■ 14.刺青
リングから居住スペースへの廊下を進むと、遠目に見てもわかる長身が自室のドアにもたれかかっている。腕を組み、肌で感じるぴりぴりとした殺気は彼が不機嫌なことを何よりも雄弁に語っていて、一歩一歩近づく度ヒソカは笑みを濃くしていった。
「早いねぇ、上がってくかい
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?」
声をかければ、イルミはちらりとこちらを見る。ヒソカが戻ってきたことなんてとっくに気配で気が付いていたくせに、むしろ自分から声をかけたくてたまらなかったはずなのに、彼はまるで今気が付いたみたいに顔を上げる。
「……返してよ」
ぽつりと呟いた言葉の目的語を言わないのも、彼らしいと言えば彼らしかった。
「ボクは取った覚えはないけど
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?」
「なんでお前が関わってるのさ」
イルミの視線はヒソカの肩の上、気を失っているウルへと向けられる。身体はボロボロだったけれど、彼女は激しい戦闘をした後とは思えないくらい安らかな表情を浮かべていた。
「そんな言い方しなくてもいいだろう?こうしてキミに教えてあげたくらいなんだから
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」
「……」
「ね、部屋に入りたいんだけど
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」
ウルを下ろしたいのもあるし、ヒソカ自身腕を怪我している。けれどもイルミはドアの前から退くどころか、もたれかかるのをやめてまっすぐにヒソカの前に立ちはだかった。
「返して」
「何をだい
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?」
「…返してよ」
子供みたいに同じことを繰り返したイルミは、それでも彼女の名前を呼ばない。その意地とも思える徹底した態度がかえってヒソカの加虐心を煽って、ヒソカはウルを担ぎなおした。
「悪いけど、それはできないなぁ
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」
返して、と言われれば返したくなくなる。ウルは結婚を嫌がっているみたいだからイルミに返しても面白いかもしれないが、わざとイルミの邪魔をしてイルミを怒らせるのも面白い。ただ、今この腕が不自由な状態で戦闘になるのは非常に面倒なわけで、イルミがさらに殺気を強くする前にヒソカは言葉を続けた。
「ボクの一存で彼女をどうこうできないんだよ
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」
「どういう意味?」
「だって、彼女は蜘蛛のメンバーだからね
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」
ほら、とぐったりしているウルの首筋を見せる。ヒソカが軽く前かがみになったことで彼女の髪の毛がさらりと流れ、白い肌に浮かぶ番号入りの蜘蛛の刺青がはっきりと姿を現した。
そしてそれを見た瞬間、イルミの元から大きい瞳がこれ以上ないほどに見開かれる。
「…っ、なんで」
「言っただろ、ボクも最近蜘蛛に入ったって
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」
「でもお前は頭と戦いたいだけで入団は嘘って」「ボクはそうだよ、ボクはね
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」
前に話したため、イルミはヒソカが蜘蛛の団員だということを知っている。もちろんその入団が偽りであることも。けれども団員の証である刺青をどのように誤魔化したのかとか、バンジーガム以外のヒソカの念の詳しい仕組みはどうなっているのかとか、細かい部分はちゃんと説明していない。
それはもともとイルミが他人に興味がなくて聞かなかったせいでもあるし、ヒソカ自身もむやみに手の内を明かすようなマネをしなかったからだった。
「蜘蛛への入団はウルが望んだことだよ
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彼女も戦闘好きだし性にあってるのかもね
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」
「…させない、蜘蛛なんて。暗殺者なんだから」
「とにかくボクも今のところ上手く潜入してるわけだから、同じ団員として彼女をキミに渡すわけにはいかないんだよねぇ
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近々また集合がかかってるしさ
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」
そういうわけだから退けてくれる?
あえて挑発するように言ったのは、イルミがすぐには手を出さないとわかっているからだった。ゾルディックは蜘蛛に、もっというなら流星街の人間に関わるのをなるべく避ける。流星街は時に理解を超えた連帯感を持っているし、蜘蛛ほどの賞金首ならリスクも高い。しかもそれが仕事でないなら尚更だ。
それに今無理矢理ヒソカからウルを奪ったところで、蜘蛛に属してしまっているならばそう簡単に手は切れない。もちろん、本当に属しているのなら、だが。
「辞めさせて、蜘蛛はダメ」
「ボクに言われてもね、まず彼女がその気にならなきゃ
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それに……どうしてそこまでウルにこだわるんだい?キミにとっては面倒なだけじゃないか、蜘蛛の女なんて
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」
婚約者候補なんて、イルミには腐るほどいる。確かにウルは強いけれど、蜘蛛というオマケつきならば他の候補の方がよほど条件としては良いだろう。ゾルディックを優先できない女など、嫁に貰っても仕方ないのだから。
しかしイルミはその質問に煩わしそうに眉をひそめただけで、答えはしなかった。だからヒソカは意地の悪い思いつきを口にする。
「もしかしてキミ、ウルのことが好きなの
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?」
その瞬間、射抜くようだった視線は目の前のヒソカから離れ、宙をさ迷う。
蜘蛛の刺青を見た時よりも、イルミを包むオーラはぐらりと揺れていた。
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