- ナノ -

■ 過保護と過干渉

(注)拍手で、番外編が見たいとのリクの声があったので書いてみたのですが、シリアスなendから一転して、ギャグ風味です。
本編読後すぐや、真面目な感じで終わりたい人は読んだらガッカリされるかも……
それでも大丈夫という方はどうぞ!!

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「緊急警戒体制だからね。
ネズミの子一匹通さないで」

「は、わかりました!」

ゾルディック家本邸。
そうでなくても穏やかでないこの家は今日、ただならぬ雰囲気に包まれていた。

「はぁ…でもまだ安心できない。
絶対奴らは来る…もしものことが起こる前に、見つけ次第即殺そう。
そうだ、そうしよう」

ぶつぶつと一人呟いているのは、ゾルディック家の長男である。
一年ほど前に結婚したばかりの彼は、なんとこの度父親になろうとしていた。

「イル、貴方がそんな緊張することないのに…」

「緊張っていうか、警戒だよね。
大事なレイとレイの子が狙われるかもしれないんだからさ」

「狙われるってそんな…ただお祝いを言いに来てくれるだけじゃないの」

ベッドに横たわったままレイは笑うが、イルミにしてみれば笑い事ではない。
なぜなら単なる被害妄想ではなく、「彼ら」からは幾度となくレイとその子供に関する質問が送られてきていたからだ。

「あいつらのことだ、子供が女だなんて知ったら絶対誘拐する」

「あれ?言ってなかったの?」

「言うわけないだろ」

特にあの変態奇術師なら、喜んで厭らしい目で見るに違いない。
裸コートの方もそうだ。
あいつはあいつで、なんかムッツリそうだし、ロリコンであったってなんら不思議じゃない。

イルミはここ最近、妊婦本人よりもずっとピリピリとしていた。



「くっ……」

陣痛の波が再び襲ってきたのか、レイは痛みに顔をしかめる。
育ち的に痛みには強いはずの彼女が苦しそうなのを見ると、子供を産むのって大変なんだなと改めて思い知らされた。
すぐさま控えていた医者や看護婦が彼女を囲むが、その時が来るまでは誰にもどうしてやることも出来ない。

「大丈夫…レイ?」

「んっ……っあ……大丈夫だけど、だんだんホントに痛いっ…」

額に汗を浮かべて、きつく拳を握りしめる彼女は不安そうにこちらを見てくる。
うるさいから追い出したけれど、やっぱり経験者の母さんにいてもらった方が良かったのだろうか。

イルミはとにかく彼女の手を握り、頑張って、と励ました。


「ん…はっ……くっ…!!」

苦しそうに呼吸するレイには悪いが、瞳が潤んでいて頬が赤く、かなり扇情的な表情だ。
その上、苦痛に耐えかねて上げる声は、イルミの背筋をぞくぞくとさせた。

「やば…レイ、エロすぎ」

「…は!?何言ってるのっ……こんな時にっ!!」

信じられない、と目で非難されようとも本心なんだから仕方がない。
心なしか、周りの看護婦たちの視線も冷たいものへと変わった気がするが、そんなことはどうでも良かった。

「あっ…産まれそう!痛いっ…あっん…!!」

彼女の一際大きい悲鳴に、医者は慌てて動き出した。
イルミはレイの手を握ったまま、ぽかんと事の次第を見ている。

「もっと力んで!」

「頑張って!そうもっとよ!」

「んあっ……!くっ……ううっ……!」

思ったより長いな。
イルミはそんなことを考えながら、空いている方の手でレイの額の汗を拭いてやった。




「おめでとうございます!可愛い女の子ですよ!!」

どのくらいそうしていたのだろう。
レイの苦しげな呼吸と声をかき消すように、赤ん坊の泣き声が部屋に響いた。
血に濡れたその赤ん坊は、まだそこまで顔がはっきりしない。
けれども小さいのに懸命に泣いている姿を見て、キルアの時のことを思い出した。

「レイ、見てごらん。
産まれたよ」

「もう産んだのは私なんだから、分かってるよ。
…抱っこさせて」

ぐったりとしながらも彼女は我が子へと手を伸ばす。
綺麗に洗われ、布にくるまれた娘はすっぽりと母親の腕の中に収まった。

「まあまあまあまあ!!産まれたのね!見せてちょうだい!はああ、私にもとうとう孫が出来たのね!!」

バタン、と勢いよくドアが開かれ、呼んでもないのに母さんが部屋に入ってくる。
きっと追い出されたあともスコープで観察していたのだろう。
いつも以上にテンションの高い母は、けたたましく笑いながらベッドサイドへと近寄ってきた。

