- ナノ -

■ 28.どうしてここに来たの

レイは一人、蜘蛛のアジトへと向かっていた。

ゴンたちは私の説得にもう耳を貸してくれない。
大事なライセンスカードまで質にいれ、本格的に旅団を追うつもりらしい。

レイは一生懸命走った。
お宝を盗んだのなら、もうこの街にいる必要はない。
賞金首探しが始まったことを伝え、彼らには撤退してもらおう。
そうすればゴンたちにも、クラピカにも会わずに済むのだ。

ドタバタと慌ただしくアジトへと駆け込むと、なにやら皆、深刻そうな顔つきをしている。
レイが思わず話しかけるのを躊躇ったぐらいだ。

「どうした?」

すると、スーツを着た見慣れない人がレイに近寄ってくる。
額を包帯で覆い、可愛らしい顔立ちをしたその人は、少し眉をひそめていた。

「俺はしばらく戻ってくるなと言ったはずだぞ」

「え…?クロロさん?」

普段の髪型と違うため、全く気づかなかった。
彼は思い出したかのように自分で頭に手をやり、苦笑する。

「そうだった、今はOFFだったな」

聞けば、あのオールバックとコートは団長としての格好らしい。
そして潜入する時や普段は、こちらの一般人っぽい雰囲気漂う服装でいるのだ。
髪を下ろし、化粧をとったヒソカさん同様、普通にしている方がかっこよかった。

「あ、そうそう。あのですね、これ!」

いつまでもぼけっと見とれている場合ではない。
レイは地下の競売会場で貰った手配書をクロロさんに渡す。
顔がわれてしまったのだ。
ここは団長としてびしっと撤退命令を出してほしい。

