- ナノ -

■ 38.どうして貴方が謝るの



私は一体どうしたいんだろう…
家に戻ったレイは一人、悩んでいた。

ヒソカさんの突然の告白。
いや、それまで気づかなかったことが悪いのか。

今になって考えてみれば、いつだってヒソカさんは優しかったし、本当に私を大切に思ってくれていた。

…だから好き。
間違いなく好き。
だけど、どうなんだろう。愛してはいるの?
私はヒソカさんのために死ねる?

考えてみて、レイの心は重く沈んだ。

私は今、クロロさんとの生活にも幸せを感じている。
誰かのためにご飯をつくって、一緒に笑って、読んだ本の話で盛り上がって…
「普通」ってこういうことなんだ。
「普通」って幸せなんだ。
「普通」を感じるときにはいつも、レイの胸は暖かい気持ちでいっぱいになる。
でも、もしかしたらそんな幸せを感じることですら、イルに対する裏切りなのかもしれない。

レイは自分の薬指にはまっている指輪を見て、彼のことを想った。



イルにプロポーズされたあの日、本当にびっくりした。
いつも厳しくて怖い彼がまさか自分のことをそんな風に想ってくれているだなんて知らなかったから。
だが別に、レイは約束だったから彼との結婚を承諾したわけではない。

レイはずっと彼に認めてほしくて、蜘蛛にいたときも彼のために強くなろうとした。
きっと自分でも気づかないうちに、イルのことを好きになってたんだろう。
恐怖を感じていたのはイル自身にではなく、彼に嫌われるのが怖かっただけかもしれない。

レイは指輪を愛しそうになでた。

正直に言うと、首を絞められていると気づいたとき、不思議と安心した自分がいた。

彼の目には私しか映っていなくて
感じる体温がとても熱くて
この人になら殺されてもいいやと思えた。

どうやら彼の愛も歪んでいるけれど、私も相当なものらしい。
改めて自分の気持ちを確認し、レイはイルのことが恋しくなる。

そんな気分の時に、携帯の着信音。

もしかしてイル?
レイは少しドキドキしながら電話に出た。



「もしもしレイ?俺だけど」

「…シャル!!」

懐かしい声に思わず声が上ずってしまう。
確か、クロロさんの所に到着した際に蜘蛛にも一度電話をかけたのだが、大半のメンバーはGIに行ってしまっていて連絡がつかなかったのだ。
仕方なく、たまたま残っていたボノにレイがクロロさんと一緒にいることを伝えてくれるように頼んだのだったが、あれから結構日が経っている。
レイは常々「蜘蛛のメンバーは私のことを恨んでるんじゃないか」と不安に思っていたが、シャルはいつもと変わらぬ様子だった。