「母さん、静かにしてよ。レイは疲れてるんだからさ」

「オホホホ!まだうっすらとだけど銀髪ね、レイさんによく似た子だわ!!とっても可愛らしい!早速色々お洋服を仕立てなくちゃオホホホ!!!」

孫が女だとわかったときから、母さんは大喜びだったが、いざ目の前にするとさらに妄想が広がるらしい。
今はどんな服を着せようか、一人であれこれと考えているようだった。

「ちょっ、母さん、いい加減に…」

イルミが母親を追い出そうとした時だった。

屋敷内の警報が作動する。
これは何かが起こった時に鳴らすよう執事全員に持たせたものだった。

「チッ、早速来たか……」

イルミは忌々しそうに舌打ちすると、くるりとレイに向き直り、その額にキスをした。

「待ってて、すぐに片付けてくるから」

「はいはい…」

イルミは針を両手に構え、すぐさま部屋の外へと飛び出して行った。

***




「チッ、警報を鳴らされたのは久しぶりだな……」

クロロは苦笑を浮かべると、行く手に立ちふさがる執事達をどんどんとなぎ倒していく。
流石、ゾルディック家に仕えるだけのことはあると誉めたくなるような動きをしているが、クロロとは潜り抜けてきた修羅場の数が違う。
殺してしまわないように手加減することすらたやすいほど、実力には差があった。

「…おっと」

空を切り裂き、ビュンと何かが耳元をかすめる。
イルミか?と警戒したが、闇に浮かんだ男の格好を見て、クロロはさらにツイていないな、とため息をついた。

「やぁ☆やっぱりキミも来てたんだねぇ、クロロ◆」

後ろの壁に刺さっているのは、針ではなくトランプ。
もしかしたらイルミよりも会いたくなかった相手かもしれないと、今更ながらクロロは男の一挙一動に集中した。

「まぁな。今日はちょっと本業で用事があってな」

「可愛い可愛いリンゴちゃんを盗むのかい◇?」

上機嫌で気持ち悪いことを言うヒソカは、もう俺と戦う気はないのだろうか。
マクマーレンの宝石を半分こしたあと、クロロはさっさと行方をくらまし、ヒソカからまんまと逃げおおせていた。

「キミとヤるのもいいんだけど、ボクも今日はその仕事に参加させて欲しくてねぇ☆
どうだろう…今日だけまたあのタトゥーを張ってもいいかい、団長さん?」

にやにやと笑いながらそんなことを言うヒソカは何を考えているのかわからない。
だが、タトゥーを張るということはすなわち、今日は団員であり、クロロとは戦う気がないということを示す。
こいつの気まぐれは意味不明だが、ラッキーな話だとも思った。

「いいだろう、どのみちイルミとお前の二人を相手取るのは疲れるしな…」

「ボクもそういうこと★
レイ関連は全て停戦ってわけ◇」

言いながらヒソカはぺたりと腕にタトゥーを貼る。
それが偽物だとわかっている状態で見ても、素晴らしい出来だった。

「それじゃ、さっさと赤ん坊を拝みに行くぞ」

「はぁ…どっちに似てるんだろう☆
ボクとしてはレイに似てる方が嬉しいんだけど、イルミも悪くないよねぇ…◆
小さいイルミがにこっ、とか笑ったら萌えないかい◇?」

「俺は寒気がするな」

全くもって、変態の考えることはわからない。
クロロは円を使ってレイの居場所を突き止めると、どんどんとその方向へ向かって行った。

「…うっ、これは酷いな」

しばらくすると、禍々しいオーラがこちらを威圧するように感じられた。
氷のように冷たいそれは、浴びているだけで気分が悪くなってくる。
もっとも、隣の変態は相変わらずうれしそうだったが、イルミのオーラは絶対体に良くないだろうなと思った。


「……覚悟は出来てるよね?」

暗殺者らしからぬ正面切った登場は、それだけ彼が尋常じゃないレベルで怒っていることを示している。
長い髪を振り乱し、両手に針を構える様はその辺のホラーよりもよほど怖かった。