だが、手配書を見たクロロさんはクスクスと笑っただけだった。

「へぇー、こんなものがね。皆、なかなか写真うつりがいいな」

「笑い事じゃないですよ、それぞれ20億の懸賞金がかかってるんですから」

お宝を盗ったなら、早く逃げましょう。
レイがそう主張すると、彼は顎に手をやりふぅむ、と唸った。

「沢山の人間が俺達をねらっていると言うわけか…面倒だな」

「でしょう?だから早く引いた方がいいですよ」

「追ってくる奴等の中から、鎖野郎を特定するのは困難…」

「鎖野郎?」

「ならばこちらから餌を巻き、それでも付いてこれた者のみを疑うか…」

「あの、クロロさん!」

彼はまたいつものように自分の世界に入ってしまう。
レイが注意をこちらに向けようと袖を引っ張ると、少しきょとんとした表情になった。

「あ、あぁ…すまない。お前がいない間に色々と問題があってな…」

「ウボォーが帰ってこないんだ」

それまで黙っていたシャルがぼそりと呟く。
いつもニコニコとしている彼の顔が強ばっていることから、尋常ならざる事態なのだと察した。

「え…」

考えたくはないが恐らく…というのが団員の意見。
だがあの屈強な彼が負けるなど、想像しがたかった。

「しかも競売品はまだ手にいれてないんだ、だから今は引かない」

「今さら競売品なんて!もしもまた誰かが居なくなったら…!」

「その時はその時だ。蜘蛛に弱いものはいらない。生かすべきは個人じゃないんだ」

トップに立つものとして、いつまでも感傷には浸っていられないのかもしれない。
そうわかっていながらも、レイは彼の頬を思い切り打った。


「最低です!」

ぱんっ、と乾いた音が鳴り響く。
頬を押さえたクロロさんは不敵に笑った。

「これから人に会いに行くつもりなんだがな…」

「その顔で行けばいいでしょう」

赤い手形がはっきりと残っていて、叩かれたということが一目瞭然だ。

「それがそういうわけにも」

クロロさんはおどけたように肩を竦めると、突然、レイを抱き寄せて首もとに顔を埋めてくる。
慌てて押し退けようとしたが、びくともしなかった。

「やっ、やめて!何するの!」

「お前が悪い」

そのままそっと、首筋に噛みつかれる。
ちくりと刺すような痛みは、レイにとってなんというほどのことでもない。
だが彼の体温と首筋にかかる吐息がわけもなく怖かった。

「ホントだ…甘いな」

流れた血を舐めとった彼の頬はすっかり元通りになっていた。
レイは思わず噛まれた跡に手をやる。
小さな傷は既に癒え、何事もなかったかのように滑らかな手触りだった。

「でもその様子じゃ、所有印をつけてもすぐに消えるな」

「何言ってるんですか!き、急にこんなことして…」

この行為に何も特別な意味はない。
彼はただ私の血が欲しかっただけ。
わかっているのにレイの体は怒りと羞恥でかあっと熱くなった。
アジトに他の団員もいたからかもしれない。

クロロさんは少しも悪びれる様子もなく、今出はからっているらしいノブナガに電話を掛け、何やら指示する。
そして今度はアジトにいたフィンクスとパクにもノブナガ達を尾行するように指示した。

「じゃあ、俺は行かなきゃならないところがあるんでな。
お前はアジトにいろ、あまり勝手にうろうろするな。危険だ」

「ちょっ…」

彼はそれだけ言うと、戸惑うレイを置いてさっさと出ていってしまった。

お宝はどうでもいいにしても、ウボォーが行方不明ならそう簡単にはヨークシンを離れられない。
レイには他に絶対ゴン達と接触しないですむ方法なんて浮かばなかった。

もう…潮時かも。

いつまでも隠し通せるわけでもないし、やっぱり自分でも辛い。
いっそのこと正直に話して、この件から手を引いてもらおう。
たとえそのことで彼らに嫌われてしまっても、下手に彼らが蜘蛛に関わって、死人がでるよりかはいいに決まってる。

レイは覚悟を決め、表へ出た。
慣れない手つきで教えて貰ったばかりの番号に電話する。
きっと全てを言わなくてもキルアなら察してくれるはずだ。

コール音を祈るような気持ちで聞いていた。

「もしもし…」

「レイか。どうしたんだ?やっぱりお前も参加したくなったの?」

「あのね…キルア、聞いてほしいことがあるの」

声の調子で、こちらの真剣さが伝わったらしい。
電話の向こうのキルアまでも緊張したようだった。

「…な、何だよ?」

「ずっと、黙ってて…ごめんね。
私、泥棒さんたちと一緒にいるって言ってたでしょ…
…実は、ただの泥棒さんじゃないの…」

レイは電話を握りしめ、目を閉じた。

「蜘蛛…なんだ」



**


「…だからね、勝手だけどこの件から手を引いて。もう私にも蜘蛛にも関わらないで」

「は!?何言って…!?あ、おい!」

電話はそこでぶちり、と切られる。
慌ててかけ直すが、繋がらない。
キルアはしばらく呆然と携帯を見つめていたが、すぐにちくしょう!と吐き捨てるように言った。

「レイに何かあったの!?」

心配そうに覗き込んでくるゴンになんと説明していいかわからない。
そもそもキルア自体がまだ混乱していた。

レイが…蜘蛛と一緒にいる?
しかもあの言い方では蜘蛛だと知った上で俺達に黙っていたのだ。

何でなんだよ!
何で…レイは…

蜘蛛はクラピカの…俺らの友達の仇なんだぞ?
どうしてもう関わるななんていうんだよ!?

せっかくゼパイルという男に会い、金策の方はとりあえず落ち着いたのに。
たった今レオリオから旅団員を見つけたという連絡があって、これからだって思ってたのに。

レイは俺たちよりも蜘蛛を取るのかよ…?
クラピカにはなんて言えばいいんだよ?

