- ナノ -

■ 30.どうして邪魔をしたの


「どういうことだ?退き上げるってのはよぉ?!」

蜘蛛のアジトでは、ノブナガが声を荒げていた。
もともと不機嫌そうな顔をさらに険しくし、団長に異議を唱える。

「言葉の通りだ、今夜ここを発つ」

すっかりオールバックとコートに姿を変えたクロロさんは顔色ひとつ変えずにそう言った。

「今日でお宝は全部頂ける。それで終わりだ」

セメタリービルでの騒動のあと、旅団は偽の死体を残し、壊滅を装った。
イルミさんの針で操られた十老頭も終戦命令を下したため、世間的にはもうこの件は収束している。
仕事としては、後は隙を見てお宝を貰っていくだけで良かった。

「まだだろ…鎖野郎がまだ残ってる!」

とうとう帰ってこなかったウボォーは、本当に死んでしまったらしい。
クロロさんが新しく手に入れた占いの能力にそう出ていたとか。
レイが喪失感にぼんやりとしている間にも、ノブナガは仇をとろうと息巻いていた。

「鎖野郎を探し出して、八つ裂きにするまでは退かねぇ!」

「ノブナガ…いい加減にしねぇか…団長命令だぞ」

皆、本当の気持ちはノブナガと同じだと思う。
けれども危険といつも隣り合わせに生きてきた彼らは、当初の目的を見失ったりはしない。
いつまでも退かないノブナガをフランクリンがいさめた。

「本当にそりゃ、団長としての命令か?クロロよぉ?」

ノブナガの言葉に、レイは小さく息をのむ。
仕事中に団員がクロロ、と呼び捨てにすることはまずあり得ない。
当の団長はどういった対応にでるのか、皆、静かに返事を待った。

「ノブナガ」

彼の右手にオーラが集まり、赤い本が現れる。

「俺の質問に答えろ」

有無を言わさぬその響きに、ノブナガはごくりと唾を飲んだ。







「詩の形を借りた100%あたる予知能力を持った女から盗んだ。それが今月の週ごとに起こる、お前の運命の予言だ」

手渡された紙を読み上げるノブナガ。
そこには来週5人死ぬという予言が記されていた。

それから「緋の目」というワード。
ドキリ、としたのはレイだけだが、予言に夢中で誰も気づかない。

「暦は俺達、でも緋の目って誰だ?」

「十中八九、鎖野郎のことだろう」

きっぱりと言い切るクロロさんに、レイは衝撃を受ける。
緋の目…クルタ族…クラピカ…
じゃあ鎖野郎っていうのはクラピカで
ウボォーを殺したのもクラピカだということ?

そんなまさか…

すると、レイの内心の動揺を知らないパクノダが声をあげた。

「緋の目…思い出した、目が赤くなる連中ね」

「生き残りがいた、ということか」

パクノダの一言で、皆クルタ族のことを思い出してしまったらしい。
クラピカ…このままでは貴方は…
レイは勇気を振り絞って発言した。

「でも、未来のことなら変えられますよね?このままじゃもっと犠牲が出る…接触しない方がいいのでは…」

「ああ、その通りだ。今日中に本拠地に戻れば、鎖野郎に会うことはまずないだろう。悪い予言を回避するチャンスが与えられているところが、予知能力の最大の利点だ。
俺達がこの地を離れて、鎖野郎と戦いさえしなければ100%この予言は成就しない」

クロロさんがそう言ってくれたことは、非常にありがたい。
頭の命令なら、このままヨークシンを離れることだって容易いだろう。
だが、ノブナガはまだ不満そうな顔をしていた。

「けどよぉ…」

「ノブナガ、お前やウボォーは特攻だ。死ぬのも仕事に含まれる。お前ら、進んで捨て石になることを望んだんじゃなかったのか?」

ノブナガが何か言葉を発する前に、クロロさんは畳み掛けるように問いかける。
その顔はポーカーフェイスだが、恐らく怒っているのだろう。
嫌なオーラが廃墟の中に渦巻く。