「ころすころすころすころすころすころす……」

「お、おいイルミ!落ち着けよ!」

「ダメ。レイと子供には近づくな…!」

「見せてくれるくらい、別にいいじゃないか★」

絶対、見るだけでは済まなさそうな奴に限って、飄々とそんなことを言う。
イルミはぎろり、と睨み付けると、無言で針をびゅっ、と投げた。

「危ないなぁ◆」

「ヒソカに会わせたら変態がうつる」

「やれやれ……どうするんだい、『団長』☆?」

まったくこいつは……
都合の良いときだけ『団員』なんだから……

だが、とにもかくにもイルミをどうにかしなければ、この先に進めないのは明白だった。


「どうする?今ここで帰ってくれるなら、今日のところは殺さないであげるけど」

「ふっ、愚問だな。不意打ちでもない状況で俺たちに勝てると思っているのか、殺し屋?」

「暗殺が得意なキミはタイマンは専門じゃないだろ◇?」

「はっ、ナメないでくれる?」

三人の間に不穏な空気が漂う。

そんな時

「イル、いい加減にしないとこの子の体に良くないんだからー!」

緊迫した雰囲気をぶち破ったのは、廊下に響いたレイの声と、赤ん坊のものと思われる泣き声。
イルミはそこでやっと気づいたのか、物騒な禍々しいオーラを沈める。

「あ、ごめ…」

もちろん、クロロとヒソカはその隙を見逃さなかった。

「子供には優しくしてやるもんだぞ、イルミ」

「キミの代わりにボクが可愛がってあげるねぇ★」

ばっ、と横の壁を垂直に走り、立ちふさがるイルミを交わして先へと進む。
すぐさま後ろから針が飛んできて頬をかすめたが、決して足は止めなかった。

「……行かせないっ!」

「イルミのやつ、どれだけマジなんだよ…」

血がつぅ、と頬を伝い、クロロはそれを袖で拭った。


***


地面を揺るがすような大きな震動に、レイはため息をつく。
いくら傷の治りが早い体質とはいえ、産後間もないのだから少しは考えてほしい。
だが、こんな騒音の中でもまたすやすやと寝息をたて始めたこの子は将来有望かもしれないな、と思ってみたりもして。

キルアの件でイルが相当な過保護であることは知っていたが、今からこれだと本当に先が思いやられる。
レイがそんなことを考えながら小さくため息をついた時、

本日二度目の轟音がして、部屋の壁に大きな穴が開いた。

「痛って……」

「……イルミ、ボクたちよりもキミの方がよっぽど危険だと思うんだけど◆」

顔をしかめながら、服の汚れを手で払う二人。
彼らはこちらに気づくなり、不法侵入だとは思えないほど爽やかに笑った。

「やあ☆レイ久しぶりだねぇ◆」

「おめでとう、子供が産まれたんだってな。
また一段と綺麗になった」

もちろん彼らのことだから、背後に迫る恐ろしい形相のイルミには気づいているんだとは思う。
だが、位置的にイルミが針を投げればこちらに当たりかねないので堂々としているのだろう。
レイは苦笑して、イル、とたしなめた。

「そんな物騒な物はしまってね。
この部屋で暴れるのは禁止」

「……」

「この子にまで危険が及ぶでしょ」

娘のことを引き合いに出すと、イルミはため息をついて針を構えた腕を下ろす。
それを見るなり、クロロさんとヒソカさんは遠慮なくこちらに近寄ってきた。

「うーん、可愛いねぇ◇髪の色はレイ似だ★」

「ピンクのおくるみということは、女か?」

「ええ、そうですよ」

レイが答えるなり、小さくガッツポーズする男二人。
抱かせて、抱かせてとヒソカが腕を伸ばした。

「触るな。殺す」

「ちぇっ……流石にまだなんにもしないよ☆」

「『まだ』って言うところがお前らしいよな」

「嘘つきなはずなんだけど、ボクはレイのことになると正直だからねぇ◆」

ヒソカさんは肩をすくめ、伸ばしていた手を下ろす。
かと思いきや、隙を見てぷに、と赤ちゃんのほっぺを指でつついた。

「あっ!!ヒソカ!!」

「今、ボクに攻撃したらこの子にも当たるよ◇」

「ちっ……いいから、離れて」

普段はとても冷静なイルミが、こうして娘のことで頭がいっぱいな様子であるのは見ていて微笑ましい。
レイは思わずくすっ、と笑った。

「ところで、名前は決めたのか?」

ヒソカさんとイルミのやり取りに苦笑しながら、クロロさんはちゃっかりすぐ傍まで来ている。
だが、そのまま生まれた子供を撫でるのかと思ったら、意外にもレイの頭を優しく撫でてくれた。