キルアはようやくぼそぼそとゴンに説明すると、髪の毛をかきむしった。
ゴンの顔は強ばっている。
このまま蜘蛛を追うか、それともレイの言葉に従い、手を引くか。
キルアには決められなかった。

頭も心もぐちゃぐちゃで
レイに裏切られたような気がして
悲しくて、腹が立って、悔しくて、寂しくて…
黙ったままのキルアに、ゴンは短く、「このまま続けよう」と言った。

「…レイは手を引けと言ったぜ?」

「そんなの関係ないよ!俺にはレイが何を考えてそんなことを言ったのかわからない…だから説明してもらおう!
何か事情があるのかもしれないし、第一、今後二度とレイに関わらないなんて嫌だ!」

「ゴン…お前…」

「レイが本気で蜘蛛を選ぶなら俺は止めない!だけど何にも説明なしで、このままさよならだなんて絶対嫌だ!」

意思の強い友人の瞳に、キルアは救われたような気分になる。
確かにゴンの言う通り、レイにも何か事情があるのかもしれない。
とにかくそれがわからない以上は、はいそうですかとは手を引けないのだ。

わかった、と頷いたキルアは気持ちを切り換えるように深呼吸する。

俺だってレイと会えなくなるのは絶対嫌だ。

ならば、うじうじ考えるのはやめよう。
まずはレオリオと合流するのが先だ。


**

ここはヨークシンの街中の、こ洒落たテラス席。
マチとノブナガは一般人のふりをしつつも、辺りを警戒していた。

「なぁ…ウボォーは本当にやられちまったのかね…」

ノブナガは椅子に体を預けながら、ため息と共に呟く。

「恐らくね…それを確かめるためにここにいんだろ」

「ウボォーはそう簡単にはやられやしねぇよ…」

ウボォーと最も仲の良かったノブナガを見ていると、マチも余計に辛い。
けれども下手に期待を持たせるようなことは言えなかった。

「わかってる…でもウボォーは戻ってこなかった。何かあったとみて間違いないよ…」

マチ達の隣のカップルがちらりとこちらを盗み見、足早に立ち去っていく。
何気ないようすをしながら、マチは目線だけを動かし、周りを見た。

「見られてんな…」

「こっちは素人じゃないね…」

「どこかはわからねぇが俺達を意識していやがる」

「鎖野郎かね」

鎖野郎、と言葉を発した瞬間、ノブナガの目付きが険しくなる。
怒りと憎しみの色がありありと浮かんでいて、仲間でもぞくりとするほどだった。

「さぁな、もしそうなら団長の命令通りやるだけだ」

「団長は恐らく、そいつの能力を欲しがってると思うけど」

ウボォーを本当に倒したのなら、そいつは十分蜘蛛に入る資格はある。
もっとも歓迎されるとは思えないし、相手だってそのつもりがないから何も接触してこないのだろうが。
ノブナガが何を言ってるんだ、といわんばかりにマチを睨み付けた。

「マチ、団長はペアで鎖野郎を探しだし、連れてこいとしか言わなかった。そんな時の暗黙のルールは忘れてねぇだろ」

「生死は問わず、手段は好きに」

「そうだろうが。おめぇが勝手に団長の意図を解釈するのは構わねぇが、オレに押し付けんのはやめろ」

「アタシは仮定を話しただけだ。自分の意見を勝手に押し付けてんのは…アンタだろ」

バキッ

テーブルの上の空き缶が音をたてて凹む。
互いに苛立っている今は、何を話しても無駄だ。
ノブナガはウボォーの件に平気そうな顔をしているマチが気に入らなくて、マチは自分ばかりが心配しているように語るノブナガが気に入らなかった。

