■ 32.どうしてもさよならなの?
「奴等は全員揃っているか?」
電話越しとは言え、いつもの冷静なクラピカの声に、キルアは内心ほっとする。
彼はとても頭がよく、的確な判断下すが、どうも激昂すると周りが見えなくなるタイプでもある。
キルアは確かに全員揃っていることと、今の今まで蜘蛛が揉めていたことを伝えた。
「そうか…。ならいい。
一つ…お前たちにも朗報がある。
レイを取り返した」
「レイを!?」
思わず大声をあげると、電話はすぐにフィンクスにとりあげられる。
彼もまたレイの名前に反応したようで、どういうことだ!と声を荒げた。
「わからないか?そのままの意味だ。
お前たちの頭もレイも、全て私の手の内にある。
理解ができたら、大人しくアジトに戻ることだな。
…また、連絡する」
「…くそっ!」
ピッ、と一方的に通話が切られ、フィンクスは青筋を浮かべる。
レイまでクラピカのところにいると聞いたとたん、蜘蛛に動揺が走った。
「なんで、レイまで!?」
「取り返したってどういうことだ?」
「まさかこのガキ同様、レイも鎖野郎の正体を知ってたってのかよ?」
ざわざわと騒がしくなる蜘蛛のメンバー。
だが、シャルがそれをまとめるようにぽん、と手を打った。
「はいはい!とにかく、レイのことは置いておいて追跡は無理そうだね。
アジトに戻るよ!」
シャルの一声に渋々皆、従う。
ゴンとキルアもアジトへ連れていかれるようだった。
「しゃあねぇな。じゃあ大人しくしてろよクソガキ」
あからさまに手荒なことはできなくても、ぐいっと乱暴に引っ張られる。
とりあえずはクラピカがなんとかしてくれるのを待つ他はなかった。
レイ…やっぱり俺たちのとこに戻ってきてくれるのか?
キルアは口角が緩んでしまわないように、きっと唇を結び、わざと険しい顔を作る。
まさかレイがクロロと一緒に死ぬ気でいただなんて、キルアは知りもしなかったのだ。
***
飛行船の中。
その頃、パクノダは鎖野郎ことクラピカと向かい合っていた。
「パクノダ本人か?」
「もちろん…」
答えて、ちらりと団長の方を見る。
なんと隣にはレイまでいた。
どちらも鎖でぐるぐる巻きにされていたが、団長の方は手酷く殴られていた。
心音による確認が終わったあと、いよいよ話は本題に入る。
「お前とこの男にそれぞれ2つずつ条件を出す。それを厳守すればお前たちのリーダーは解放しよう」
クラピカはそう言って、右手に鎖を具現化させた。
「まずはお前たちのリーダーへの条件。
一つ、今後一切念能力の使用を禁じる。
二つ…今後旅団員との一切の接触を絶つこと。
この二つが条件。それでいいか否か。お前が決めろ、パクノダ」
念能力の封印…そして、団員との接触の禁止。
それは簡単に言えば、団長がもう蜘蛛として活動できないという意味だ。
念を使えなくなるというのはどんなに辛いことだろう…
拠り所となる蜘蛛にいられないのはどんなに苦しいことだろう…
決してそのような感傷に浸る人では無いと、知りながらもパクノダは胸が締め付けられる。
それでも、彼を失ってしまうよりかはいくらかマシに思えた。
「…OKよ」
「よし」
クラピカが頷くのと、団長が驚いたように少し眉を寄せるのと、ほぼ同時だった。
念の鎖は団長の胸に刺さり、重たい枷となって彼を縛り付ける。
パクノダはその様子を黙って見つめていた。
「次はお前だ、パクノダ。
一つ、今夜零時までに、ゴンとキルアを小細工なしで無事に解放すること。受け渡しの方法は後で説明する。
二つ、私のことについて一切情報を漏らさぬこと。
…依存がなければお前にも鎖を刺す」
「OKよ」
鎖は真っ直ぐにパクノダの胸へ刺さる。わずかとは言いがたい衝撃が、身体を襲った。
「受け渡しの方法だか…」
「待って。レイは返してもらえるんでしょうね」
パクノダの言葉に、クラピカは苦い顔になった。
ここまで滞りなく進んでいた交渉が、初めて沈黙を生む。
レイが身動きしたせいで、じゃらり、と鎖が独特の音を立てた。
「レイは…お前たちの仲間ではない。もちろん、私も危害を加えるつもりなどない」
「こっちの人質は二人いるのよ。数的にもレイを入れるのは当たり前だわ」
「だが…」
いいよどむクラピカには最初ほどの覇気はない。
それは彼自身迷っている証拠だった。
「心配はいらないわ。レイは蜘蛛には戻らない。
ヨークシンを出るときに、ゾルディックが迎えに来るらしいから。
貴方にそれが止められるのなら私も構わないけど」
