- ナノ -

■ 27.どうして震えているの



「幻影旅団…」

まさかこんなに簡単に見つけられるとは思ってもみなかった。
いや本来なら、想定しておくべきことだったのかもしれない。
オークションにはそれこそ貴重な品物が世界中から集まるし、ヒソカだってそれとなく仄めかしていた。

けれどもまさかこうもすぐに、団員の一人を捕まえることができるとは…。
荒れ狂う怒りの感情と未だに混乱する気持ちを懸命に抑えながら、クラピカは約束の場所に到着した。

「やあ、早かったね◇」

出来ればこんなやつとは関わりたくはない。
メリーゴーランドに腰かけるピエロを見て、クラピカは警戒した眼差しを向けた。

「安心しなよ…今キミと戦る気はないから☆」

ククク…と不気味に笑うヒソカはやはり油断できない相手だ。
強ばった表情のまま、クラピカは威圧するように厳しい声を出す。

「無駄話はしたくない。早速お前たちのことを聞かせてもらおう」

「そうかい◇?それじゃあ…」

ヒソカは最初、調べればわかることばかりを挙げていった。
構成するメンバーの数。蜘蛛のタトゥー。
主に盗みと殺し、希に慈善活動もすること。

そんなことを聞きたい訳じゃない、とクラピカは苛立ったが、わざと焦らしているのがわかったので我慢する。
案の定、ヒソカはこちらの表情を楽しんでいるようだった。

「ボクも2、3年前に4番の男と交代で入った◆目的は団長と戦うことなんだが、なかなかガードが固くてね…」

いかにも戦闘狂らしい理由。
嘘つきなこいつのことだが、おそらくそれは本当だろう。
ヒソカが3年も様子を伺っている相手を本当に自分が倒せるのか。
クラピカは視線だけで続きを促す。

「そこで…お互いへの結論なんだが、一人では目的達成が困難だとは思わないかい◇?」

「何が言いたい?」

「団員の能力を教えようか?ボクが知ってるのは7人だけどね☆」

「…」

「ボクと組まないか◆?」

押し黙ったクラピカにヒソカが問いかけたとき、クラピカの携帯が着信を知らせた。
ヒソカを見ると肩をすくめている。

電話にでたクラピカはセンリツからの話に血相を変えた。
もとから長居するつもりなどなかったが、すぐに帰らねばならない。
どうしても確認しておきたいことを尋ねるため、クラピカは目の前の男に視線を戻した。

「一つ聞く…緋の目の行方を知っているか?」

「残念ながらボクが入る前のことだ☆団長は獲物をひとしきり愛でると全て売り払う◇緋の目も例外ではないはずだ。
それ以上のことは知らない☆
…一つ言えることは、頭を潰さない限り蜘蛛は動き続ける◆」

ヒソカはこちらの気持ちを見透かしたように、提案を付け加える。
情報交換を基本としたギブアンドテイクの関係。
互いの条件が合わなければ無理強いすることもない。

なかなかにいい提案だが、どうも相手がヒソカであるだけに素直に頷くのは躊躇われる。
迷っているクラピカにヒソカはニヤリと笑い、さらに畳み掛けた。

「それと、ボクと組めばレイのことも教えてあげられるかもしれない☆」

「なに?!貴様、レイがどこにいるか知っているのか!?」

蜘蛛の話の後に、レイの行方。
嫌な予感がする。
ヒソカはまた笑っただけだった。

「返答は?」

「…明日また、同じ時間に」

クラピカはギリギリ冷静さを保つと、くるりと背を向け走り出した。
ずっと気にかけていた彼女のことを聞いて、決心が固まる。

レイ…まさか、お前は囚われているのか?
もしそうなら…

クラピカはきっ、と唇を噛みしめた。


****


「さぁ!是非とも挑戦してくれよ!この少年に腕相撲で勝つだけで、なんとダイヤをGETできるぜ!」

次の日もゴン達は同じ場所で同じ条件競売を行っていた。
ただひとつ、昨日と違うのは明らかに挑戦者が激減しているいうこと。
ゴンの異常なまでの強さは、尾ひれまでついて噂になっていたのだ。

「なんだよ、子供じゃねぇか」

「バッカ、やめとけよ。あいつら昨日500人抜きだったらしいぜ」

「腕を折られた奴が20人以上いるそうだ」

「ゴリラに育てられた猿人間だとよ」

その大半は根も葉もない噂ばかり。
それでも客をためらわせるのには十分なようだ。
だが、これでは儲からなくて困る、と焦る一方、レイの頭の中には他に気がかりなことがあった。