どちらにしても想うのは仲間。
けれども考え方の違いが、感情の表し方の違いが、二人の邪魔をしていた。

「今ここで決めようぜ。生かして連れてくか、殺して連れてくか…ルールに乗っ取ってな」

「いいだろう」

マチは言いながら、ピン、とコインを空中に弾いた。
綺麗にくるくると回りながら金色の硬貨は落下してくる。

パシッ


「表だ」ノブナガは低く呟く。
「裏」マチはさっと、手をのけた。

「「………」」

「じゃあ結果はこうなったんだ…すぐ狩るよ」

「おう」

二人は立ち上がり、大通りから小道へと入っていく。


「「…」」


だが、黙ったままではさすがに気まずい。
険悪な空気を少しでも緩和しようと、ノブナガは口を開いた。

「…にしても、レイがいないときでよかったよな…」

「アタシらの顔写真、出回ってるからね。一緒にいたら、レイまで危なかったよ」

「団長ってここまで予測してたのかね…」

「さぁね…でも予測してたら、ウボォーは戻ってきてたはずだよ」

せっかく、話題をレイに変えて気まずい雰囲気を打ち消そうとしたのに、結局のところ避けられない。
言ってしまってからマチも気づいたが、一度出た言葉は戻せるはずもなく、知らん顔をするしかなかった。

「…追ってくるね」

ごめん、と言う代わりにそう誤魔化すように呟く。

「大した奴等だ…尻尾を掴ませねぇ完璧な絶だぜ」

ノブナガは眉間にシワを寄せながら、忌々しそうに言った。


そのまま二人はどんどんと人通りの少ない方に進んでいく。
廃墟の前で立ち止まると、さぁ来いと言わんばかりに周りを見た。

「…誘いに乗ってこないね。出てくると思ったんだけど」

「鎖野郎じゃねぇな」

「なんで?」

「こいつらは複数だ、だが鎖野郎はおそらく単独で動いている」

マチは自信たっぷりに言い切るノブナガに、ちらりと冷たい視線を投げる。

「根拠は?」

「奴はノストラードファミリーの一員なわけだろ?にも関わらずウボォーとは一対一で戦ってる。なぜならマフィア側に全く動きがないからな。組が関わっていれば今頃ウボォーは公開処刑されてるはずだ」

「なーんか穴がぼこぼこの理論だけど?」

自分ではなかなか筋の通った話だと思っているだけに、ノブナガはイライラする。
そこまで言うのなら是非意見を聞かせてもらいたいものだ、と息を荒くした。

「じゃあお前はどう思うんだよ?」

「んー、そうだねぇアタシはこの追跡者も鎖野郎と関わりがあると思うけどね」

しらっと、何の根拠もなく答えるマチに少し拍子抜けだ。
ノブナガは長い髪をうっとおしそうにかきあげた。

「勘かよ…」

「勘だ」

二人の間に流れる沈黙。
腕を組んだ状態でマチはそっぽを向いた。

「かぁー!ったくよお、ひらめきだけの人間に理論がどうとか言われたくねぇな!」

「アンタの理論よりましだね」

Pipipipipi…

その時、ノブナガの携帯が鳴った。

「もしもし」


電話をかけてきたのは他でもないフィンクス。
こんなときに…と思ったが、何か大事な連絡かもしれない。
マチも迷惑そうな顔でこちらをみていた。

「よぅ、俺だ。そっちは今どんな様子かと思ってな」

「今つけられてるんだけどよ、襲ってこねぇんだ。位置も掴めねぇし…長引くかもしれない」

「そりゃ、難儀だな。いい情報を教えてやろうか?」

「ああ?いい情報?」


どういうことだと思っていると、フィンクスはまるでこちらの居場所がわかっているかのように、追跡者の位置を丁寧に説明する。

「了解、わかったよ…」

マチを見ると、彼女も頷いた。
携帯を切ると、追跡者の方向へ鋭い殺気を放つ。

それからその4階建ての建物の中へ大きくジャンプした。


中には銀髪の少年とフィンクスが戦っていた。

「よーぅ、フィンクス、なんでお前がここにいる?アジトじゃなかったのか?」

敵に前後を挟まれる形となり、少年の顔つきに焦りが浮かぶ。
ノブナガはそんなことは無視して、目の前のフィンクスに話しかけた。

「敵を騙すにはまず味方から。お前たちが普段通り振る舞えるように、団長からの命令だ」

「かぁー、また団長にしてやられたわけか。道理で絶の達人が多すぎると思ってたんだよなぁ」

二重尾行か…、さすが団長だな。
ノブナガのような単純な性格の強化系には事前に知らされなかったほうが良かった。
団長はいつも個人の能力と性格を完璧に把握した上で、命令を下す。
その頭の鋭さと観察力には、尊敬…というより感服と言った言葉の方が正しかった。