「そうだ…」

ノブナガはゆっくり頷いた。

「情報部隊の盾になるのがお前の役目じゃないのか。違うか?
…旅団の立場を忘れて、駄々をこねてるのは俺とお前どっちだ?」

「…」

「何か言うことはあるか?」

「…ねぇよ」

団長としての冷徹なクロロさんに、レイ言葉も出なかった。




その後、残りのメンバーにも占いは行われた。
レイも同様に、自分の予言を確認する。

とまり木の安寧は 亀裂を産み出し

貴女を光から 遠ざける

甘言と苦言の提案が 貴女に持ちかけられ

下した決断が残された時を 縛り付ける



愛憎の鎖が 貴方を引き裂き

闇に落ちた瞳は 約束の枷をはめるだろう

懺悔の炎を消したくば 血の導きに従うがいい

そこに貴女の秘密が見つかるだろうから


レイの予言は二週間分しかなかった。
まさか、私が死ぬっていうの…?
そんなことは想像もしたことがなかった。

けれども、他の団員の予言を見せてもらって、気づいたことがある。
レイのものはいわゆる今週と来週にあたる分が、やけに離されて書かれているのだ。
クロロさんにも見せてみたが、内容的にはレイが死ぬとは思えない、と言われた。

「どんな占いが出たの?見せて」

その声に顔をあげると、パクがヒソカさんと向かい合っていた。
自然と、皆二人に注目する。
嫌な沈黙の後、ヒソカさんは珍しく真面目な顔で

「やめといた方がいい…見たら驚くよ☆」

と言った。

「いいから」パクは動じない。

その顔は真剣だった。


「…ハイハイ◆」

ヒソカさんの予言がパクの手に渡る。
それを読んだパクの顔色が変わった。

「ちょっと皆も見て」

「どけ!」
ノブナガが紙を引ったくるようにしてとると、ヒソカさん自身が読み上げはじめた。


赤目の客が貴方の店を訪れて

貴方に物々交換を持ちかける


客は掟の剣を貴方に差し出し

月達とその宝の秘密を拐っていくだろう


11本足の蜘蛛が懐郷病にかかり

さらに5本の足を失うだろう


借宿から出てはいけない

貴方と貴方の蝶を失いたくないのなら


「それって…」

ヒソカさんとクラピカはずっと繋がっていて、彼が蜘蛛を売った!?
しかもクラピカがヒソカさんを脅していたというの?
しかし、誰よりも行動が早かったのは、かちゃりと剣を抜いたノブナガだった。