−友達と一緒にいるのか。
そうか、都合がいい。しばらく、こちらに戻ってくるな。

昨日の夜、クロロさんからかかってきた電話。
キルアは初めから「泥棒」の彼らを快く思っていなかったため、喜んで一緒に泊めてくれた。

だが、レイにとっては暗に「仕事の邪魔」だと言われているようなものだ。
当然、仲間はずれみたいで面白くないし、ちょっぴり悲しい。
別に一緒になって「盗み」を行いたいわけではなかったが、なにも「戻ってくるな」とまでは言わなくてもいいだろうに。

途絶えた客足を見ながら、レイはふぅ、とため息をついた。

「心配すんなって、これも計算のうちだ」

勘違いをしたレオリオが任せとけ、と胸を叩く。


「どけ」

ふいに、人混みの中からそう声が上がった。
見れば体格のいい、明らかに堅気ではなさそうな男。
念能力者だとは思えなかったが、なぜかレオリオがゴンに交代を申し出る。

「オイオイ、ニーちゃん、ごねる気はねぇが、そいつはちょっと条件違反じゃねぇのか」

「わかってる。500万プラス、ダイヤ。俺に勝てばそいつはあんたのもんだ」

男はその条件にいいぜ、と頷き、レオリオと手を組む。

「よし、じゃあスタートの合図を頼むぜ!」

「OK!じゃあいくよ。
レディー……ゴー!」

ゴンの合図と同時に、男の手がテーブルに叩きつけられる。
勝負はもう決まってしまったようだ。
男は赤く腫れ上がった手を胸に抱き、悶絶している。

「あーあ、商売上がったりだよ、今日はもう店じまいすっか」

レイはもやもや悩んでいたのも忘れ、ポカンとした表情でひらひらと手を振るレオリオを見る。

「レオリオって、強かったんだね…」

だが、そう感心したのはレイだけではなかったようだ。

「ニーちゃん、あんた強ぇな。気に入ったぜ」

「そりゃありがたいが…後ろの3人はもっと強いぜ?」

「へえー、あんな子供がね…」

負けた男はまだ腕を押さえながらも、何やら一枚のメモを渡す。

「今日暇だったら、5時までにここに来な」

書かれていたのは、どこかの場所が描かれた地図。
レオリオはそれを見てにっ、と笑った。

「かかった魚は、でけぇかな?」


レオリオいわく、今まで私たちがやっていた腕相撲は、地中のもぐらをおびき寄せるための餌巻きだったらしい。
元々条件競売は非合法から生まれたもの。
今でも闇にひそんで競っているやつなどごまんといる。

ちょっぴり緊張しながら地図に書かれた場所へ向かうと、いかにも怪しげなエレベーターが地下へと続いていた。

「よぅし、がっぽり行くぞ!」

中に入ってみれば、大きな特設リングと、一目で一般人ではないとわかる人たち。
みな殺気だち、食い入るように試合の様子を見ている。
つまり、戦闘の勝ち負けを予想し、お金かけるものらしかった。

「よし、じゃあお前ら頼んだぞ!俺はお前らにかけるからな!」

「任せとけよ、こんなんラクショーだぜ」

ゴンとキルアが勢い込んで、リングの傍へ行こうとしたその時、
突然、周りの電気がぱっ、と消え、リング上の人物のみにライトが当てられた。

「さぁ皆様、よくいらっしゃいましたー!これから条件競売を始めます」

いきなりの変更に、ざわざわと沸く会場。
レオリオが怪訝そうな顔をした。

「今回の条件競売はァ、かくれんぼ!そこに写った7名の男女がターゲットでございます!!」

司会者の言葉と共に会場内に配られる紙。
それを見たレイは、自分でも血の気が引くのがわかった。

「落札条件はターゲットを我々に引き渡すこと!そうすれば一名につき20億ジェニーの小切手と交換させていただきます!!期限はありません!ターゲットの生死も問いません!捕らえ次第、下記の番号まで!!!」

尋常でない報酬に、会場は熱気に包まれる。
レイは写真のメンバーを見つめ、小さく震えていた。

「すげぇじゃねぇか!!これなら、全部捕まえりゃ、140億だぞ!!」

レオリオは楽観的にそう言い、急いで探しにいこうと促す。
同じ考えの人は多いようで、一度にたくさんの人が会場から飛び出していき、仲間と連絡を取り合っていた。

「俺らもこうしちゃいられねぇ!早く行くぞ!」

「慌てなくてもあんな連中には捕まえらんないよ。なにしろ、ヤーサンですら手を焼いてんだから」

「どういうことだ?」

頭の上に疑問符を、浮かべるゴンとレオリオにキルアは説明する。
彼の目はいたって真剣だった。

「さっきのさ、条件競売っていいながらまるきし賞金首探しだったろ?マフィアが自分達で捕まえられないって認めてるようなもんだよ」

「そういや、やたら急だったしな」

「じゃあ…予定を変更してまであいつらを捕まえる必要ができたってこと?」

「そ。どんなに金と時間を使っても…ね。」

一応500万ジェニーの参加料をとり、競売の体裁を保ってはいるが、それなら競売品が小切手と言うのは変な話だ。
つまり、何者かが地下の競売品を盗み、マフィア側が競売を装って犯人の首に賞金をかけたということになる。