「さて兄ちゃん…いくつか聞きたいことがあるんだが…」

ようやくノブナガは少年をまじまじと見る。
こんな状況でも絶望せずに必死で様子を窺っていることには驚いたが、鎖野郎を追うノブナガにとっては、より怪しく思えるだけだった。

「じゃあまず問1…なぜ俺たちを追ってきた?」

**


キルアは冷や汗をかきながら、懸命に頭を働かせていた。
こういうときはすぐバレる嘘よりも、都合のいい真実だけを語った方がいい。

幸い、短気そうなこの男達は、嘘を見抜くのがあまりうまそうではない。
キルアは出来るだけはっきりとした発音で答えた。

「…マフィアがアンタらに莫大な懸賞金をかけてるんだ。アンタらの居場所を教えただけで大金をくれるっていうサイトもある」

「問2…尾行は誰に習った?」

「尾行ってゆうか絶っていう気配を消す技なんだ、念能力の。俺、プロのハンター目指してるから」

「誰に習った?」

「心源流の師範代だよ」

男達は目配せし合う。
大丈夫だ…俺はなにも嘘は行っていない。
念を覚えたばかりの他愛のない少年を演じるしかないのだ。

「問3…鎖を使う念能力者を知ってるか」

「具現化か操作系の使い手だ」

「お前のその師匠ってのが右手にジャラジャラ鎖を束ねてるんじゃないか?」

男達の目付きが先程よりもぐっと鋭くなる。
思い当たる節のない質問に、さすがのキルアも一瞬きょとんとした。

「知らないね、俺の師匠は強化系だし、それに教えてもらったのは基本の四体行だけだ」

鎖を使う念能力者など全然知らない。
そもそも彼らが何故その鎖の使い手を探しているのかもわからない。
キルアは質問に答えながら、このあとどうやってここを切り抜けるか、懸命に考えていた。

「そうか、知らねぇんじゃ…仕方ねぇ。んじゃ、最後の質問だ」

後ろの男が、頬をぽりぽりとかき、指を真っ直ぐ2本上げる。



「今死ぬか後で死ぬか…どっちがいい?3秒以内に答えろ」



どうする…?
相手の力量がわからないわけはない。

勝ち目のない敵とは戦うな

何度も聞かされた言葉に従うのは癪だが、実際こうするほか道はない。
キルアは隣の部屋にいるであろうゴンを思い、項垂れた。

「ちっ…わかったよ、ついていけばいいんだろ…」


そこからゴンとキルアは車に乗せられ、廃墟へと連れていかれた。
ゴンの方は女の団員がついていたようで、車に乗るなりキルアもまた同じ質問をされる。
肩に腕を回され、「鎖を使う念能力者を知らない?」と聞かれたときは、その距離の近さと馴れ馴れしさに思わず身を固くした。

「まさかこんなガキだとは思わなかったぜ」

「そうね。まぁとにかくアジトへようこそ」

車を降りるように促され、言葉の上では歓迎される。
流石に、いきなりアジトへと連れてこられるとは思っていなかった。
やはりこのまま殺されるのだろうか…キルアの背中を嫌な汗が流れる。
ゴンも緊張しているようで、なんだかうごきがぎこちない。

