■ 52.どうしても好きだったから
「まぁまぁまぁ、キレイねぇぇ!!さすがレイちゃん、素敵よぉ!私も自分の時を思い出すわぁぁぁ!」
純白のドレスに身を包んだ姿は、とても自分だと信じられない。
鏡の中の レイは幸せそうに微笑んでいた。
「母さん、入ってもいい?」
言葉と同時に入ってこようとするイルミをキキョウさんはほとんど体当たりするような勢いで外へと押し出す。
「うわ」
「イルミ!!ダメよ、貴方はまだダメ!」
「なんで」
「新郎が式の前に花嫁を見ると縁起が悪いのよオホホホホ。楽しみにしていて頂戴」
もちろん、そんなことはレイも初耳だった。
今さらながら、危ない危ないと胸を撫で下ろす。
「ふーん、話も駄目なの?」
「話は良いわよ、ただしそ、こ、で、ね! 」
キキョウさんはまたからかうようにオホホホと笑うと、部屋を出ていった。
扉の前の気配はひとつになる。
「…あのさ、レイ、キルも来てくれるらしいよ」
「そう。ゴンたちも?」
「…うん、まぁ一応レイの知り合いだしね」
ちょっぴり不服そうなその声に、レイは思わずくすりと笑う。
相変わらず、キルアに対する過保護さは緩和されていないらしい。
他にレイの側の参列者は、母と叔父と従兄弟だった。
父の死は本当に事故だったようで、また、母から聞いて驚いたのだが、なんと叔父は母のことが好きだったらしい。
今後この二人がどうなるのかはわからないが、今はうまく暮らしているようだった。
「クロロさんとヒソカさんにも、ちゃんと伝えてくれたの?」
「うん。でも来るかどうかはわからない」
「…そうよね」
どうせなら皆に祝福されたかったが、あの二人にそれを強要するのは酷だろう。
レイとしても申し訳ない気持ちで一杯で、自分がこんなにも幸せでいいのかわからない。
「イル…ありがとうね」
「え、何が?」
「…好きだよ」
レイの言葉に、部屋の外のイルミが小さく息を呑んだのがわかった。
「オレも好きだよ」
貴方が私の姿を見れなくて残念なように、私も今貴方の顔を見れなくて残念だよ…。
「まぁ、どうせ無表情なんだろうけれど」
「え?」
「なんでもないよ」
レイはふわりと微笑んだ。
***
「おめでとう、レイ!!」
「ありがとう」
ゾルディック家で執り行われた結婚式はそれはそれは豪華なものだった。
滞りなく無事に式は済み、今は披露宴を兼ねた立食パーティの途中だ。
パーティーが始まるなりレイはキルア達の元へと来てくれたのだが…
「皆が来てくれてとっても嬉しい」
優しく微笑むレイとは対照的に、兄貴はゴンをがっつり睨んでいる。
それをものともしないゴンもゴンだが、まさか妬いてるのかよとキルアは自分の兄ながら少し呆れた。
「しっかし、本当に結婚しちゃうなんてなー」
「あれ?キルア、私が義姉じゃ嫌?」
「そんな訳ねぇだろ、嬉しいに決まってんじゃん!」
まさか、自分もちょっと好きだったなんて、イルミの前では口がさけても言えない。
キルアは一人で苦笑いすると、横目でちらりとクラピカを見た。
「おめでとう、レイ。
ヨークシンでのことは色々とすまなかったな…。私もあの時は頭に血がのぼっていて…お前に鎖を刺そうとするなど…本当に今から考えるとどうかしていたとしか…これでもあの後、真剣に後悔したのだよ。謝ったところで許されることではないんだがしかし」「クラピカ長ぇよ!」
「まぁ、もういいじゃねぇか。終わったことなんだし、とにかく今はめでてぇんだからよ!」
レオリオに言葉を遮られた上に、ドンと背中を叩かれ、クラピカはムッとしている。
こいつも確かレイに好意持ってたよなーとキルアは改めて目の前の彼女を見つめた。
「レオリオ、貴様!私はまだ喋って…!!」
「辛気くせぇんだオメーはよ!」
レオリオとクラピカのやりとりにくすっと笑う彼女は、本当に綺麗だった。
「レイ、そろそろ次行かないと」
「えっ、もう…?」
継がないとはいえ、ゾルディックの長子の結婚ともなれば、招かれる客の数も尋常ではない。
認めてもらうためには仕方がないのだが、顔合わせの挨拶だけでも気が遠くなりそうな数だった。
「もうちょっとだけ…」
「ダメ」
言葉と同時に、イルミはぐっとレイの体を引き寄せる。
そして、彼女の言葉を遮るように熱いキスをした。
「な、な、なっ!!!」
キルアは慌ててゴンの目を隠し、クラピカとレオリオは気まずそうに目を反らす。
いくら、式でキスをしたのを見たとは言え、こんなに堂々とされては堪らなかった。
「イ、イル!」
「レイがワガママ言うからだよ 」
「だ、だからって、そんな…皆の前で!」
「嫌なの?」
「い、嫌じゃ…ない、けど…!」
顔を真っ赤にするレイは初々しくてとても可愛らしい。
兄貴はワガママと言ったけれど、単に俺たちと楽しそうに話すレイに嫉妬したんだと思う。
「ご、ごめんね、本当はもっとたくさん話したいんだけど…」
「いいよ、俺たちその間いーっぱいご飯食べるから!ねー、レオリオ!」