「ヒソカ…てめぇが売ったのか…ウボォーをよぉ!」

ヒソカさんは答えずに、トランプで口元を覆う。
その瞳はいつもと違ってやけに真剣で、だからこそ皆の疑惑を強くした。

「イエスととるぜ!」

案の定それ見るなりノブナガは、目にも留まらぬ速さで剣を抜いたかと思うとすぐさま斬りかかろうとした。

「待てよ、話を聞いてからだ」

だが、ノブナガが行動に移すよりも先に、フランクリンが間に入って、止める。
すっかり頭に血が上っているノブナガに対して、他の団員は意外にも冷静だった。

「落ち着きなよ。これは予言なんだから、いくらでも回避できるよ、団長が言ってたろ?」

「ヒソカ、今週何があったか説明しろ」

フランクリンの問いに、ヒソカさんは涼しい顔をして

「言えない◆」と答えた。

「ヤロウ…」

再びノブナガの周りに渦巻く不穏なオーラ。
レイは一触即発の雰囲気を固唾をのんで見守っていた。

「だけど、そこにある一つ目の内容は本当だったと言っておこう◇」

「なぜ言えない?」

「それを言ったら言えない内容を言ったも同然なので…やはり言えない◇
言わないんじゃなくて言えない…ボクがギリギリ言えるのはそこまでだ☆」

ヒソカさんはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「もし、それで納得できないのなら…」

トランプをちらつかせ、いつでも投げられる体勢になる。

「ボクも、ボクを守るため、闘わざるをえないなぁ…◆」


静まり返るアジト。

「ちっ…やめとくぜ」

ノブナガがそう言って、レイは心底ほっとした。
今は仲間割れなんかしている場合ではない。
早く、次の手を考えなければならないのだ。

「てめぇはやりづれぇからなぁ…」

剣を納めたノブナガ。

だが次の瞬間

「…んなワケねぇだろうが!!ボケェェェェェ!!」

大声をあげヒソカさんに突っ込んでいった。

止める間もなく、二人の距離は近づく。
しかし、ノブナガの姿はギリギリでふっ、と消えた。

「え…!」

振り返れば何故かレイの後方にノブナガがいる。
今の今までそこにいたのに…
同じように驚いているノブナガに向かって、クロロさんは低く脅すような声を出した。

「ノブナガ…少し、黙れ」

何が起こったのか、他の団員にもわかっていないらしい。
ただスキルハンターが出ているところを見ると、何らかの念であることは間違いなかった。

「ヒソカ、いくつか質問する。
答えられないものは言えない、でいい」

彼は今度はヒソカさんに向かって話しかけた。

「宝と、拐われた秘密というのはなんのことだ?」

「レイのことと、団員の能力☆」

「相手の能力は?」

「言えない◇」

「相手のなりかたちは?」

「言えない◇」

「お前と相手、そしてレイとの関係は?」

「言、え、な、い◇」

「…以上だ」

ほとんど答えようとしないヒソカさんにノブナガは悔しそうな顔をしたが、クロロさんに言われたため、もう何もしなかった。
全てを聞き終わったクロロさんはあの少ない情報から話をまとめる。

少なくとも鎖野郎は、ウボォーをとらえた能力と他人の言動を縛る能力を持つ。
ヒソカさんが頑なに口を閉ざしているのは、ルールを破れば彼は命を失うことになるからだそうだ。
レイとしても、クラピカのことは黙っていて欲しかった。

「ボクはここに残るよ☆予言の忠告にしたがって借宿は離れない。ボクだって死にたくはないからね◇」

「懐郷病ってのはなんだ?」

「ホームシック…俺達が本拠地に帰ろうとすれば半分死ぬってことだ」

ただ、話はヨークシンにとどまる方向で進んでいる。
クラピカには会いたくないが、これ以上団員を失うのも嫌だ。

「レイ、お前は何か鎖野郎について知ってるのか?」

「えっ…」

「予言によればなぜか鎖野郎は俺達とレイが一緒にいることを知っていて、さらにお前の情報まで引き出そうとしている」

クロロさんが、至極当たり前の質問をしてきた。
そう、そこに気づかない訳がない。

「わ、私は…」

クラピカの…友達…
今さら友達だなんて、虫がいいと言われるかもしれないが、レイにとってクラピカは大事な友達だ。
彼を売ることなんて…できない…

ヒソカさんが意味ありげにこちらを見た。

「わかりません…どうして私のことを知りたがっているのか…」

質問には答えず、正直に別のことを答える。
これがヒソカさんから習った嘘のつき方だ。
クラピカはどうして私まで探しているの?
やっぱり蜘蛛と一緒にいるから同罪なの?

クロロさんは黙って探るようにこちらを見ていた。

「鎖野郎は蜘蛛に恨みがあるんだろ。だから、何かの弾みでレイのことを知って、蜘蛛のメンバーなのか確かめたかったんじゃねぇのか?」

予期せぬ助け船に振り返って見れば、うんうん、と頷くフィンクスの姿。
助かったのか…それとも余計に言い出せなくなってしまったのか…レイは曖昧に首をかしげた。

「襲撃は5年前。ヒソカも参加していなかったからスパイ役に選ばれたのかもね」

シャルが言うと、本当にそうなのかと思えてくる。
けれども胸のうちに芽生えた罪悪感は拭いきれなかった。

「で…団長、どうする?」

退くか、残るか。
全員の視線がクロロさんに注がれる。

彼は少し考えた後、短くこう言った。

「残ろう」



***




「制約と誓約?」

久しぶりに揃った4人は、再会を喜びあうのもほどほどに難しい顔をして話し合っていた。

「つまり…約束事の制約と誓いの誓約ってことか?」

「そうだ」

ノブナガから上手く逃げてきたゴン達は蜘蛛との実力差を思い知り、また、鎖野郎だと思われるクラピカに助言を貰いに来ていた。
そして彼から聞かされた「蜘蛛の主要メンバーの死」。
にわかには信じがたい話だったが、電脳ネットにも確かに彼らの死体がアップされていた。
その中には、ゴン達がアジトであった者もいる。
今ならレイを救えるのではないかと、キルアに希望が沸いた。

