■ 5.どうして話がそうなるの
「レイ、夕食だって」
彼女は出るときに見た状態のまま、本を読んでいて、オレが声をかけるとはっとした様子でこちらを見る。
「あ、そうか…」
その様子では、ゾルディック家に来たことをすっかり忘れていたらしい。
親父の話を聞く前だったらなんて能天気な、と呆れただろうが、今はなんとなくそんな気になれない。
無防備なまでの明るさは、彼女なりの自己防衛なのかもしれなかった。
「一緒に来ないと迷子になるよ」
まさか、彼女に同情しているのだろうか。
自分でもわからないまま優しい言葉がこぼれるが、部外者がこのうちで迷子になるのは十分ありうる。
「はい」
彼女は本をぱたん、と閉じると素直に従った。
※
居間につくと、もう既にマハじいちゃんを除いた全員が揃っていた。
他の兄弟たちもレイのことを聞いたのか、興味津々といった様子でこちらを見ている。
そのせいか彼女は少し緊張気味に頭を下げた。
「レイ=マクマーレンと申します。どうかよろしくお願いします」
殺し屋相手によろしくはないんじゃないか?とは思うが、他に言いようもないので皆頷く。
母さんだけはにこにことしながら、ドレス似合ってるわぁ、と褒めた。
「俺はこの家の当主、シルバだ」
彼女が初めに挨拶したせいで、親父に続き順番に挨拶していく流れとなる。なんなのこれ。
ちらり、とレイを見れば、一生懸命に覚えようとしてるのがまるわかりだった。
「レイって、美人だな」
今の発言は隣に座ったキルアだ。また、余計な…。面倒だから友達になりたいとか言い出さないでよね。そうでなくても近頃のキルアは反抗的で、この異質なターゲットの訪問をどこか喜んでいる節がある。
変なことを言わないだろうな、と弟をじっと見つめていたら
「そう…?ありがとう。ところでキルアは男?女?」
「は?」
彼女の方が変なことを忘れていた。まぁ、無理もないんだけど。
言われたキルアはというと一瞬固まって、それから盛大に爆笑した。
「レイって面白いな!俺、女に見える?」
「わからないわ、でも、綺麗だから」
「うちの兄弟は全員男だぜ、見た目はなんだけどカルトも男だし」
言われてレイが目をやると、カルトはうつ向く。相手が弱そうだからってすぐに警戒を解かないのはいい心がけだ。キルにも見習って欲しいくらい。
全員男だと聞いたレイはぐるりと皆の表情を見回し、難しそうに眉根を寄せた。
「ごめんなさい、私あんまり人に会ったことなくて…見分けがつかないのよ」
「まぁ、気にすんなよ。兄貴は髪長いし、カルトはこんなんだし、俺んち特にややこしいかもな」
キルアがけらけらっと笑うと、レイまでにこっと笑った。
なんか、気に入らない。
わかってるの?
そいつはターゲットなんだよ?
殺し屋がターゲットと馴れ合ってどうするの。
そんなんじゃ、兄貴として心配だよ。
オレの不機嫌を一番に察したミルキは、異常なまでのスピードで完食し、さらにお菓子の袋を抱えて席を立つ。
キルアだってわかってるはずだ。
そういう風に育ててきたから。
なのに、レイがいるからか、気にしたそぶりはない。
「キル、お仕置きだね」
「マジかよ…でも、兄貴まだ仕事中だろ?」
なぁ、とキルアはレイを見る。
なるほど、そういうこと。だから今日は強気なんだね。
兄ちゃんが仕事完遂できなかったから、キルはそんなことを言うんだね。
「ふーん、じゃ、仕事が終わったらお仕置きだからね」
少し殺気を向けてやると、キルアは顔を青くして頷いた。
初めからそうしてよね。
オレはちょっとだけ機嫌を治して、食事に戻る。
「さすがマクマーレン家ねぇぇぇ、やっぱり毒は大丈夫なの?おほほほほ」
「はい、平気です」
何を今さら、と思っていると、キルアはビックリしている。
「え、俺てっきり、毒なし食わせてるのかと思ってたぜ」
「毒は私の家の専門だから」
「素敵よ!我が家にふさわしいわぁぁぁぁぁ!レイちゃん、お嫁に来ないかしらぁぁぁぁ?」
……は?
母さん、何言ってるの?
どこの世界にターゲットと結婚する暗殺者がいるのさ。
その場合オレにどうしろって言うの?
親父も黙ってないでなんとか言ってよ。
あまりの突拍子もない発言に、呆れることすらできない。
オレのそんな気持ちが伝わったのか、親父は話を変えるためにごほん、と咳払いをした。
「レイ、門を溶かしたのはお前か?」
「え…、はい」
「溶かした…?
マジかよ!?」
レイの答えに、キルアは驚き、ぶっと吹き出す。
「なんだよお前、ホントに不思議なやつだな」
「だって開かなかったから…」
「だからって溶かすのかよ!」
信じらんねぇ…と笑いながら言うキルア。
食卓はなぜか和やかな雰囲気になる。まぁ基本的に煩いのが母さんとキルアだから、その二人の雰囲気が良ければ和やかなんだけど。
しかしよく考えれば…笑い事じゃない。
だって、歴とした器物破損だよ、キル。
家のもの壊されて笑ってる場合じゃないよ。
オレはたしなめるように弟を軽く睨んだ。
「それで、お前は他に何か力が使えるのか?」
「いいえ、特には」
「そうか…」
それを聞くと、親父は顎に手をやって考え込むような仕草になった。
「それならうちで鍛えてやろう。
イルミ、お前が面倒を見てやれ」
……は?
もういい加減このリアクション疲れたんだけど。
皆、オレが無表情だからってからかってる?
ちゃんと驚いてるよ。わかりにくいだけで。
だからさ、親父まで冗談言うのやめてよ。
レイを強くしてどうするのさ。
ただでさえ殺せないのに、強くしたら殺りにくいじゃん。
わかってるの?
オレの言いたいことが伝わったのか、親父は苦笑する。
それを見て、諦めた。
どうせ親父の言うことには逆らえない。
レイはお気楽に、ではよろしくお願いしますね、と微笑みかけてくる。
「はぁ……オレ、凄い厳しいよ。覚悟してね」
「うわぁ、レイ可哀想!せいぜい頑張れよな!」
キルアとミルキに至っては同情の眼差しをレイに注ぐ。
花嫁修行ね!とはしゃいでいるのは母さんだけだ。
それにしても…
どうしてこうなるんだろう。
彼女に出会ってからため息をついてばかりだ。
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