「名前はね、リルにしようと思ってるんです。ほら、発音がイルに似てて可愛いでしょう」

撫でられたことに驚きながらも、レイはにっこりと微笑む。
クロロさんはなるほどな、と頷くと、自然な手の動きで頬にまで手をやってきた。

「ねぇ、クロロ。レイにも触らないで」

「疲れただろう。母親になった気分はどうだ?」

「あ、はい…ちょっ、くすぐったい!!」

首筋を撫でられ、レイはびくっ、とする。
イルミはヒソカさんを放って、今度はクロロさんの腕を掴んだ。

「痛いな」

「堅さえやめてくれたら、一思いに粉々にしてあげるよ?」

「ちょっと、二人ともやめて!」

すると、レイの声にびっくりしたのか、あんな騒音でも起きなかったくせにリルが泣き声をあげる。
子供の泣き声に、揉めていた男三人はぴたり、と動きを止めた。

「あ、ごめんね、起こしちゃったね。大丈夫よ、何も怖いことないからね」

「泣いてるな」

「泣いてるね◆」

「うん、泣いてる」

すぐさま子供をあやすレイとは対照的に、男たちは茫然として見守ってるだけだ。
全く頼りにならない。
何度か揺すってやると、ひっく、ひっくと短いしゃくりをあげ、リルは再び大人しくなった。

「イルミって親バカになりそうだよな」

「この子も仕事をさせるのかい★?」

恐る恐る、と言った感じで二人はリルを覗きこみ、ほっ、と安堵のため息を漏らした。
このシーンだけ見ると、彼らが快楽殺人者と盗賊団の頭だなんて信じられない。
それは暗殺一家の長男にも当てはまることで、そっとリルを抱き上げたイルミはどこからどう見ても立派なパパの顔をしていた。

「まぁね。ウチに産まれたからには……」

「いいのか、レイ?イルミはああ言っているが」

「大丈夫ですよ。私にとってもイルは師匠ですからね」

この子はきっと強くなる。
でも厳しくするだけじゃない。
たくさんの愛情を注いで、大事に大事に育てるから。

「イルが暴走しかけたら、私が止めますしね」

「暴走ってなにさ」

「ズキュュュュュンのことじゃない◇?」

「ヒソカは黙ってて」

イルミはばっさりとヒソカさんを遮ると、腕を揺りかごのように優しく揺らした。

「……生んでくれてありがとう、レイ」

「うん」

「生まれてきてくれてありがと、リル」

優しくそう囁く貴方がパパで、リルもホントに幸せだと思う。
なんだか少し感動してしまって、レイは指の背で涙をぬぐった。

「……号泣しちゃうじゃないかぁぁぁぁ☆」

「ねぇ、いい雰囲気なんだから、ホントにヒソカ黙って」

ぷっ、とクロロさんが吹き出す。
それにつられてレイも笑う。
壊れた壁が冗談に思えてくるほど、平和だった。

「よし、レイとリルにも会えたことだし、俺たちはここで退散するとするか」

「え〜、もうかい◆?」

残念そうなヒソカさんにイルミが綺麗に鉄拳を食らわせたが、彼は不敵に笑う。
痛いなぁ★なんて言っているけれど、実際はほぼノーダメージのようだった。

「わかったよ◇でもまた来るからね★」

「もう来なくていい」

帰るときは皆、当たり前のようにベランダから去っていく。
クロロさんはこれからまたヒソカさんをまかないといけないのだろう。

屋敷の修理をその辺りにいた執事に言いつけると、イルミはリルをベビーベッドへとおろした。

「レイ似とか最高だね。
何があってもオレが守るから」

「…イル、ありがとう」

この人と結婚してホントに良かった。
そんなことを思っていたら、イルミもまじまじとこちらを見つめてくる。

「というわけで、二人目も早速…」

「……え」


きっといいパパではあるのだろうけれど、少しは休ませてください。

「そ、そんなに見つめても、無理だからね!」


結局、その日は産後の痛みもあり、一緒のベッドで寝なかったレイであった。


End

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