ゴンの呼び掛けに、レオリオも一拍遅れてああ、と頷く。
だが、すぐさま瞳をきらりと輝かせた。
「こんな高級なモン、滅多に食えねぇぞ、たらふく食っとけ!」
「おー!!」
「レオリオ、お前はもう少しマナーというものをだな…あっ、おい!」
会話も途中なのに走り出していった二人に、クラピカは呆れる。
「すまないな、レイ。
後で私がキツく叱っておく」
「ううん、いいの。
二人も楽しんでね」
レイは微笑ましそうに走っていったゴン達を見ると、じゃあね、と兄貴に連れられ他の招待客の所へ行ってしまった。
「はぁ…まったく…」
クラピカはため息をつく。
それはいつもの光景なのだが、どこか普段よりその横顔は陰っているように思えて。
キルアはなんとなく、ぼそりと疑問を口にした。
「なぁ…クラピカ、お前やっぱまだレイのこと好きなのか?」
「えっ」
コンタクトのせいで黒っぽい瞳が、動揺したように揺れる。
それからクラピカは自分の頬に手を当てた。
「私はそんなに浮かない顔をしているか?」
「いや…誰も気づいてないと思うぜ」
「そうか…。
せっかくの祝いの席だからな」
クラピカは周りに誰もいないことを確認したうえで、さらに声を落とした。
「確かに…その、レイのことは少し残念だが、私は彼女が幸せならそれで構わない。
ただ1つ、気がかりなことがあってな…」
「なんだよ?」
クラピカの視線の先。
そこには巨大な祝いの花が2つ。
確か、これでもかというほど結婚式には不釣り合いな薔薇を送ってきたのは、ヒソカだったような…。
「どうやら、奴が除念したらしい…」
「は?」
キルアは予想もしてなかった告白に、ぎょっとしてクラピカを見る。
注意深く見つめてみたが、彼の目の奧は緋く染まっていないようだった。
「それ、マジかよ…どうするんだ?」
「さぁ…。
今のところ少しずつだが緋の目も集まっている。もちろん機会さえあればこの手で仲間の仇はとらせてもらうが」
「が?」
変なところで止めるから、思わず続きを促す。
クラピカはなぜだかそこでふっ、と笑った。
「まぁなんにせよ、今日は復讐も目を集めるのもお休みだ」
そう言う彼の笑顔は柔らかく、ヨークシンでの激昂ぶりが嘘のようだ。
クラピカの意外な態度にキルアは呆気にとられ、もう1つの花束の方へと視線を向ける。
「…なーんか、どいつもこいつも丸くなったよなー」
「そうかもしれない。キルア、お前だってあんなに嫌っていた兄のお祝いに来ているじゃないか」
からかうように笑われて、少しムッとする。
嫌いとか、そんなレベルの話じゃないんだけどな。
「ちげーよ、俺はただお袋がうっせーから。それにイル兄も怖いしよ。
来なかったらマジであとで何されるかわかんねぇだろ」
「そうかぁ、お前も苦労しているのだなぁ」
「クラピカ…棒読みだぜ」
強がってそんなことを言ってみたものの、本当はどうしてなのかわかっていた。
皆、レイに出会って、ちょっとずつ変われたんだよな…。
キルアはとても穏やかなオーラを放つ兄の後ろ姿を見て、ほらなと苦笑した。
***
「団長、やっぱりレイの結婚式は今日みたいだよ」
「そうか…」
クロロは黒いスーツで正装をし、髪の毛を下ろした格好でホームの出口へと向かう。
「…イルミの奴、俺にまで黙ってるとはいい度胸だな」
「あれ?行くの?花は送ったんでしょ?」
不思議そうな顔をするシャルに、もちろん行かないさ、と笑ってみせる。
今日は大事な約束の日。
わざわざ苦労してレイの結婚式の日を調べて、それに被せるように約束を取り付けたのだから。
「げ、もしかしてホントにやるの?」
「まさか。単なる足止めがわりにでもなればいいかな。
あと、返して欲しいものもあるし」
念を取り戻してから、もう1か月近くたっている。
体調は万全。
勘も取り戻したし、いつもの感じでやればまぁ大丈夫だろう。
団員たちは皆あまりいい顔はしなかったが、それでもクロロのことを信用しているので、誰も止めはしなかった。
「俺、レイのウェディング姿見たかったなぁ」
「見たらまた欲しくなるだろ」
「ははは、それもそうだね」
それに、鎖野郎と鉢合わせしちゃうしね、とシャルは肩をすくめる。
クロロはそれには返事をせず、じゃあ行ってくる、と背を向けた。
「じゃ、行ってらっしゃい。気を付けてね〜」
ひらひらとシャルが手を振る頃には、もうクロロの姿はそこにない。
「…ふぅ、団長ってどこまでもお人好しだよなぁ」
もちろんそんな呟きもクロロの耳には届いていなかった。
***
「やぁ、本当に来てくれたんだねぇ★」
約束の場所に着いてみると、奴はもう既に待ち構えていた。
遠目に見てもわかるほど粘り気のあるオーラを嬉々として発していて、レイのことさえなければこのまま帰りたいと思ったほどだった。
「まぁ、返して欲しいものがあるからな」
************
「さぁ、ヤろう☆
ところで、肝心のレイはどこかな?