「クラピカはもう団員の一人を倒したんでしょ?それをすれば俺達でも蜘蛛を倒せる?」

「いや…お勧めはしない。私は念能力の大半を蜘蛛打倒のために使うことを誓った…そして、そのためのルールも決めた。
もし、蜘蛛でないものを攻撃した場合…」

クラピカの瞳は真剣だった。

「私は命を落とす」

「なっ…」

クラピカが説明するには、彼の心臓には念の刃が刺さっているらしい。
そして彼の強力な念は、蜘蛛以外には使えない。
息を呑む3人にクラピカは、お前たちだから話した…と言った。

「なんで…なんで話したんだ!そんな大切なことを!」

「キルア!」

「確かに…何故だろうな…奴等の頭が死んで…気が抜けたのかもしれない…」

ぽつり、と呟くクラピカに、キルアは焦りの表情を浮かべた。

「まずい…まずいんだ!まだ残ってる!奴等の生き残りに記憶を読む能力者がいる!たとえ俺達が全く喋る気がなくても…そいつなら引き出せるんだ!」

もしも蜘蛛にクラピカの誓約がバレれば、それを逆手に利用され、こちらの勝ち目はなくなるだろう。
キルアはじんわりと嫌な汗をかく。

「前には俺たちも鎖野郎がクラピカとは知らなかった、だけど今は違う!レイだっていつ気づくか…」

「レイ!?」

しまった…と思って口を押さえるが、遅かった。
クラピカの顔色がさっと変わり、身を乗り出してくる。

「キルア!今、レイと…!何故お前まで!」

「ち、違うんだ…待て、落ち着けよ!」

つい、熱くなって口走ってしまったとはいえクラピカに教えるべきではなかった。
キルアが説明できないでいると、ゴンが静かに口を開く。

「…クラピカ、怒らないで聞いてほしいんだけど…」

ゴンは手短に、レイが蜘蛛と一緒にいることを語った。
電話で関わるな、と告げられたこと、そしてアジトで彼女に会ったこと…
全てを聞いたクラピカはそうか…と呟いた。

「まさか…お前たちまで知っていたとはな…」

「まで?」

含みのある言い方に、レオリオが問う。
クラピカはため息をついて3人の顔を見回した。

「…私はヒソカとコンタクトをとっている。実は、彼からレイが蜘蛛にいることは少なからず聞いていたんだ…」

「なんだって!?」

「…奴は私が鎖野郎だと知っている…一応協定は結んでいるが、奴の狙いだった蜘蛛の頭が死んだ今、どんな行動に出るかわからない」

皆、頭にヒソカの事を思い浮かべ、頷いた。
あの男は何を考えているのかわからない。
あっさり蜘蛛にクラピカの正体をバラしてしまう、なんてつまらないことはしないかもしれないが、なにせ向こうにはレイがいるのだ。
彼女の存在をどう利用して揺さぶりをかけてくるか…考えただけでもおそろしい。

どうする?とゴンは尋ねた。

「レイの様子は…どうだったんだ…?別に囚われているという訳ではなかったのか…?」

「うん…だけど、俺達が危なくなったとき、団員と揉めてまで助けようとしてくれたよ」

彼女は望んで蜘蛛にいるのだと言った。
おそらくその言葉に偽りはないのだろう。
けれどもキルアはレイに蜘蛛なんかと一緒にいて欲しくなかった。

「探し出した方がいい。俺達がクラピカの秘密を知ってしまった以上、受け身でいると危険だ。
やるならすぐだ!レイだって助けられるかもしれない!」

「…助ける、か。もし彼女が助けなどいらないと言えば、私はどうすればよいのだろう…」

クラピカが沈痛な面持ちでそう言ったものだから、キルアは思わず言葉を失う。
レイが蜘蛛にいることで最も傷ついているのは彼なのだ。
クラピカは少し考えると、決心したように顔を上げた。

「キルアの言う通り…その能力者は危険だが、奴等の頭が死んだ以上、私は同胞達の目を集めることを優先しようと思う。
レイは…正直、一度話し合ってみないとわからない。自分でも複雑なんだ…裏切られたと思わないわけでもない…」