ゴンはシズクの写真を見て、この人腕相撲に来てたよ!!と言った。

「このお姉さん、犯人だったんだね」

「犯人っていっても、こいつらただの犯人じゃないぜ」

キルアの言葉に、レイはどきり、とした。

「マフィアのお宝盗むなんて、こいつら頭イカれてるだろ?
…でも俺たちはそんなやつらに心当たりがある」

「「…幻影旅団」」

ゴンとレオリオの顔つきが変わった。
考えてみれば、こんな大それたことをしでかしておきながら、未だに捕まらずのうのうとしている連中など他に思い当たらない。
全員の頭の中に、ヨークシンにはいるが連絡の取れないクラピカのことが浮かんだ。

「あいつ、一体何の仕事してるって?」

「ボディーガードって言ってたけどそれ以上はなにも」

「おそらくVIPの護衛か。緋の目を追ってるんだから当然闇の要人だよな」

闇の要人…ならばこのオークションの一件に関わっていてもおかしくはない。
彼の性格上、旅団が絡めば自ら積極的に介入するだろうし、もしかすると既に接触済みかもしれない。

レイは事態がいよいよ差し迫った所にまで来ていると気付き、青ざめる。

「おい、レイ?大丈夫か?なんか顔色悪いぞ?」

キルアと目が合い、心配そうに問いかけられる。
答えることのできない私はぶんぶんと首をふった。

「大丈夫…だけど、やっぱり関わるのやめよう?危険すぎるよ…」

「確かに…な、親父がさ、前に仕事で旅団の一人殺ってるんだ…」

「何!?」

「その時、珍しくぼやいてたんだ。『割に合わない仕事だった』って…」

キルアの言わんとしていることはわかった。
あのシルバさんにそこまで言わしめた幻影旅団。
悪いがゴン達に勝ち目があるようには思えない。
クラピカは避けられないにしても、せめてゴンたちだけは蜘蛛に関わってほしくなかった。

「…お金を稼ぐ方法ならきっと他にもあるよ!
だから、やめよう?ね?」

「でもたぶん、これが一番手っ取り早いんだ。もしかしたらクラピカの役にも立てるかもしれないし」

「でも!」

危険すぎる、とレイは再度説得を試みた。
とりあえずゴンの気持ちが変わらないことには、他の二人もやめてはくれないだろう。

だが、ハンター試験の時に思い知らされたように、ゴンはとても強情だった。

「危険なのはわかってるよ。だから俺もレイにはここで降りてもらってもいいと思ってるんだ」

「えっ」

「そうだよな、むしろよく付き合ってくれたほうだし、これ以上巻き込むのは…」

「ちょっと、待ってよ!」

私が言いたいのはそんなことじゃない。
なにも怖じ気づいてやめようっていってるわけじゃないの。
むしろ、危険なのはゴン達のほう。

レイは最後の頼みとばかりにキルアを仰いだ。

「…ホントは旅団には手を出すなっていわれてたんだけど、俺はゴンがやるってんならやるよ」

「キルア…」

彼は私を慰めるように微笑むと、危険だからレイは無理すんな、と言った。

また仲間外れなの?
私は誰の役にも立てない?

呆然とするレイの隣で、ゴンはクラピカに電話をかけ始めた。


***


いつ
いかなるときも
心健やかに

すべての同胞と
喜びを分かち合い
悲しみを分け合い

このクルタのために
永遠に讃えよ

この赤き瞳の証と共に



クラピカはゆっくりと閉じていた目を開け、こちらを睨んでくる男を見据える。
団員No.11。旅団の中で最も肉体派のこの男で、完成した鎖を真っ先に試せるのは運がいい。
男は飲んでいたビールの缶を握りつぶすと、口開いた。

「一つ聞きたい…お前は、並みの使い手なんてもんじゃねぇ。
その鎖に込められた念…お前の念には何か特別な意思を感じる。なにもんだ?」

紙屑のように小さく丸めた空き缶をこちらに飛ばしてくる。
クラピカは鎖でなんなくそれを弾いた。

「その質問に答えるには」動きやすいように上に羽織っている服を脱ぐ。

「聞かねばならないことがある」

殺した者達のことを
覚えているか?