開かれたドアの向こうには、合計8名の男女。
入ってすぐヒソカと目があったキルアは、内心、驚きながらも互いに知らぬふりを決め込むことにした。

あいつはゴンを気に入ってるからもしかしたら助けてくれるかもしれない。

「あ!!」

ゴンの声が突然大声を上げる。
つられて見てみれば、その視線の先にはレイの姿。
団員達はゴンとレイを見比べ、怪訝そうな顔をした。

「なんだ?レイ、おめぇの知り合いか?」

「ええ…ハンター試験の時に一緒だったんです。この前一緒に居てた友達…」

「なんだよ、それ。俺たち殺すとこだったぜ。ま、友達でも鎖野郎と関係があれば話は別だがな」

「そんな…冗談キツい」

親しそうに話す男とレイ。
レイの表情は強ばっていたけれど、やはり彼女は蜘蛛のメンバーと関わりがあるらしい。
彼女は不安そうにこちらをちらりと見、その目はどうして来たのだと伝えてきていた。

「あ、本当だな。そのガキ、確かにレイといるところを見たぜ。
ほら、シズクが腕相撲やってたじゃないか」

「なんだっけ?それ」

メガネの女は首を傾げたが、確かに彼女は腕相撲に挑戦していた。
特にしらを切るメリットもないだろうから、本気で忘れているのかもしれない。

「お前一昨日あのツンツン頭のガキと勝負して負けただろ」

「無理ね、シズクは一度忘れたこと思い出さない」

「うそだよ!いくら私でも子供には負けないよ!」

他の団員にも言われる始末だ。
やけにほのぼのとした光景が冷酷非道な旅団のイメージとは合わず、キルアは戸惑う。
彼らはお構いなしに会話を続けていた。

「いやーその時お前、右手でやったから」

「なんで?私左利きだよ」

「いや、いい…俺の勘違いだった」

とうとう言い出した男の方が折れ、メガネの女はでしょ、と頷いた。
しかし周りの団員は信じているようで、尾行を続けていた長髪の男が嬉しそうに笑う。

「へぇ、お前シズクに勝ったのか」

長い髪を頭の上に束ねると、まるでジャポンの侍だ。
男はノブナガ、と名乗り、何故かゴンに勝負を挑んできた。

当然、この状況では断れない。
キルアははらはらしながらも見守ることしかできなかった。


ガンッ、ガンッ…


強化系のゴン相手にしていても、旅団はやはりというべきか、格が違う。
何度もゴンの手は机に叩きつけられ、レイが短く悲鳴を上げた。

「やめて!その子達は関係ないの!」

「どうかね…まだ俺は納得してねぇんだ。いくらレイの頼みでも引けねぇな。
…ボウズ、お前だってまだやれんだろ?」

ノブナガはそう言い、再び肘を机の上に置く。
ゴンはきっ、とにらみ返すとその手をとった。


ガンッ、ガンッ

再び叩きつけられるゴンの手。
血がにじみ、キルアも見ていられなくなる。
何度めかわからない勝負の途中で、男ははぁ…とため息をついた。

「なァ、俺は旅団の中で、腕相撲何番目に強いかね…」

「7、8番ってとこじゃねぇか?」

「弱くもないけど強くもないよね」

勝負中に振り返ったノブナガに、周りの団員は答える。
こいつで7、8番…。やはり、自力だけで脱出は難しいのか。
ノブナガはまたゴンの手を取ると、腕相撲を始める。

「でよぅ、一番強かったのが、ウボォーギンって男だったんだが…こいつが鎖野郎に殺られたらしくてなぁ…」

「だからそんな奴知らないっていってんだろ!」

キルアはとうとう我慢できなくなって声をあげた。
ゴンの手が心配だ。
だが、ノブナガはキルアよりも大きな声で

「オイ、ガキ!!次に許可なく喋ったら…ぶったぎる!!」

と怒鳴った。

「もう、やめてよ!!」

レイが泣きそうな顔をしている。
ホントにレイは蜘蛛の仲間なのか?
だったらなんでそんな顔してるんだよ?