苦しそうに語るクラピカ。
その時、彼の携帯が着信を知らせた。

「…っ!?」

携帯の画面を見たクラピカは息が止まるかと思った。
死体はフェイク◇

ヒソカからのメッセージが何を意味するのか。
明白なはずなのに、すぐには理解できない。
クラピカは何も言わずに立ち上がった。

「クラピカ?ねぇ、どうしたの?クラピカ!」

「おい、待てったら急に!」

追いかけてくるゴン達に構わず、クラピカは部屋を出てどんどん廊下を歩く。

「ヒソカからか?」

そしてキルアの言葉にようやく足を止めた。

「あぁ…」

「なんて…言ってきたの?」

「…死体は、フェイクだと…」

クラピカの返事にレオリオが驚く。
少し考えればわかったことなのに…具現化系の能力者だ。
今更ながら、気づかなかった自分が腹立たしい。
後悔するクラピカにさらに追い討ちをかけるように電話がなった。

「もしもし、センリツか。どうした?」

「クラピカ、大変よ。コミュニティが旅団の残党狩りを断念したわ」

センリツの話では、蜘蛛のメンバーが流星街出身だと判明し、十老頭が終戦命令を下したらしい。
社会的に存在しないとされている者達の街、流星街。
そこはマフィアンコミュニティと蜜月関係にあるのだから、十老頭の判断は間違っていないのかもしれない。
旅団にかけられていた懸賞金も白紙になったため、これ以上ゴン達も蜘蛛に関わる必要はない。
もともとマフィアの後ろ楯など期待していなかったクラピカは静かに決意を固めた。

こうなったら…私一人でも!!!

「クラピカ、俺達にも何か手伝わせてよ!何でもいい。なんでもやる!」

「…」

ゴンの言葉にクラピカは少し複雑な気分になる。
彼らの気持ちは嬉しいが、危険な目にあわせてしまうだろう。

「…賞金は撤回されたんだぞ?」

ゴン達に少しもメリットがないことを伝える。
しかし、ゴンはまっすぐこちらを見返してきた。

「わかってる。でも奴らを、レイを止めたい気持ちは変わってないよ」

「…命懸けだぞ?」

「だったら、余計手伝わせてよ!俺達、仲間なんだから!」

仲間…
同胞を失って以来、仲間と呼べるものなどいなかった。
この緋色の瞳のせいで、周りは全部敵に見えていた。
彼らに出会えて、本当によかったと思う。

クラピカはゆっくりと頷いた。

「…わかった。打合せしよう」



「ターゲットは赤目の客すなわち、鎖野郎だ」

蜘蛛のアジトでは、いよいよ本格的にクラピカを追う算段が立てられていた。
ウボォー捕らえた鎖、そして掟の剣と呼ばれた能力から、彼が操作系か具現化系の能力者であると推測されている。
ハンター試験で会ったクラピカは念などまだ使えなかった。
きっと私の知らないうちに、蜘蛛打倒のための念を編み出したのだろう。

ずっとクラピカと蜘蛛との衝突を恐れてきていたのに、もう事態はここまで進んでいたなんて…。
今ばかりはクロロさんやシャルの冴えすぎる頭脳が怖かった。

「鎖野郎を殺るって決めた以上、一番大切なのは奴の能力なんかじゃなく、奴がどこにいるかってことじゃねぇのか?」

ノブナガの言葉に皆、顔を見合わせた。

「それじゃあ、予言にしたがって班を決める。来週はこの班を基本に動き、単独行動は絶対に避けること」

クロロさんが命じた班分けで、レイはアジトで待機組になった。
こんな一大事に、アジトでじっとなんかしてられない。
異議を唱えたレイに、クロロさんは「命令だ」と短く突っぱねた。

「忘れるな。お前は蜘蛛ではない」

「…わかってます…けど今更…」

蜘蛛ではないということは仲間ではないということ。
私は結局どこにも属せないままでいる。
同じ、アジトで待機組のヒソカさんが慰めるように頭を撫でてくれた。

「最終確認だ。鎖野郎はノストラードファミリーの新しいボディーガード。他のメンバーの顔写真がサイトに上がっている」

「娘一人にボディーガード7、8人か…親バカなんだな」

「いや、娘自身よりその能力の方が大事なようだ」

クロロさんはその娘、ネオンに会ってすでに能力を盗んでいる。
占いができなくなった彼女は一体家族からどんな扱いを受けるのだろう。
必要とされなくなる恐怖は、痛いほどにわかった。

