- ナノ -

■ 13.勝者

そこからの試合展開は早かった。リング場を動き回って攪乱しようとするウルと、それをゴムの力で止めようとするヒソカ。

念のお陰でこのまま試合はヒソカの思い通りになるかと思いきや、ゴムで引き寄せるということは同時に懐にウルを入れることでもある。「ウル、ヒット!8-7!」初めは翻弄されていただけだったが、今度は逆にヒソカのゴムが縮む力を利用して打撃の威力を高めてきた。

「…へぇ、流石にやるもんだねぇそれなら、その拳を封じちゃうってのはどうだい

引き寄せられ、バランスを崩した隙に利き手の拳をがしりと掴まれる。
当然ウルは振り払おうとしたが、もともとのヒソカの力と念能力で離れられない。もがいているうちに、ウルの左の脇腹に向かってヒソカの重い蹴りが放たれた。「ぐっ…!」「9-7!ヒソカ!」咄嗟にガードしたから実際にはまだ大丈夫なのに、ポイント制は厳しい。
とにかく利き手だけでも解放しないと、とウルはヒソカを真っ直ぐに睨みつけた。

「そういうの、煽るだけだってわかってる?」

口の端から血を流しつつも、ヒソカは妙に生き生きとしていた。ウルだってそれなりに本気で殴っているのだから、肋骨の何本、もしくは中の臓器までダメージを受けているだろう。
けれどもヒソカが他の奴らと違うのは、痛みで戦意喪失するどころか益々高ぶっていくところだった。そしてその厄介ともいえる性質は、ウルもまた同じである。

「あの……押してダメなら引いてみろって、よく言いますけど」

?」

「私は押すことしか知らないんです」

勝負も、恋愛も、と付け加え、ウルは繋がったままの拳を一気にヒソカの方へ押した。オーラを移動させたせいで他の部分の守りは当然弱くなるが、念を使った単純な力比べで強化系が劣るはずもない。

ヒソカの表情から笑みが消えて、バキリと嫌な音がした。ガムごと指があらぬ方向へと曲がる。
それでもウルは勢いもそのまま、ヒソカ側に全体重をかけた。「9-9、ウル!」

「っ、やるね

だが骨が折れてもヒソカはそれに抗おうとせず、むしろ押されるがままに肘を曲げた。そして空いている方の手でウルの腰のあたりをがっしりと掴む。今やヒソカの腕は肩ごと大きく後方に捻れていたけれど、くっついたままの拳も腰も離そうとはしなかった。

「でも、やっぱりまだまだ実践不足かな

実際、ダメージでいうならかなりのもののはず。しかしにやりと笑ったヒソカはウルの勢いを利用し、ブリッジの要領で身体を後ろへ大きく反らした。身長差のせいで嫌でも足が浮いたウルは、そこでようやくハッとしたような顔になる。
「クク、楽しい勝負のお礼に腕はあげるよ」耳元で楽しげにそう囁かれた瞬間、ウルはぐるんと投げ飛ばされる格好で頭から思い切り床に叩きつけられた。筋肉質に見えて柔軟な身体だ。あ、と思った時には激しい衝撃が脳を揺らした。

「クリティカル!11-9!勝者ヒソカ!」

白熱した闘いにいつしか野次を飛ばすことすら忘れ、固唾をのんで見守って観客たちがそこでようやく立ち上がって歓声を上げる。いくらヒソカが強くてもここまで会場が沸き立つことは今までになかっただろう。

「ま、まだまだ……」

「残念だけどもう終わっちゃったよ

きっとこれはヒソカ個人に向けられたものでなく、純粋に素晴らしい戦闘に向けられた賞賛の声。よろめきながら立ち上がろうとしたウルは、ようやく状況を理解すると、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「悔しい、なぁ……」

そして2、3歩進んだかと思うと、不意にばったりとその場に倒れる。「おやおや、加減をするべきだったかな」気絶をしてしまった彼女を無事な方の肩で担ぎあげ、ヒソカは白い石造りのリングを降りる。

「ククク……負けたらキミとの約束が守れないから困ったことになるとこだったよ

何でもひとつ言うことを聞く、イルミとのことを協力すると言ったが、最初からヒソカはイルミに情報をリークしていた。
だから今日、既に彼はここに来ているだろう。観客席からの刺すような視線に、ヒソカは戦ったばかりだというのにまたゾクゾクとしてしまった。

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