■ 4.どうして笑っていられるの
母さんがレイを解放した頃には、彼女はぐったりしていた。
隙だらけだったから、チャンスとばかりに針を投げてみたけどソファーを溶かされただけで終了。最悪だ。
最初は地下牢にでも繋いでおこうかと思ったけれど、なんと母さんから借りた服が汚れるからと言う理由で断りやがった。
断るとかアリなの?
発想が新しすぎてついていけない。
まぁ、部屋数だけは無駄にあるから、結局監視の意味もこめてレイはオレの隣の部屋で生活することになった。
「イルミさん、イルミさん」
あ、初めて名前呼ばれたかも。
だからといって何もないのだが、イルミはこてんと首をかしげる。
「何?」
「ご挨拶をして回りたいんですけど」
オレの家族に?
と聞くと、彼女は頷いた。
「いいよ、そんなの。どうせ、夕食まで家族揃わないし、マハじいちゃんはしばらくいないし。
てゆーか、何、婚約者気取りな訳?」
馴れ馴れしくしないでよ、と睨むと彼女はくすっと笑った。もともとニコニコした奴だけど、なんだか今の笑みは馬鹿にされたような気がする。
「知らないんですか、結婚って女同士じゃできませんよ」
「は?」
何言ってるんだろうこいつ、と思って聞き返した。
いや、本当に何言ってるんだろう。
さらちタチが悪いのは、彼女が冗談を言っているようにも喧嘩を売ってきているようにも見えないことだ。
「だから、結婚って女同士じゃできませんよ」
「…オレ、男だけど」
「嘘」
「嘘じゃないって」
腹立たしいことに、レイはまったく信じてくれない。
確かに髪は長いけど、だからって酷くない?
ていうか、なんで意見を曲げないの?
ここでヒソカなら「試してみるかい☆」とか言うんだろうけど、オレはそんな変態じゃない。
彼女はだって、だってと呟いた。
「男の人というのは、もっと太っていて髭が生えているのです。だから、イルミさんは違います」
「なにその偏見。あ、もしかして君のお父さん?」
「そうです。お父さんは男で、太っていて髭が生えてます」
だめだ、話にならない。
軟禁するならするで、基本的知識は与えておいてよ。
どこから説明しよう、と珍しく頭を悩ませたオレだったが、一から説明するしか手はなかった。
「男にも色々種類があるの。太ってなくて髭がなくてもオレは男。いいね?」
「…はい」
「オレが殺った君のボディーガードも全部男。俺よりゴツい奴も細い奴も男で体型なんか関係ないよ。
髭だって剃ればいいんだしね」
なんでこんな当たり前のことが、わからないかな。
嫌味の一つでもぶつけようかとおもったけれど、彼女が真剣な顔をしていたので止めておく。
「では、どうやって見分けるのですか?違いは何なんですか?」
今、紅茶を飲んでいたら絶対吹いてた。
もうやだ。めんどくさい。
そしてヒソカみたいな説明しか思い浮かばない自分がやだ。
そんなの、経験則でしょ。
だいたい、パッと見わかんない奴とかいるし、真ん中に位置する奴とかいるし。
「そのうち、わかるようになるから」
オレが言えるのはこのぐらい。
※
どうやら親父も仕事から帰ってきたらしく、執事に呼ばれて親父の部屋に向かう。電話では相談したけれど話は当然、レイのことだ。
まぁ、ターゲットを自宅に住まわせるなんて前代未聞だから仕方ないのだけれど、今やオレ自身彼女のことを知りたいと思っていた。
「入るよ」
どうせ気配でわかってるんだろうけど一応声をかける。
どっしりと椅子に腰かけた父は難しい顔をしていた。
「大変だったな」
「うん」
「彼女はどうしてる?」
「部屋で本読んでたけど」
さすが、軟禁なれしているだけあって、彼女は非常に大人しく過ごしていた。
親父はそうか、とだけ呟く。
「ねぇ、レイって何者なの?」
「マクマーレン家の秘密というのがふさわしいかな」
「秘密?なにそれ」
マクマーレン、というのはまぁ、裏社会ではそれなりに名の通ったところだが、やってることはそんなに大したことではなく、単に歴史が古いというだけだ。
主に違法薬物や毒を扱う商売で、取り立てて秘密があるようには思えない。
ゾルディックもよく依頼して、毒などを調達してもらっていた。
「レイの暗殺を依頼したのは、彼女の母親だ」
「ふーん」
本来ならここで、なんて酷いとか思うべきなのかもしれないが、暗殺の依頼が家族間でなされることなど、実際ありふれている。
軟禁までしていたぐらいだ。今さら驚かない。
「それで、秘密ってなんなの?」
大事なのはこっちだ。
もしかすると、殺す方法がわかるかもしれない。
オレはあくまで興味がなさそうに聞いた。
「マクマーレンはいわば毒と薬の老舗だ。だが、毒や薬ぐらいいくらでも競合する組織が出たっておかしくないだろ。現に、細々とはいえ、マクマーレン以外にも毒を扱うマフィアなどいる」
「うん」
「しかし、マクマーレン家は不動の一位を譲らない。権力もそんなにないし、一族自体が強いわけでもないのに、だ。ここに秘密がある」
シルバは指を一本、天井に向かってぴんと立てた。
それを見て、そのしぐさは親父譲りだったのかと、どうでもいいことをふと思う。
「マクマーレンには稀に死なない者が生まれると言う。その者は死なないことを良いことにあらゆる毒や薬の実験台にされるんだ。マクマーレン家はだいだいそういった者を利用して新しい毒などの開発、研究で栄えていた。
しかも、死なない者の血液はどんな病も治すと言う」
「じゃあ、レイは…」
「恐らく、マクマーレン家の生け贄だ」
自分だって子供に毒を盛る癖に、シルバは苦々しい表情になった。
ゾルディックでの服毒は耐性をつけるため、子供のことを想うからこその厳しさでもある。
だが、レイはどうだろう。
利用され、モルモットのように実験を繰り返すことに、愛などあるのだろうか。
しかも、いくら死なないとはいえ、苦しくないわけではない。毎回のように新しい毒を試されては耐性など意味がないのだ。
オレはそこまで聞いて、ふーん、とだけ相づちを打った。
「俺もまさか、そんな大事な娘の暗殺依頼だとは思わなかった。真意はわからないが、彼女はもうあの家に必要とされていない」
「何を…考えてるんだろうね」
殺せないとわかってて、暗殺を依頼するのは変だ。
もしかしてゾルディックなら、と期待したのだろうか。
それに、彼女がその死なない者ならば、間違いなくマクマーレン家には必要なはずだ。
わけがわからない。
けれども、依頼されたからにはどうにか殺らなくてはならない。
その時何故かレイの笑顔が脳裏に浮かんだ。
どうして笑ってられるのさ。
やっぱり、バカなんじゃないかな
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