「でも…なんでこの子ヨークシンに来たのかな?」

「そりゃあ、オークションじゃない?」

シズクとパクの会話にクロロさんの動きが止まる。
不審に思って、団員達は注目した。

「シズク、パクノダ、ナイスだ」

「は?」

「というか…俺はバカだな、くそ、どうかしていた…なぜボスの娘がヨークシンに来たか…そこに俺が気づいていれば、もっと早く鎖野郎にたどり着いていた」

顎に手をやり、半ば独り言のようにぶつぶつ呟く彼に、レイは呆気にとられる。
しかし周りは慣れたもので、シャルがどういうこと?と口をはさんだ。

「この娘がボディーガードつきでヨークシンに来たのは、それはやはりオークションだろう。
占いの能力にばかり気をとられ、重要視していなかったが、サイトの情報ではこの娘には人体収集家としてのもうひとつの顔がある」

「人体…そうか、緋の目か!」

すぐに理解をしたシャルは大声をあげた。
つまり、クラピカがネオンの元でボディーガードをしているのは、今日の地下競売で出品される緋の目のためなのだ。

「競売品の中に緋の目はあったか?」

「あったよ…確かコピーした」

コルトピがそう言い、レイはハッとする。
彼のコピーには円の効果があるのだ。

「わかったよ…同じ形のものはあっちの方向、だいたい5500メートル」

急いで本物の緋の目を触ったあと、ゆっくりと方角を指差した。

「そこに…鎖野郎がいる!」

すでに殺気を放ち始めたノブナガ。
レイはもうダメだ、と思った。
このままではクラピカは殺されてしまう。

裏切るのを許してください…
私はゴン達に危険を伝えなければならない。
敵の場所がわかり、行動を始める蜘蛛。

アジトを出ていくクロロさんたちを見ながら、レイは心のなかで謝っていた。







お願い…出て…
早くしないと…クラピカが…

レイはやっとのことで皆の目を盗み、アジトの外へ出ると携帯を取り出した。
クロロさんたちが行ってしまってから、まあまあ時間が経っている。
もはや猶予は残されていないと言うのに、無情にも電話は繋がらなかった。

こんなときに…!

気持ちは焦るばかりだが他にどうしようもない。
レイは耳をピタリと寄せ、少しの音も聞き逃すまいとしていた。

「…あっ!」

突然後ろから取り上げられた携帯。
ドキリ、として振り返れば、そこにはヒソカさんがいた。

「レイ、単独行動はいけないと言われただろ◇」

彼は私がどこにかけていたのかわかっているはずだ。
それなのに、取り上げた携帯を目の前で潰してしまう。
どうして?と聞くと、キミが辛そうなのを見てられなかったんだよ☆と眉を下げた。

「でも!このままじゃ…!」

確実にクラピカは殺されてしまう。
蜘蛛の人達は皆いい人達だと思っているが、セメタリービルでの惨劇を忘れたわけではない。
加えてウボォーの仇でもある。
絶対に許すことはないだろう。

レイは泣きそうになりながら、電話をかけさせてと頼んだ。

「イルミから聞いたよ◇キミ、ヨークシンでのこの仕事が終われば、ゾルディックに戻るんだってね。
つまり、蜘蛛を裏切ってもちゃんと行く先はあるってことだ☆」

「そんなつもりじゃ…!」

「そうかな◇?思うんだけど、結局キミは人との繋がりを求めていながら、全部自分で切り捨ててるんだよ☆」

いつも飄々としている彼からかけられた辛辣な言葉。
今出来ることを精一杯やれと言ったのは貴方じゃないの。
ヒソカさんのことがわからなくなる。

「ホントにズルいよ、レイは◆」

ただ、彼の目はセメタリービルで会ったときのイルミさんと同じように暗い光を宿らせていた。

「…」

流れる沈黙。
それを破ったのはヒソカさんの声だった。

「…なんてね☆」

「え」

なにが「なんてね」なのかわからない。
どういうこと?と顔をあげると、ヒソカさんはもういつも通りにやにやと笑っていた。

「ちょっと、からかいすぎたかい◆?」

「からかうって…」

「ゴメンね◇」

彼はククク…と笑うと腰を屈め、レイの額に口づけた。

「待ってるって言ったのは、ボクだ☆だけど、つい…ね◆
許しておくれ◇」

見えてこない話に、レイは困惑する。

その時、アジトからフランクリンが顔を出した。

「レイ、ノブナガからお前に電話だ」

なんだろう…と首を傾げるレイ。
降り続いていた雨はだんだんと小雨になってきていた。

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