まさか、帰っちゃったのかい◇?」
ソワソワしながら辺りを見回すヒソカには悪いが、数ヶ月ぶりに念を取り戻したクロロは今はそれどころではなかった。
体をめぐる、この「命」の感覚。
ヒソカの連れてきた除念師はなるほど確かに腕のいい奴だ。
是非ともその能力を頂戴したいと思わないでもなかったが、「金はいらないから身の安全を確保しろ」という契約であったし、何より除念にはリスクが伴う。
そういった厄介な点がある以上は、自分で行うよりも誰か他人にやらせる方が安全である。
結局、口止め料としてわざわざ断るアベンガネという名のその男に大金を支払ってやり、クロロはその名前をしっかりと記憶した。
「ヒソカ。残念ながらレイは今、大怪我をおっていてな。イルミの所へ帰っている」
「大怪我?クロロ…キミ何したんだい◆?」
にやにやとしていたヒソカの顔が一瞬で険しくなる。
先程までの、好戦的でどこか楽しげなオーラとはうって変わり、そこには冷たい殺意しかなかった。
「俺じゃない。そもそもあいつを傷つけられる奴なんて一人しか…」
「イルミ?」
ヒソカは珍しくイライラしたように、高いヒールを踏み鳴らす。
「クロロとヤりあう前に、まずイルミ
と闘わなくちゃいけないのかなぁ…★」
そう言って、トランプを口許に当てる奴の目は本気で。
これはレイとイルミの結婚を知ったら、絶対に邪魔するんだろうなと思った。
「レイは無事なのかい☆?」
「ああ…なんとかな。だが、今は声が出せない。
イルミを殺しても、泣き声すら聞けないわけだ」
「へぇ…」
いつものヒソカなら「それはつまらないねぇ◇」とかなんとか言うはずだった。
だが、それきり奴は何かを考え込んでいるのか、黙りこむ。
「ヒソカ、本当に俺と闘いたいか?」
「ん?そんなのもちろんだよ◆
何のためにボクが苦労して除念師を探し出してきたと思ってるのさ☆」
「そうか、それなら今すぐには無理だ」
「は?」
クロロの言葉に、ヒソカは当然眉をひそめる。
約束が違うじゃないか、と今にも攻撃を仕掛けてきそうだった。
「どういうつもりだい、クロロ★?」
「久しぶりに念が戻って気づいたんだが、今の俺はまだ半分も力出せないだろう。
非常に不安定な流れ。お前も見ればわかるはずだ」
体の周りを流れるオーラには、所々まだ淀みがある。
元のクロロからすれば、それは考えられないことだった。
「だから、日を延ばしてほしいんだ。お前だって、本気じゃない俺と戦ったって面白くないだろう?」
「キミが約束を破らないという証拠は?」
こちらが嘘をついていないか見極めるように、ヒソカの狐目がさらにきゅっとつり上がる。
クロロはポケットからあの蒼い二つの宝石を取り出した。
「これが、マクマーレンの宝だ。
これをお前に預けておく」
「見つかったんだね…◇」
「ああ、そうだ…俺にとっては大事なものだ」
ヒソカは品定めをするようにじいっと宝石を見たが、クロロの言葉にやがてため息をついて受け取った。
「仕方ないね…キミの言う通り、全力じゃないキミと闘っても意味ないし、キミの生首を手土産にしてもレイの声は聞けないし◆
で、いつになったら調子が戻るの ?☆」
「そうだな…」
一ヶ月後くらいには、おそらくレイの怪我も治り、結婚式が行われるだろう。
もはやクロロがレイにしてやれることと言えば、せいぜいこの目の前の変態が、彼女の晴れ舞台を台無しににしないようにすることくらい。
「詳しい日時は追って連絡する、いいな?」
「はいはい◇」
どうせ、イルミは連絡をくれないだろうから、またシャルにでも頑張ってもらわなければならないだろう。
クロロは軽くなったポケットに、一抹の寂しさを感じた。
*******
「さぁ…もう、ボク待ちきれないよ★」
近づくにつれ、クロロは目の前の変態に違和感を感じる。
もちろん、気味の悪さはいつも通りなのだが…
足を止めてふぅ、とため息をついた。
