- ナノ -

■ 19.言い合い

「……挨拶よりも先に説明が欲しんだが」

クロロの言葉に、皆口に出さないまでも同意する雰囲気を醸し出す。目の前に現れた女─よく見ればまだ幼さが残るので少女と言った方がいいかもしれない─がウルという名前なのはわかったが、そもそもこの場に団員以外の人間がいること自体おかしいのだ。フィンクスに敵意を向けられてもあまり気にした様子はないし、それどころか楽しそうですらある。

ヒソカは何が面白いのかくくく、と喉を鳴らして、勿体をつけるように怪我をしているらしい左腕を指さした。

「ん〜、ほら、ボクごらんの通りの状態でさ彼女はボクの代役
「代役って……じゃあその子がアタシたちと仕事をするってこと?」
「はぁ?何言ってんだお前」

当然のごとく不満が上がるが、ヒソカもウルという少女もどこ吹く風。「あの、あなたが団長さんですか?」期待のこもった眼差しを向けられたクロロは、目の奥を覗き込むように見つめ返した。

「あぁ、そうだ」
「わぁー握手してもらってもいいですか?」
「……悪いが世の中色んな念がある。危ない橋は渡らない主義でね」
「あ、そうか、すみません。でも私、操作系ではないです」
「そうだろうな」

少なくとも、瞳の色に邪な考えや計画はまったく見えない。彼女単体にこちらを害する気はないようだが、ヒソカが絡むと油断はできなかった。それにこのウルという少女は強い。先ほどから歩いていても全く足音がしないし、一見普通に振る舞っているようでいて一切の隙がなかった。

「ヒソカ、とりあえずお前の話はわかった。だが突然現れた部外者と一緒に仕事するほど俺達は甘い集団じゃない。ここへ連れてきたということは、始末されても文句は言えないぞ?」
「そんなのわかってるさでも団長がOKすれば他の団員だって文句は言わないだろう?」

「……ほう、随分と自信があるみたいだな」

まぁ、そうでなければわざわざ連れてこないだろうが。

ヒソカの余裕ありげな態度が気に障ったのか、フィンクスが値踏みするようにウルの前に立ちはだかる。「けっ、こんなガキに何ができるってんだよ」少しばかり八つ当たりに見えなくもないが、旅団を舐めてもらっては困るというのが全員の心境だ。

けれどもあからさまな挑発に彼女も気を悪くしたのか、自分より一回りも二回りも大きい男に向かってムッとした表情を向けた。

「何って、暗殺です」
「はぁ?うちは盗賊だぞ舐めてんのか」
「舐めてませんよ!」
「だったら来るとこ間違ってんだろーが!」
「いいじゃないですか別に!暗殺者が盗んじゃいけないんですか!?」
「いけっ、いけなくはねーよ別に!」
「ほら!」
「なにがほら、だ!」

にらみ合う二人に、見かねたシャルがまぁまぁと仲裁に入る。暗殺者、と聞いてなるほど確かにと思った。A級首の集まりに平気でやってきて、そこでちょっとした言い合いをするなんて胆が据わっている。宥められたフィンクスは納得いかなさそうだったが「ガキ相手にみっともないよ」マチにさらなる追い打ちをかけられ、渋々口をつぐんだ。

「で、早い話、君……ウルだっけ?入団希望なの?」
「いえ、あくまでヒソカの、彼の代役です。そういう約束なので」
「約束?君何か弱味でも握られてるわけ?」
「弱味というか勝負して負けたので」
「え?」
「天空闘技場で勝負して、勝った方の言うこと何でも聞くって。だから代わりに仕事しないと約束を破ることになってしまうんですよ」
「へぇ、そうなんだ……」

振り返ってこちらを仰ぎ見たシャルは小さく肩を竦める。そんなの知らないよ!と言い出さないのは一応女相手だからだろうか。
あごに手を当てははーんと呟いたフィンクスはドヤ顔で彼女を見下ろした。

「お前絶対強化系だろ」
「なんでわかるんですか!?」
「意味わかんねぇし無茶苦茶だからだよ」
「その理屈の方が無茶苦茶で意味わかりません!
ん、もしやあなたも強化系……?」
「お前と一緒にすんな!」
「で、そんなことより手伝わせてくれるんですかくれないんですか!?」
「なんで逆キレしてんだ、させるかバーカ」

「フィン、なんだかんだ仲良くしてるね」
「してねぇ!」

シャルのつっこみに、思わずぴりぴりしていた空気が緩む。今日のメンバーはフィンクス以外落ち着いているので、そういう意味でウルは幸運だったかもしれない。

「よし、そんなに手伝いたいんならその前に俺と勝負しろ!弱い奴なんていらねー」
「わかりました、頑張ります!勝って手伝います!」
「おおそうか、やる気だけは認めてやる。団長、いいだろ?」
「好きにしろ」

クロロの言葉を皮切りに、両者向かい合って距離を取る。が、

「アンタたち、やるなら外でやりな」

というマチの一言に、二人は一瞬固まったあと我先にと外へ飛び出していった。

「ん〜、面白くなりそうだ
「……アンタ、あの子がどうなってもいいんだね」
「そんなことはないけど、マチはウルが心配かい?」

少し呆れたような表情とはいえ、マチからヒソカに話しかけるなんて珍しい。彼女はヒソカの質問に少し眉をしかめて、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てるように呟いた。

「ただアンタに利用されてんのなら、ちょっとばかし同情しただけさ」
「優しいんだね
「死ね」

「あれー、そこも仲いいの?」
「……シャル、アタシたちも勝負したっていいんだよ今から」
「じょ、冗談だって」

苦笑いして後ずさるシャルは、ホラは早く見に行こうよ、とフランクリンを誘ってアジトから逃げ出す。
その光景はどこかほのぼのとしていて、あの無邪気な暗殺者ばかりを能天気だと言ってやるのは可哀想な気もした。

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