードで攻防力移動させられるウルもなかなかだ。しかし、このままではいずれ……。

「スタミナ勝負になりゃ、あの子は負けるだろうね。さっき一発でかいの打ってるし」

マチの言う通りだ。今はついてこれていても、戦闘が長引けばウルは不利になる。
「それにあまり実践慣れはしていないようだしな……」誰かに教わりでもしたのか基礎はできているものの、どうにもまだ型に嵌った動きが目立つ。

「彼女、箱入り娘だからねぇ

ヒソカの呟きに気を取られた瞬間、地面を削るような音がして二人は距離を取っていた。

「……なんだ、今の?」

頬を押さえたフィンクスは、手のひらについた血を見て眉をしかめる。ナイフで切られたような鋭い筋が頬のみならず首筋まで4本、こちらからでもよく見える。「ぷっ、フィンってばどこかの部族みたい」腹を抱えて笑い出したシャルはさておき、一体何が起こったのか。ウルのほうを見れば、その指先の爪が長く伸びて変形していた。

「ほう……暗殺術のひとつか」
「伸びた分の爪のリーチで、交わしたはずの拳が当たったってことだね。首だし今の結構危なかったんじゃない?
おーいフィン、大丈夫ー?」
「うるせぇ、なんともねーよ、んなもん!」

手についた血をジャージで拭ったフィンクスは、すぐに目の前のウルとじっと見つめあう。その雰囲気から、どうやらもう終わりにするつもりのようだ。左手を右肩に添えたかと思うと、ぐるんぐるんと腕を回す。

「ウルって言ったか。お前、結構面白いぜ」
「……いよいよ本気ってわけですか」
「まぁ強化系らしく、最後は力比べといこうや」

フィンクスが腕を回せば回すほど、右手のオーラが増大していく。一方、ウルも右手だけに力を集中させるつもりか、身体を覆っていたオーラが綺麗に収束した。「これ、俺たちも巻き添えくうんじゃない?」巻き添えもそうだが、もしかすると二人とも大怪我をするかもしれない。すると今更になってヒソカが思い出したようにあ、そうだと声をあげた。

「ボクは彼女が死んでも文句言わないけど、キミ達を庇ったりもしないからね
「庇う?」
「そう、言い忘れてたけど彼女が死んだら、おそらくゾルディックが黙ってないと思うなぁ

待て、どういうことだ。
問い詰めようとしたときには遅かった。今までとは比べ物にならない爆発が起こり、風圧でコートが翻る。まずい。ウルは暗殺者だと言っていたが、ゾルディック家の者だったのか?
視界は悪く、戦闘がどのような終局を迎えたのかわからないが、もしヒソカの言ったことが本当なら面倒なことになる。

せっかく綺麗だったはずの月夜も、土煙のせいで全て台無しだった。

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