「…ゾルディック?キルアの兄か…」
念のため、センリツという能力者に私が嘘を言ってないか調べさせる辺り、流石だとは思う。
真実だとわかったらしいクラピカは渋々といった感じで「ならば解放しよう」と言った。
「本題に戻る…まずお前は仲間のもとへ戻り、人質交換の旨を伝える。零時までに二人をつれてリンゴーン空港へ来い。仲間は連れてくるな。
どこへ行くかも言うな。わかったな…?」
「交渉成立ね」
パクノダは頷いて、背を向けた。
これから残りのメンバーにも説明しなければならない。
血気盛んな彼らは恐らく納得しないだろう。
だが、どんな拷問を受けようと絶対に口を割らないつもりだった。
(何を犠牲にしようと、必ず助けますから…)
冷たい夜の空気がパクノダの決心を固めた。
***
飛行船から下を見ると、約束通りパクが人質を連れてくるのが見えた。
バカだな…あいつも。
俺のことなんか放っておけばよかったのに…
クロロにはこのあとどうなるかがわかっていた。
鎖野郎の情報について口止めされた彼女だが、俺が戻らなければ確実に他のメンバーに説明を求められる。
蜘蛛には蜘蛛のルールがあり、蜘蛛を生かすためならばあいつらはたとえ仲間でも容赦しないだろう。
パクノダは死ぬことになる。
悲壮な顔つきで空港に立つ彼女を見て、クロロはそう思った。
「待て!誰か他にいるぞ!」
その声で、飛行船の中は騒然となる。
間髪いれず鎖野郎の携帯がなり、クロロは苦々しい顔になった。
「…ヒソカ!何を企んでいる!」
やはりな。
もともとあいつのオーラは俺への敵意に満ちていた。
いや、敵意というよりはむしろ好意的ですらある程に、なにかと執着されていたのだ。
「…っ!いいだろう…ただしゴンとキルアには手を出すな」
招かれざる客をも乗せた飛行船はリンゴーン空港を離れる。
鎖野郎から守るために言った言葉を真に受けてしまったのか、レイは俺と目を合わせようともしない。
これは本格的に嫌われたな、と自嘲の笑みを浮かべたくもなるが、自分の判断は間違っていなかったと思う。
クロロはじっと彼女を見つめていたが、最後までその瞳がかち合うことはなかった。
お別れだ…レイ。
地面がどんどんと近づいてくる。
お前は早くゾルディックに帰れよ。
彼女にはこれから起こる悲劇に出来れば関わってほしくなかった。
「…着いた」
鎖野郎が小さくそう呟く。
いよいよ人質交換が始まるのだ。
**
着陸すると、向かい側にゴンとキルアの姿が見えた。
こうして離れて立っていると、ますます彼らとの精神的な隔たりを感じる。
操られていないか確認がすむと、クラピカの合図で私たちは歩き出した。
無言ですれ違う中間地点。
二人はこちらを見ていたけれど、レイには合わせる顔がなく、下を向いたまま。
視線の先には心配そうなパクノダとにやにや笑ったヒソカさんが待ち構えていた。
「ククク…☆お帰り◆」
レイは思わずヒソカさんを睨み付ける。
もう少しでパクの想いをふいにするとこだったのだから、もっと反省してほしい。
だいたい、この状態のクロロさんと闘わせるつもりなんてなかった。
「おやおや…そんな顔をしないでおくれよ★怒ったキミも素敵だけど◇」
だが、クロロさんは全てを無視して、二人の前を通りすぎていった。
そういえば旅団員との接触は彼の死に繋がる。
けれどもショックを受けたようなパクの顔が見ていてとても辛かった。
「クロロさん!待って!『私に』何か言うことないんですか!?」
私は団員ではない。
だからクロロさんと話しても大丈夫。
皮肉にもそれが役に立つ時が来るなんて…。
クロロさんは立ち止まったが、依然として背を向けたままだった。
「…ありがとう」
彼は沈黙のあと短く呟いた。
レイはにっこりと微笑んでパクを見る。
こんな形でしか彼らは繋がることができない。
けれどもパクはレイに微笑み返し、飛行船に乗り込んだ。
ババババ…とプロペラが回る音がして、ゴン達を乗せた飛行船は飛び立っていく。
私はそこで初めて彼らの姿をしっかりと見た。
窓に張り付くようにしてこちらの様子を伺う5人。
レイが見つめていると、ゴンが手を振ってくれた。
「ゴン…」
私は大きく手を振り返す。
嬉しかった。
まだこんな私でも手を振ってくれるんだね。
キルアもクラピカもレオリオもそして、あのセンリツという人も…皆手を振ってくれた。
涙が出そうになる。
皆…本当にごめんね。
そしてありがとう。
私がまだこんなこと思ってていいのかわからないけれど、貴方達に出逢えて本当に幸せだ。
