- ナノ -

■ 39.小休止 どうして約束なんてしたんだろ




弟の部屋の扉が珍しく開いている。

いつもはぴっちりと固く閉ざされ、本人自体もなかなか外に出ることはないのに…。
イルミは少しだけ不思議に思い、立ち止まった。

「そうだよ!マジだって!
信じられるか!?」

どうやらミルキは電話中らしい。
よくわからないが、なにやら大声で携帯に向かって喋っている。

イルミはすぐさま興味を失い、そのまま通りすぎようとした。

「キル、お前がいない間、結構すごかったんだぞ!」

キル?
その二文字に進みかけた足も止まる。
弟の様子を知っておくのは兄として当然だからね。

ミルキはおそらく気づかないだろうが、念のためイルミはそっと気配を消し、会話に聞き耳をたてた。

『すごいって何?まだあんの?
俺としてはイル兄とレイが結婚ってだけで頭がパンクしそうなんだけど』

「そりゃそうだろうけどさ!
ひびんなよ、そのイル兄がな…今レイを自由にさせてんだよ!
しかも他の男のところにいるんだぜ!?」

『うっ、嘘だろ…あのイル兄が!?
ありえねぇ…誰だよその男って』

「聞けるわけねーだろ!」

ウチの弟たちは案外と仲がいいらしい。
イルミは余計なことを言ったミルキに内心舌打ちをしたが、久しぶりにキルアの声が聞けたので我慢する。
まさか本人に聞かれているとも知らず、二人の会話はどんどんヒートアップした。

『俺、優しい兄貴なんて想像もできねぇよ…』

「んなもん、レイにだけだよ!
ホント、気持ち悪いほど健気だったぜ」

『レイ、あんな兄貴のどこがよかったんだ…』

「俺も絶対嫌だな…」

普段は喧嘩ばっかりしてるくせに、妙にそこだけ意見が合っている。

ねぇ…ちょっと酷くない?
兄ちゃん流石に傷つくんだけど。

イルミはあふれ出そうになる黒いオーラを必死で抑えた。
家にいないキルはまだしもミルキには絶対お仕置きが必要だ。

だが、そんなに決意も
次に聞こえてきた言葉にすっかり頭から飛んでしまった。


『きっとレイは優しいから、断れなかったんじゃねーの?』


一文字、一文字を区切るように。
その言葉はイルミの胸に突き刺さった−。



**



「レイ…」

きっと、自分でも薄々感じていたのだろう。
それだけに余計ショックで、目の前が真っ暗になったような気がした。

一つだけなんでも言うことを聞くこと。
あんな約束でレイを縛り付けただけで、彼女はオレなんか好きじゃないのかもしれない。
そう考えると胸に不思議な痛みが走った。

どうしちゃったんだろ…オレ。

以前のイルミならたとえ向こうに気持ちがなくても、自分の傍に繋ぎ止めておければそれで満足だと思っていた。
でも今は違う。
イルミはそっとミルキの部屋の前から立ち去った。

自分がレイを想うのと同じくらい、レイにも想って欲しい。

彼女にとって自分とは一体何なのだろう…
ただの殺し屋?
師匠?
それとも…?

イルミは自室に戻ると、どさっとベッドに身を投げ出した。
同じプロポーズをするにしたって、あんな約束の下にしなければよかった。
そうしたらこんなに悩まなくても済んだのに…

ぐるり、と寝返りをうち、殺風景な天井を見上げる。
そういやレイがいたときは、天井なんか見ても殺風景だとも思わなかったのに。


「もし、クロロを好きになっちゃったら…どうしよ…」

彼女としっかり約束をしたから、裏切ることはないってわかってる。
だけど気持ちは?
好きになることまでは止められない。

イルミは深いため息をつくと、ゆっくりと起き上がった。
たぶん、ゾルディックの力を使えば除念師だって見つけられるだろう。
だけどそんな風に解決したんじゃ、レイの罪の意識は消えないだろうし、彼女の心からクロロが消えることもなくなる。

「仕事の時間だ…」

だから今はじっと我慢するしかなかった。
この件が終わってレイがちゃんとオレの所に戻ってきてくれたら
愛されてるって信じられるような気がするから。

だがやはり、イルミにとってレイのいない日々はどんな拷問よりも辛かった−。

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