気圧されたキルアは大きく目を見開いて口をつぐむ。
とにかく今あいつを怒らせたら、一番危ないのはゴンなのだ。

「奴は強化系でな…竹を割ったようなガチンコ好きの単細胞だ。
その反面時間にはうるさくてよぉ…よく遅刻が原因で俺やフランクリンとケンカになったが…俺はその殴りあいじゃボコられっぱなしだった。
…蜘蛛設立以前からの付き合いだ…俺が誰よりもあいつのことを知ってる」

ノブナガはそこで急に涙声になった。

「あいつが…あいつが闘って負けるわけがねぇ!!汚ねぇ罠にかけられたに決まってる!!絶対に許さねぇ!!鎖野郎は俺達に恨みをもってる…最近ノストラードファミリーに雇われたやつだ!!」

涙を流しはじめた男にも驚いたが、それよりも鎖野郎とノストラードファミリー…。
蜘蛛に恨みをもつ人間などたくさんいるだろうが、なおかつノストラードファミリーに最近入ったとなればだいぶ限られてくる。
そして、キルアにはどう考えても一人しか思い当たらなかった。

ゴンはまだ…気づいていない。
レイはどこのマフィアの護衛をしているかまでは知らないはずだ。
だが、キルアは鎖野郎の正体に気づいてしまったことを顔に出すほど単純ではなかった。

「…直接知らなくても噂で聞いたりとかしてねぇか!よく思い出せ…!心当たりがあったら…全部隠さずに今喋れ!!」


ゴォォォォ…


突然、ゴンのオーラが膨れ上がる。
その場にいた全員が驚き、そして固まった。

「知らないね。たとえ知ってたって、お前らなんかに教えるもんか!!」

「あ!?」

ノブナガが一拍遅れて怒りを表す。
だが、ゴンも本気で怒っているようで全く引かない。

「仲間のために泣けるんだね…血も涙もない連中かと思ってた…」

凄まじいまでの怒気を含んだ声に、皆水をうったようにしん、となる。
ゴンの瞳はギラギラと輝いていた。

「だったらなんで…その気持ちを…ほんの少し、ほんの少しでいいから、お前らが殺した人たちに…なんで分けてやれなかったんだ!!!」


バアァン!!


ゴンはその言葉と共に、ノブナガの手を思い切り机に叩きつけた。

「お前、調子乗りすぎね」

すかさず小柄な黒装束の男がゴンの腕をねじあげる。

「ゴン!!」

だが、咄嗟に駆け寄ろうとキルアの首にトランプが当てられ、薄く首の皮を裂いた。

「動くと…切る◇」

くっ…ヒソカ、お前…。

ヒソカに頼ろうとしたのが間違いだった。
所詮こいつは仲間ではないのだから、自分の都合でしか動かない。
トランプの切れ味はただの脅しでないことを物語っていた。

「フェイタン!!やめて!」

「レイ…少し黙るね」

フェイタンはじろりとレイを睨むと、再びゴンに質問する。

「もう一度聞く…鎖野郎知らないか?」

「言っただろ!お前らに教えることなんて何もない!!」

ゴンの返事に、フェイタンの顔つきが険しくなる。
やばい、と思ったキルアの耳に、レイの怒った声が響いた。

「それ以上やるなら…私が許しませんよ」

「ハ、許さない?お前、ワタシと闘う言うか?」

「たとえ貴方でも、それ以上やるっていうのなら」

レイは本気だ。
フェイタンもゴンから手を離し、威嚇する。

しかし、今にも一触即発、という雰囲気を破ったのは、先程のメガネの女の言葉だった。

「団員どうしのマジギレご法度だよ。もめたらコインで決めなきゃ」

「何言てるか、こいつ団員違うね」

フェイタンは小馬鹿にしたように鼻で笑ったが、その目は真剣だ。

団員じゃない…?
やっぱりレイは蜘蛛の仲間ではないのか?

