■ 3.どうして母さん邪魔するの
試しの門につくと、やっと彼女は普通の反応を見せてくれた。目の前にそびえる堅牢な扉に目を丸くして、首が痛くなりそうなほど真上を見上げる。
飛行船の中で少し話を聞いたけれど、彼女が外に出るのは15年ぶりらしかった。別に話してくれなんて一言も言ってないが、彼女は3歳からずっと軟禁されていたと言う。
飛行船に乗るのも初めてだったようで道中かなりうるさかった。
もちろんオレだって話を聞き流しながら、終始無防備な彼女を殺そうとしてみたけれど徒労に終わった。
じいちゃんなら何かいい方法知ってるかな。
レイの依頼以外を終えた後、オレは親父と母さんに事の顛末を詳しく報告したのだ。
母さんはかなり怒ってキンキンしていたけれど、オレ悪くないよね。殺せないってどういうことなのかしらっ?とか言われても、オレが聞きたいくらいだし。
家についたらきっと母さんが殺しにかかるだろうなぁと思うと、少し残念な気がした。
「君って死なないんだよね?」
「いえ、死にますよ。でも殺されはしません」
「母さん、たぶん君を殺そうとするけど」
「大丈夫です、お気遣いなく」
気遣ったつもりはこれっぽっちもないのだけれど、母さんに殺されないのならまあいいか。
あれ、オレ、なんでこいつが殺されないか気にしてるんだろう。
わかった、オレのターゲットだからだ。
オレが出来なかったのに母さんにあっさり殺されちゃったら面白くない。
キョロキョロしてるレイに向かってイルミは門を指差した。
「はい、じゃあこれ開けて」
意地悪な気持ちでそう言う。
彼女はじーっと門を見つめたあと、取っ手がないことに気づいたようだった。
「押すんですか、引くんですか」
「押す」
わかりました、と彼女がすなおに頷くものだから、こっちとしては拍子抜けする。
何、開けられたりするの?
改めて彼女を見るが、華奢で到底力などありそうもない。
それなのに一人前に門に手をつくと、ふん、とか言ってぎゅうぎゅう押し始めた。
「……」
しかし案の定門はびくともしない。
良かった、とオレはなぜか内心ほっとして彼女に近づいた。
別に本気で開けてほしかった訳じゃないし、開けられなくても連れてくし。
だが近づいていくうちに、肌が焼けるような異様な熱としゅうしゅうと昇る白煙に眉をひそめた。
「ちょっと、人ん家の門に何してるの」
「何って…溶かそうと」
見れば、門は既に貫通しかけ大きな穴が空いている。
人が通るのサイズになるのはもはや時間の問題だろう。
「押すか引くか聞いたくせに、溶かすわけ?」
「だって開かなかったから」
開き直りとも取れる発言に退いて、と彼女を押す。
あっ、と思ったが不思議と熱くなく、彼女に触れることができた。
「熱く…ないね」
「殺そうとしてないからですよ」
「殺意がなきゃ触れるの?」
「えぇ、まぁ。あ、でも今その門は非常に熱くなっておりますのでお気をつけください」
仕方がない。
オレはよっと、彼女を抱きかかえ、地面を強く蹴った。
「わぁ、高い!」
嬉しそうに笑う彼女はまるで子供みたいだ。
オレはなんなく門を飛び越え、敷地内に入る。
いつもはこんなことしないんだけど、門が冷えるまで待ってられないから仕方ない。
門が溶かされたなんて聞いたら、また母さん怒るだろうな。
そんなことを思いながら彼女を抱えてものすごい速さで本邸へと向かう。
途中、ミケを見かけたけれど、ミケまで溶かされそうだからスルーした。
「ただいま」
「まぁまぁまぁまぁまぁ!貴方ね!うちのイルが殺せない女って!早くイルから降りなさい!私が殺して差し上げますわ!」
キィィィンと機械音を盛大に鳴らし、母さんはレイに近づく。
まずいな、と思ってオレはさっと離れた。とばっちりとか嫌だし。
「さっ、どういう殺され方が好みかしらっ、可愛らしいお嬢さん?
特別に希望に沿ってあげてもいいわよぉぉぉ!」
やけにノリノリな母さんが近づくと同時に、彼女の包帯が燃えだした。
そして一瞬で黒焦げになったかと思うと液体のようにドロリと地面に落ちる。
レイは申し訳なさそうに、一歩下がった。
「まぁまぁまぁまぁまぁ!」
「だから言ったでしょ。母さんでも殺せないって」
「すみません…」
なぜか謝るレイに、母さんのスコープは緑色のランプを点滅させる。
もちろん、レイにはその色が何を表すのかわからないに違いなかった。
「確かにそのようねぇ…困ったわぁ、触りもできやしないのねぇ!」
「殺意がなきゃ触れるらしいよ」
「あら、そうなの!じゃあまぁ、いいわ!こっちにいらっしゃい!」
母さんは依然としてテンションが高いまま、ぐい、とレイの手を引く。よくためらいもなく触れるな。
流石のレイもあれを見たあとで触られると思っていなかったらしく、ビックリして抵抗もできずにずるずる引きずられていく。
「あのっ、私、レイ=マクマーレンと言うもので、今日からお世話に…」
「わかってるわぁ!さっ、いらっしゃい!貴女に着てもらいたいお洋服があるのよぉ!おほほほほ!」
「あっ、待ってください!」
殺されかかったときですらそんな顔しなかった。
困惑して泣きそうになってるレイを見て、オレはイライラする。
早く殺さなきゃいけないのに。
母さんどうして邪魔するの。
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