私はいい仲間を持ったよ。
**
「ずうっと待っていたよ…この時を…さぁ戦ろう☆もうこんなものは要らないね◇」
ヒソカさんがそう言い、背中の団員番号をひらりと剥がした。
なんとあれはただのカムフラージュだったらしい。
レイはさっと護るようにクロロさんの前に出た。
「…団員じゃないなら話せるな」
緊張した雰囲気を破るように、クロロさんはくつくつと笑い出す。
そして彼は自分が念能力を封じられてしまい、もうヒソカと闘うに値しないのだと告げた。
「悪いけど…ボクは面白くもない冗談に付き合うつもりはないよ◇」
だがヒソカさんは信じてはくれない。嬉しそうな表情でトランプを掲げた。
「やめてください!本当なの…本当に使えないのよ…」
「…◇」
「信じてくれないなら、私が代わりに闘います!だからもう止めて」
値踏みするような視線が、レイを絡めとる。
正直怖かった…
だけど引けない。
「…わかったよ☆」
ヒソカさんは黙ってこちらを見つめていたが、しばらくするとプイと背を向けた。
「あーあ、せっかく楽しみにしてたデートだったのに…☆
どうやら本当らしい。
女の子に護られるクロロなんて、冷めちゃうよね…もういいよ◇」
「…よかった」
ホッとするレイをヒソカはじろりと睨む。
普段はそんなことをする人ではないため、一瞬ヒヤリとした。
「たぶん、まだイルミはアジトにいるから◆せいぜいお別れを楽しんでおくれ☆」
だが、睨まれていると感じたのは一瞬だけで、すぐさまニタリと笑ったヒソカさんも飛行船の中に入っていく。
取り残されたレイの身体はくるりと反転させられた。
「あっ…」
目が合い、レイは彼に言われた言葉を思い出す。
そして気まずさからとっさに顔を背けた。
「レイ…俺を見ろ」
「ご、ごめんなさい…」
「別に謝ってもらうほどのことじゃない。何しろ…あれは本心ではないからな」
「…え?」
驚くレイに、やっぱり信じてたのか、とクロロさんは苦笑する。
彼は妖艶なまでの笑みを浮かべた。
「でも…少しは悪いと思っているなら…そうだな…」
ぐいと引き寄せられる身体。
唇に当たる柔らかい感触。
突然のことに驚き固まるレイにクロロさんは口を開けて、と言った。
「…んっ」
言われるがままに口を開くと、温かいものに舌が絡めとられる。
頭の中が真っ白になって、とっさに逃れようとしたレイだったが、後頭部を手で固定され、思うように動けない。
クロロさんは殴られたときに口の中を切ったのか、初めての深い口づけは血の味がした。
「悪かったな…」
ようやく解放されたレイは羞恥と酸欠のせいで顔が真っ赤だ。
クロロさんはそれをさも面白そうに眺めると、「じゃあな」と片手を上げる。
胸一杯に空気を吸い込んで、ようやく落ち着くことのできたレイは、彼に問いかけた。
「これから…どうするんですか?」
「さぁ…とりあえずは予言にあった通り、東へ向かおうと思っている」
「私も連れてってください!」
念を使えない状態の彼を一人にするなんて、そんなこと出来るわけがない。
こうなったのは私のせいでもあるのだし、ちゃんと責任もって彼を守ろうと思った。
「駄目だ」
だが、クロロさんはレイの申し出をぴしゃりと撥ね付けた。
「…どうして?」
「忘れたのか?お前はイルミの所へ戻るんだろ」
「だけど…」
「俺とお前が一緒にいるとわかったら、あいつは間違いなく俺を殺しに来る。普段ならまだしも今は勝ち目がなさそうだ」
「…」
確かに、イルミさんに事情を話しても無理だろう。
今現在だって、実質待たせているようなものだ。
レイは危険性を考え、仕方なく頷いた。
「じゃあ…いつでも連絡ください。私だって、伝言係くらいにはなれますから」
「わかった…頑張れよ」
励まされるべきはクロロさんの方なのに、彼は苦笑してそう言った。
おそらく、イルミさんとの約束について言っているのだろう。
まだ後ろ髪を引かれる思いだったが、レイは飛行船のタラップを上った。
「体に気を付けてくださいね」
「ああ…行ってくれ」
入り口がしまり、飛行船は飛び立つ。
パクもヒソカさんも色々と思うところがあるのか、不気味なほどに無言だった。
さようなら…クロロさん
短い間だったけどありがとう…
どんどん小さくなっていく逆十字の模様を見ながら、レイは蜘蛛で過ごした日々を思い出していた。
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