キルアは混乱したが、今はそれどころではない。
結局、睨み合う二人を止めたのは意外なことにノブナガだった。

「やめとけよ、フェイ。団長に殺されるぜ?」

「お前こそ、先にワタシに殺されたいか?」

「ちげーよ。だいたいお前ではレイを殺せねぇだろ」

それもそうだ。レイは他人には殺されない。
周りの団員達も何も言わなかったが、ここで戦闘が起こるのは避けたいらしいかった。

「それによぉ、俺もこいつらが気に入っちまった」

「は?」

「だからフェイ、こいつらをどうするか、俺とコインで決めねぇか?」

ノブナガは勝手にそう言うと、マチ、と女の団員に声をかけた。
動揺するレイに構わず、コインが空中高く弾かれる。

「裏」「表」

手をのけたマチはさらりとノブナガの勝ちだね、と言った。


「ちっ…」
フェイタンは忌々しそうにゴンから離れる。
ヒソカも意味ありげにキルアを見ると、そっと離れた。

「な…!?なんで勝手にコインで決めてるんですか!!」

「あ?別に良いじゃねぇか。勝ったんだし」

「それは結果論でしょう!!」

レイはそれだけ叫ぶと、へなへなと地面に座り込んだ。
本当に勇気を振り絞ったらしい。

ホッとしているキルア達を見て、メガネの女が口を開いた。

「で、どうするの、この二人」

「知らねぇんなら解放してやればいいさ。どうだった、パクノダ?」

巨体の男がそう言い、仲間に問う。
先程、車内で肩を回してきたパクノダという女は、こともなげに「この子達に鎖野郎の記憶はないわ」と言い切った。

「珍しく外れたな…お前の勘」

「おかしいねえ…まぁ、パクノダが言うなら間違いないんだろうけどさ」

今までのはなんだったんだ、と聞きたくなるくらい、パクノダの言葉を皆素直に信じる。
とにかく訳がわからないが、これでひとまず帰れそうだ。

キルアはちらりとレイを見た。

「じゃあ、もう早く解放してあげてください」

「確かに、ここにおいといても邪魔だしな」

「よかたな。お家帰れるよ」

フェイタンは嫌みたっぷりにそう言ったが、もう邪魔をする気はないらしい。
キルアは怪我をしたゴンを庇うように、歩き出そうとした。

「待てよ。お前らは帰さねぇ!」

「は?何言ってんだい?」

引き留めたのはノブナガ。
どういうことだ、とキルアは思わず怪訝そうな顔になる。
だが、ノブナガはにこにこしながら

「ボウズ、蜘蛛に入れよ!」と言った。

「やだ!!」

もちろんゴンは即答する。
そりゃそうだ、あんなことされて、どこからそんな話になるのだ。
他の団員も、皆呆れ顔でこちらを見ていた。

「なんでだよ?俺と組もうぜ!」

「嫌だ!お前らの仲間になるくらいなら死んだ方がましだ!!」

ゴンの言葉に何がおかしいのか、ノブナガは爆笑する。
腹を抱えながら、「お前、強化系だろ」と言った。

「だったら、何だ!」

「おい、こいつらここに置いとくぜ。入団を推薦する」

「ほ、本気で言ってるの?」

レイは目を丸くして、それから困ったように眉を寄せた。
内心、キルアも厄介なことになったと悪態をつく。

「まぁ良いけど、そいつらが逃げても私は知らないよ」

「見張りはおめぇ一人でやれよ」

他の団員に止める気配はない。
おおかたどうでもいいと思っているのだろう。
嫌がるゴンとは対照的に、ノブナガは上機嫌だった。

「いいじゃねぇか。お前ら、レイと友達なんだろ。入れよ、蜘蛛に」

「離せ!それとこれとは話が別だ!」

ゴンが暴れても、半分遊ばれているようなものだ。
キルアは別室につれていかれる際、もう一度だけレイを見た。


レイは俺たちを助けようと団員にケンカを売ってくれた。
しかも正式な蜘蛛のメンバーではない。

だったらお前はなんなんだよ…
変わらずに俺たちの友達なのか?

キルアの問いかけは虚しくも言葉にならない。
けれども、蜘蛛にいても変わらない彼女を目の当たりにして、少しだけ心が救われた。

レイ…お前は関わるなって言ったけど、俺もゴンも絶対に諦めないぜ?
だって俺たちは仲間じゃないか

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