■ 46.どうして危険を冒してるの
「ねぇ…私からもひとつ聞いていいかしら」
緊張ぎみにぽつりと呟く母の視線の先。
そこには銀色に輝く指輪があった。
「レイ、もしかして…」
「ええ、まだ婚約の段階なんですけど…」
離れていても、大事な彼と繋がっている唯一の証。
話せば、自然と顔も綻んだ。
「おめでとう…よかったわ、私…すごく…なんて言っていいか…」
「ゾルディックの長男さんなんです…だから出会えたのも…お、お母さんのお陰です」
お母さん。
当たり前のはずの呼び方がどこか気恥ずかしく、そして同時に拒絶を恐れた。
だが、目の前の母は嫌がるどころか、その瞳は涙で濡れて光っている。
レイは嬉しくて微笑んだ。
そしてこんな状況であるのにもっともっと話をしたいと思った。
「ゾルディックって…大変じゃない?
どんな人なの?
貴女に優しくしてくれる?」
矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくる母も同じ気持ちなのだろう。
大事な人であるからこそ、母にもちゃんと紹介したかった。
「初めは怖い人かなって思ってました。
私が強くなれるように修行をつけてくれたのも彼だから、実際とっても厳しい師匠でした…
だけど、私が危ないときは自分の危険も省みずに助けてくれたり、私が落ち込んでるときは何も言わずに傍にいてくれたり…
とても優しい人です」
「…そう、いい人なのね…よかったわ…」
安堵した表情の母を見ていると、こちらまで暖かい気持ちになった。
レイ自身も、こうして言葉にすることで自分が彼のことを愛しているのだなと改めて感じた。
実際、彼と過ごした日々は、喧嘩したことの方が多いかもしれない。
だが裏を返せば、まともな喧嘩なんて彼としかしたことがなかった。
「あのね…驚かないんでほしいんですけど、実は彼だけは私を殺せるんです」
「えっ?」
「理由はわからないんです。
だけど、彼には熱が発動しなくなったんですよ。不思議でしょう?」
レイが打ち明けると、母の目が丸くなった。
やっぱり驚いてる。
だが、ただ驚いているとばかり思っていた母は次の瞬間にはくすくすと笑い出した。
「やだ、レイ、それはね−」
コツコツコツコツ…
会話を遮るように、不意に響く足音。
地上からこちらへ近づくその音に、二人は思わず顔を見合せ、口を閉ざした。
***
「もしもし?」
「今どこ?」
咄嗟に電話に出ると、聞き覚えのある抑揚のない声。
いや、抑揚はなくても十分不機嫌さが伝わってくるから不思議だ。
電話をかけてきたのは他でもないイルミだった。
「ああ、イルミか」
そもそも団員からは絶対にかかってくるはずがないため、相手はかなり限られている。
だがそれにしても俺のことを毛嫌いしているあいつが自分からかけてくるなんて珍しい。
クロロは急いでいるのに…と忌々しい気持ちになった。
「ねぇ、今どこ?
レイに携帯繋がらないし、GPSもこれ、隠れ家じゃないよね?」
「ああ、今はレイの実家だ。悪いが喋ってる暇はない」
「は?なんでわざわざ危険な所へ自分から行くのさ?
もしかしてレイに何かあったとか言わないよね?」
「…」
言うべきか言わざるべきか…。
一瞬の沈黙が、言葉よりも強い肯定を表す。
察したイルミは、恐ろしいほどの早口でまくし立てた。
「どういうこと?レイはどうしたの?クロロがついていながらなんでそんなことになってるの?ねぇ、レイにもしものことがあったらどう責任とってくれるの?」
「だから、そうならないように俺は今「オレも今からそっちに行くから。
やっぱりクロロには任せられない」
話の途中で一方的に切られた電話。
ツーツー、と通話の終了した音だけが虚しく響く。
クロロは小さく舌打ちした。
「どうしたんだ?」
「ああ…」すっかりその存在を忘れかけていたフラウが不思議そうに聞いてくる。
「本当の旦那の登場だとさ」
「間に合うの?」
「さぁな。こればっかりは待ってやるわけにもいかないし、俺は先に行く」
イルミのことだからまた、私用船をぶっ飛ばして死に物狂いでここへくるんだろうが、だからと言って呑気にそれを待つつもりはない。
そのままドアの方へ向かうクロロ。
本音を言えば、イルミは来なくていいと思った。
自分一人でもレイは助けてやれる。
下らないプライドか、はたまた醜い嫉妬か。
クロロは頭をふって嫌な考えを閉め出すと、目の前のことに集中しようとした。
レイが殺されることはないだろうから、恐らくどこかに捕まってるとみていい。
だがそれもニヒスから吐かせればあっと言う間に違いなかった。
「お前のお陰で助かった。礼を言う」
「なぁ、親父は殺さないでくれ。頼むよ」
出ていこうとした背中にかけられた言葉は切実なもの。
こんなふうに命を狙われたのに、相手を生かしておくなんて普段のクロロからすれば正気の沙汰ではない。
だが。
「…お前には借りがあるからな」振り返らないまま、そう返事した。
自分らしくないと思う。
レイの甘さが移ったのかもしれない。
**
「命があるだけありがたく思え」
あっさりとニヒスからレイの居場所を聞き出すと、クロロは彼の体を床にぞんざいに投げ捨てた。
殺さない、とは約束したが無傷でという訳にもいかない。
よくフェイタンに注意をしていたが、死なない程度に加減しながら痛め付けることがどれ程難しいのか身をもって知った。
「…げほっ、げっ…お前は、一体、何者なんだ…」
痛みに悶えながらも、疑問というのは浮かんでくるものらしい。
そう言えばこいつの前では好青年を演じていたっけな。
今さらのように思い出したクロロは、再び人の良さそうな笑みを作る。
「聞いたら、それこそ生かしておけないな 」
「ひぃっ… 」
人懐っこそうな笑顔と言葉がミスマッチすぎて、それが余計に恐怖を煽ることは計算済み。
声にならない声をあげて、ニヒスは後ずさった。
「二度とレイに手を出すな。
次は殺す」
威圧するような低い声に、ニヒスはひたすらガクガクと震えているしかないようだ。
そんな彼から、牢とレイに付けられた枷の鍵を奪うと、クロロはもう見向きもしなかった。
[
prev /
next ]