■ 15.混乱から逃げる
正直、ここまでの反応は予想していなかっただけに、言ったヒソカですらも驚いた。
普段は恐ろしいまでに無表情で冷静なイルミが、ほんのついさっきまで冷たい殺気を放っていたイルミが、たった一言『好き』というありきたりな言葉にオーラを乱したのだ。
そして、そのことによりヒソカの中で疑惑は確信に変わる。
イルミは本気で彼女のことを好きなのだ。だからこんなにも怒ってこんなにも動揺している。相手の男を殺さないのも、ウルを針で操作してしまわないのも、イルミがそれだけ彼女に本気である証拠だと思った。
けれども残念なことに、当の彼女は他の男が好きで逃げたのだ。
すっかり勘違いしたままヒソカは目を細めて、なるべく面白がっているのを悟られないように目の前のイルミを見据えた。
「実は彼女からおおかたの事情は聞いててね
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ボクには縁のない話だけど、政略結婚って大変そうだねぇ
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」
「……別に」
深刻そうに話題を振ると、余計なことを喋ったなとでも言いたげにイルミは眉をしかめる。きっと彼女が他の男が好きだという話は知られたくなかったに違いない。長い髪が額にかかって、それを鬱陶しそうに後ろに払いのけたのは紛れもなく彼が苛ついている証拠だ。「彼女、かなり結婚を嫌がってたよ
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」だからヒソカはさらに追い打ちをかけるように話の核心に触れてみる。
「……知ってる」
「ボクが聞いてもまあまあいい条件だと思うのにさ、結構彼女頑固だね
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」
「それも知ってる。いちいちお前に言われなくてもウルのことは全部わかってるから」
「へぇ、そう
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」
ヒソカは内心、笑いをこらえるのに必死だった。今は分が悪いため怒らせたくはないが、こうもわかりやすい反応をされるとからかいたくてたまらなくなる。
じゃあイルミはどうなんだい?と尋ねれば、彼は僅かに眉を動かし、何が?と返した。
「ウルはイルミのことをわかってるのかな
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?彼女に好きって言ったのかい
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?」
「……言えるわけないだろ」
「どうしてだい、キミ達幼馴染なんだからいっそ政略結婚だなんて言わず」「うるさい!お前に何がわかるのさ」
イルミが大声を出した瞬間、不安定に揺れていたオーラが一気にヒソカへと向けられる。それはいつもの彼が見せるような牽制ではなく、ましてや仕事の時の研ぎ澄まされた殺意でもない。脅しではない、ただ純粋な怒りの感情を彼があらわにするのは珍しくて、ヒソカは少し呆気にとられてしまった。
そしてそれは声を荒らげたイルミ本人も同じことだった。
「……っ、帰る」
自分の声にハッとしたような表情になったあと、ヒソカの視線から逃れるように足早に横を通りぬけていく。「ウルはいいのかい
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?」振り返ってヒソカがそう問えばぴたりと足を止めたが、彼は振り返らなかった。
「……とりあえず蜘蛛、辞めさせて。招集あるんでしょ。オレも家族やウルの両親にこのこと伝えなきゃいけないから」
「そう簡単に辞められるとは思えないけどなぁ
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」
「いいから辞めさせて。じゃないとウチが黙ってないって蜘蛛の偉い奴に伝えて」
イルミはほとんど命令口調でそう言うと、そのまま廊下を歩いて行ってしまう。足音は一切しないもののどこか忙しない歩調で、ヒソカの目にはどう見ても彼がこの場から逃げたようにしか見えなかった。
「……あのイルミがねぇ
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」
ウルは確かに強い。暗殺者向きの性格かと問われれば少し違う気もするし経験不足なところはまだまだあるが、ゾルディックの妻としては十分な素質があるだろう。
だが、あのイルミの様子を見る限り欲しいのは強さだけが理由ではない。恋愛のれの字も知らないような彼があそこまで感情を露わにし、そしてそのことに自分でも動揺するくらいなのだから余程惚れているのだろう。ならばやっぱり相手の男を殺してしまうのがどう考えても手っ取り早いと思うのだが、なぜイルミはそれをしないのか。
まさか簡単には手の出せないほどの手練れ?それとも単に、ウルに恨まれるのが怖いのか。
「だんだん相手のほうも気になってきちゃったよ
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」
ヒソカはちらりと肩の上のウルを見ると、小さく溜息をついた。そして首筋に貼ったドッキリテクスチャーをぴりりと剥がす。蜘蛛への入団はイルミを引かせるためについた嘘だったが、招集がかかっているのは本当。しかももともと彼女は蜘蛛を探していたのだし、連れて行っても問題ないだろう。
立ちふさがっていたイルミがいなくなったことでようやく自室へ入れたヒソカは、とりあえず腕をなんとかしなければな、とぼんやり考えていた。
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