「はは、元気そうだね。団長は?」

「…今は、ヒソカさんと話してます」

「やっぱり…だから俺も気になってGI抜けてきたんだよね」

シャルはふぅむ、と唸ると、そっちはどんな感じ?と聞いた。

「大丈夫ですよ。クロロさんは無事です。私が全力で守りますから!」

「あ…いや、どっちかって言うと無事じゃないのはレイかと思ったんだけど…まぁいいや。
ヒソカには早く戻ってくるようにキツク言っておいて」

「わかりました…あの…」

「ん?」電話越しのシャルの声は明るい。

レイは意を決して話を持ち出した。

「あの…その、ヨークシンでは私…ごめんなさい…」

「どうしてレイが謝るのさ?」

「だって…蜘蛛の皆に黙ってたし…う、裏切ったようなものだから!」

「パクから全部教えてもらったよ。
それに俺達はウボォーやパクの死を嘆き悲しむレイも見た。
あれを見たあとじゃ、誰もレイのことを裏切り者だなんて思わないよ」

「…シャル…ありがとう」

そう言ってもらえると、本当に救われる。
やっぱり蜘蛛の人たちはそんな悪い人たちじゃないのだ。
レイが泣きそうになっていると、今度はシャルが「あのさ…」と言った。

「俺達こそ、レイを助けてあげられなくて…ごめんね」

「…え」

「もう少しでさ…レイ、死んじゃうとこだったんだよ…。
だけど、俺達には何も出来なくて…ゾルディックの奴がレイを助けて…なんか、すごく情けなくてさ…」

「そんな…」

あのことは蜘蛛の皆のせいじゃない。
私が勝手に暴走しただけなのに…。

シャルの辛そうな声を聞いていると、こちらまで辛くなってきた。

「ごめんね、こんなシケた話しちゃって」

「いえ…私こそ迷惑をかけました、ごめんなさい…」

謝られると困るなぁ。
シャルはくすっ、と笑った。

「じゃあ、これからもよろしくね、レイ。
…そうそう、こんな話よりもっと大事なことがあるんだよ。言っとかなきゃならないことがあって…」

「私に、ですか?」

「そう」

私に話とは何だろう?
わざわざここまで言うくらいだから、クロロさんに伝えてくれということでもないのだろう。
シャルは真剣な口調で話を切り出した。

「ねぇレイ。
レイは自分の家からさ、ノートとか本とか持ち出してきてない?」

「ん…持ってきてないですよ?」

唐突にノートとか言われても、レイに心当たりはない。
本だっていくらか小説はあったものの、いちいち持ち出してきたりなどはしていなかった。
シャルは「そっか…」と呟く。

「実はさ、ヨークシンに戻ったときにレイを探している怪しげなやつらに会ってね、捕まえてフェイが口を割らせたんだけど…」

「ああ…フェイに…」

思わず想像しかけて途中でやめる。
怖い怖い…
捕まった人たちに同情したくなったが、シャルは当然そんなこちらの気持ちになど気づかない。

話の続きに集中しようとレイは携帯を握り直した。

「うん…それでね、どうやらレイとレイの持ってるはずのその『物』が狙いらしいんだ。
下っぱの奴はよくわかってないようだったけど…たぶん、研究の成果とかそんなところじゃないかな」

「でも私、本当に何も知らなくて…」

しかも今更になってどうして私を探しているのだろう。
あの家を出てからもうしばらく経つ。
レイは突然の話に困惑していた。

「うん、でもさ向こうはレイを探してる訳だから気をつけた方がいいよ。俺達、これからまたGIに戻んなきゃならないし…」

「あの…やっぱり、自分から訪ねていっちゃまずいですかね?」

「え」

予言によれば『血の導きに従えば秘密がわかる』はずだった。
血の導きでクロロさんのところに来れたということは、きっとこの流れで合っているのだろう。
シャルは少し黙りこんでしまった。

「正直、あまりお勧めはできないけど…予言のこともあるからね」

「えぇ、そうなんです。秘密がわかればクロロさんも宝石を手に入れられるだろうし…」

「宝石、ねぇ…」

シャルはなぜかそこで呆れたようにため息をついた。

「たぶん、団長はもう宝石なんか興味ないと思うけど…まぁいいや。
マクマーレン本家の位置を地図で送るよ。行くかどうかは団長と相談してね」

電話の向こうでカチャカチャっと、キーボードを叩く軽快な音がする。

「じゃあ、団長によろしく言っておいてね」

「ええ、わかりました」



宝石、いらないんですか…?
レイはちょっぴり拍子抜けした気分で、通話の終わった画面に向かって呟いた。


**




「レイ、元気そうだたね」

電話を切るなり、隣にいたフェイがぼそっと呟く。
自分では電話にでないくせに、彼はちゃっかりと会話に耳をすませていたのだ。
シャルは地図を送信し終えると、ぐいっと大きく伸びをした。

「フェイも喋れば良かったのに」

「ハ、特に話すことないよ」

「そんなこと言ってさ、結構心配してたくせに」

シャルがからかうとフェイはきっ、とこちらを睨んだ。
もともと目付きが鋭い分、その顔には迫力がある。
しかし付き合いの長いシャルがそんなことぐらいで怯むはずがなかった。

「でもさぁ、あの感じじゃまだ団長は手を出してないみたいだったね」

さっさとモノにしちゃえばいいのに、と顔に似合わず物騒なことを言うと、すぐさま無理ね、と返ってくる。

「アジトにいた時も、なかなか声かけなかたしね」

「そうそう、ちらちらレイのこと見てるのにさ…あれは面白かったなぁ」

「団長も意外と乙女ちくね」

フェイの言葉にシャルは思わずぶっ、と吹き出す。
泣く子も黙る、幻影旅団団長が乙女チックとはこれまたなんとも面白い冗談だ。

「GIに戻ったら、フィンに自慢してやろ。レイと喋ったって言ったら、きっと悔しがるよ」

「それは見物ね」

二人はにやりと笑いながらジョイステの前に並ぶ。
ずっと気にかかっていたレイが元気そうでなによりだ。

「それじゃもうここのお宝も戴きますか」

「ささと終わらせるよ」


そう言った次の瞬間には

二人の姿はなく、静けさだけが残されていた―。

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