「お前、本当に俺と闘う気があるのか?」
「うん◆?」
自分のことを棚にあげて、クロロはヒソカを睨み付ける。
だが彼は悪びれもせず、にやにやと笑った。
「なんなんだ、ヒソカ。その格好は?」
「似合うかい☆?」
ヒソカが着ていたのはいつものいかれた奇術師の衣装ではなく、真っ白なタキシード。
ついでに言うと髪も下ろし、あのふざけたメイクもしていなかった。
「どういうつもりだ?」
「ん〜、たぶんキミが正装をしているのと同じ理由だと思うんだけど…◇」
「俺と?まさかお前、今日がなんの日か知っていたのか?」
クロロがスーツを着ているのは、たとえ行けないとしてもレイの結婚を祝うため。
何事も形に拘るクロロは、祝いの気持ちを表す手段として、この格好を選んだのだった。
が、それに対してこいつはどうだろう。
白のタキシードに祝福する気持ちなど、微塵も見受けられなかった。
「あくまで推測だったんだけどね★
…今日がレイとイルミの結婚式だったんだろう?」
「驚いたな…。お前のことだから、知ったらレイを拐いに行くかと思った」
だからこそイルミは俺たちに式の日取りを教えなかったんだろうし、クロロもクロロでこの日に決闘を被せた。
けれども所詮は気まぐれなヒソカのこと。
誰にもその思考や行動を予想することは出来なかったということか。
「まぁね◆
もちろん、クロロが行こうって言うんなら、今からでも行けるわけだけど☆」
「おいおい、俺の努力を無駄にするなよ」
クロロはそう笑って、肩の力を抜いた。
どう考えても、ヒソカに闘う気は無さそうだ。
タキシードでは流石に闘いにくいだろうし、なによりもうオーラが落ち着いている。
「それにしてもイルミもクロロもボクに信用ないんだなぁ◇
クロロなんか、自分には何の得もないくせに★」
「お前の普段の行いが悪いんだ」
結局、ヒソカは俺の計画を全部わかった上で、のこのここんなところまで来たということになる。
気まぐれで嘘つきなこいつのことだが、きっとレイを想う気持ちだけは本当だったのだろう。
そう思うと、なんだか似た者同士だなと笑えてきた。
「どうする、結局やらないのか?」
「うーん、気分じゃないねぇ◆
ここはフラれたもの同士、飲み比べ対決でもするかい☆?」
ヒソカと二人で飲むなんて、こんな機会でもなけりゃ一生ないだろう。
「お前と飲む酒は不味そうだな」
「そうだね、こんな格好じゃ店にも入れないしね◇
だから持参で来たんだよ★」
ヒソカの後ろを見れば、向こうの方に大きなかごがいくつも。
ワインやらブランデーやら、アルコール度数のキツそうなものばかりが、これでもかと集められていた。
「えらく、準備がいいんだな」
「場所だけは勘弁しておくれよ◆」
お互い顔を見合わせてぷっ、と吹き出した。
本当に俺たちは馬鹿だと思う。
「ほら、クロロ◇」
投げられたウイスキーの瓶を受け止めると、それとほぼ同時に飛んでくる蒼い玉。
クロロはなんなく受けとると、驚いてヒソカを見た。
「…いいのか?」
「結局まだ闘えてないからね、返すのは一つだけだよ◆」
「そうか」
ヒソカは自分も酒を手にすると、白のタキシードが汚れるのも構わず、地べたに座り込む。
クロロもそれにならって、隣に座った。
「じゃ、レイの結婚を祝って◇」
「「乾杯(☆)」」
青天井の元で飲むのは、もしかしたら流星街以来かもしれない。
クロロは再び手に入れた宝石を手の中で転がしながら、ぐいと大きく酒を煽った。
「美味いな…」
愛したからこそ
幸せになってほしいと思ったんだ
Until I kill you…
お前を殺せるまで…
愛してもらえるように頑張ってみたけれど
お前が幸せならそれでいいよ、レイ…
ありがとう
お前に出逢えて本当に良かった…
End…
→あとがき
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