- ナノ -

■ 10.無意識の誤解

やっぱり、世の中は面白いようにできている。

ヒソカは口をすべらせてしまってばつの悪そうな表情になるウルを見て、腹の底からおかしさがこみあげた。
まさか彼女がイルミの言っていた『彼女』だったなんてねぇ。

イルミはあまり話したがらなかったが、どう見ても最近様子がおかしいため、しつこく食い下がって訳を聞いたのだ。
イルミには幼馴染みがいると。そして今度その子がゾルディック家に嫁ぐはずだったのに、嫌がって逃げてしまったと。

ヒソカは何もかもわかったつもりで、目の前のウルを見つめた。
今、少し悲しそうな顔をしている理由も勝手に想像して納得していた。きっと、その好きな相手の事を想っているのだろう。

ここでのヒソカの推測は半分当たっていて、半分間違っていた。
実はその半分がとても重要なのだが、ヒソカが誤解したのはひとえにイルミの言い方が悪かったせいである。
いや、イルミ自身もほとんど無意識のうちに『自分の物』のように話していたのかもしれない。

とにかくヒソカはウルがイルミの婚約者であると思っていた。年齢的にも不思議ではないし、ヒソカの中ではイルミの性格なら家を出るほど結婚したくない、と思われても頷ける部分があったからだ。

そういう意味では、世の中は面白いようにできているというヒソカの表現は本当にその通りだろう。
彼自身もまた、その世の中のうちに含まれていたというだけで。


「心配しなくても別にどうこうしようってわけじゃないさ
ただゾルディックは有名だからね、冗談のつもりだったんだけど本当に当たっちゃうとは

「……別にもう関係ありませんし」

「そうかな、探されているかもしれないよ

実際イルミは探している、ようでもある。彼にしては積極的ではないが気にしているのは間違いない。
ヒソカはそんなイルミを今まで見たことがなかった。自分の目的のためなら一直線。誰が何を思おうとも何を犠牲にしようとも構わないタイプだったはずなのに。


─彼女は是非ともうちに欲しいんだよね

他に好きな相手がいると知れば、間違いなくイルミはその男を殺す。嫉妬よりも何よりもただ邪魔だからだ。
今回それをしないのは、相手の存在を知らないか、はたまた幼馴染みだから何か思うところがあるのか。

どちらにせよ、ここでウルと出会えたことはヒソカにとって非常に美味しい展開であることは間違いなかった。


「本気で探しているなら、もうとっくに捕まってますよ」

「まぁ、あの天下のゾルディックだからね

イルミに教えるのは、ウルと手合わせした後でいいだろう。
せっかくの玩具に逃げられても困るし、自分がイルミと知り合いだというのも伏せておく。

ヒソカは戦闘日が待ちきれなかったが、同時に今のお預け状態をも楽しんでいた。
そして無意識のうちに舌なめずりしたヒソカをウルは気持ち悪そうに見ていた。





兄貴と弟の様子がおかしい。
望まずして間に挟まれることとなった次男は、二人の兄弟の微妙な距離感をドアや壁を隔ててもさえ敏感に感じ取っていた。

もちろん、いくら部屋に引きこもっているとはいえ家で何があったかくらいわかる。
そしてキルアや兄貴、ウルの気持ちも知っていた。知っていたけれどミルキにはどうしてやることもできなかった。

それどころかせいぜいとばっちりが来ないように、さらに部屋に引きこもるくらいが関の山である。

しかし、いくら自分はそうやって閉じこもっていても、向こうの方から来られてしまっては逃げようがなかった。


「ブタくん」

「…な、なんだよノックくらいしろよ」

気配もなく現れた弟に、やっぱりこいつはなんだかんだスゲーよなと感心しつつ慌ててパソコンの画面を消す。まだ年端もいかない弟には少々刺激的すぎる内容だろう。

いつもならここでキルアはゲーム貸して、とかそんな話題しかしないのだけれど、今日はどうにもそういう用事ではなさそうだった。

「ウルの居場所、調べてよ」

「は?」

「ブタくんなら探せんだろ。
ていうか、今回兄貴はブタくんに頼んでないんだろ」

あまり人に物を頼む態度とは思えなかったが、キルアはいたって真剣な表情をしていた。
確かに今回兄貴は俺にウルを探すように言ってない。俺の方も彼女が家出したと聞いたときはすぐにも命令されると覚悟していたけれど。

「探して…どうすんだよ」

でも裏を返せば、兄貴が俺に頼まないのは探すなという意味でもある。だいたいウルだってもう子供じゃないんだし。

だがこの質問はキルアの機嫌を酷く損ねたようで、猫のような瞳がきゅっ、とつり上がった。

「ブタくんまで、そんなこと言うのかよ。
どうするって、意味がなきゃ探しちゃ駄目なのか?
純粋にウルが心配じゃねーのかよ」

「ま…心配しなくてもウルは強いしな」

「そういうことじゃねーだろ!」

もういいよ、と弟は吐き捨てるように言った。

「どうせ俺が探しに行ったってウルは……」

バタン、と乱暴にドアが閉められて、思わず肩をすくめる。
あいつ、誤解してるな。そういう意味で言ったんじゃねぇよ。

ウルがお前なんか眼中に無いって言いたかったんじゃなくて、探しても事態は好転しないって意味だっての。


[ prev / next ]