クラピカは相手を睨み付けるようにして返事を待った。

「少しはな」男は淡々と答える。

「印象に残った相手なら忘れねぇと思うぜ?ま、程度によりけりかな…。
つまるところ、復讐か?誰の弔い合戦だ?」

「クルタ族…」

ゆっくりと噛み締めるようにして言葉を吐き出す。
男の顔を見ているだけで、怒りが腹の底から沸き上がってくるようだ。

だがクラピカの想いも虚しく、男は知らねぇな…と呟いた。

「緋の目を持つ、ルクソ地方の少数民族だ。5年ほど前にお前達に襲われた」

「緋の目?なんだそれ?お宝の名前か?
…悪いが、記憶にはねぇな。
だが、5年前なら間違いなく俺も参加してるはずだ。
覚えていないだけだと思うぜ?」

男の言葉にクラピカは目の前が真っ赤になるように感じた。
忘れたなど、そんなことが許されてなるものか。
お前達がどんなに残虐なことをしたか。
どれほど多くの同胞が殺されたか。
クラピカはわずかに残った理性で、狂おしいほどの疑問をぶつける。

「およそ関わりのない人間を殺すとき、お前は…お前は一体何を考え、何を感じているんだ」


別に

何も


男の唇がそう動いた。
音など聞こえてこない。
クラピカの怒りは、静かに頂点に達した。

こんなやつら!

こんなやつら!

こんなやつらなど!!

「クズめ!死で償え」

クラピカの言葉を皮切りに、両者は戦闘体勢に入った。



見かけによらない素早さで、男はこちらに攻撃を仕掛けてきた。
先手必勝、とでも思ったのか、勢いよくこちらに突っ込んでくる。

クラピカは打撃を左手で受けとめ、後方に大きく吹き飛ばされた。
が、空中で体を捻り、鎖を投げつける。
男は間一髪それをかわしたが、鎖は硬い岩盤をえぐり、砂煙をあげた。

パンチが決まり、勝ち誇ったように口角を上げる男。
だが、クラピカが無傷で現れると、さすがにその顔色を変えた。

「一つ聞く。
今のパンチ、まさか全力か?」

さらにそれを挑発するように、クラピカが真顔で問いかければ、単純にも額に青筋を浮かべた。

「安心しなぁぁぁぁ!二割程度だぁぁぁぁ!!」

雄叫びと共に、オーラの量がはねあがる。
半分程度の力でいくと豪語した男の攻撃をひらりひらりとかわし、クラピカは次々に攻撃を入れていった。

「すばしっこさには自信があるようだな、だがな」
「今の隙に鎖で俺を捕らえなかったことを後悔するぜ…か。
下らん負け惜しみはやめて、全力で来い。
時間の無駄だ!」

この程度の奴に同胞が殺されたなどと思いたくはない。
敵より強くならねばと思う一方、敵が弱ければそれはそれで許せなかった。
怒りから、男の目付きがさらに鋭くなる。

「…やってやるぜ、全開だぁぁぁぁ!!!」

男はかなりのスピードでクラピカに向かって突っ込んでくる。
避けるには避けれたが、絶え間なく仕掛けられる攻撃にクラピカは自然と追い詰められる。

かわして後方に下がれば、背中に当たる岩壁の感触。
ハッとして目の前を見れば、男がもうすぐそこまで迫っていた。

「オラァァァァァ!!」

ドォォォォン、と盛大な音を立て、岩は崩れ去る。

砂煙がもうもうと立ち込め、視界が悪い。
男の気配が消えたのを感じとり、クラピカは警戒する。
男は隠を使ったようだ。

不意に、視界の端で空気が動く。
とっさにクラピカは構え、男の攻撃を左腕で受けとめたが、みしみしと嫌な音を立てて腕はぐにゃりと曲がる。

衝撃に耐えきれず、クラピカは地面に転がった。


「今度こそ砕いたぜ!!本気を出した俺のビッグバンインパクトを生身で止められるやつなどいねぇ!」

男は横たわるクラピカに向かって、勝負が決まったとでも言うように話し出す。
完全に油断しているらしかった。

「だが、誉めておくぜ。確実に背骨がぶち折れるはずだったはずの攻撃だった。…お前のあの反応の早さ。
おそらく、土煙の微妙な変化を目の端でとらえたな」

「…私もお前を見くびっていたようだ」

片腕でゆっくり体を起こすと、驚いた顔の男が目に入る。
構わず、クラピカは汚れた着衣を手で払った。

「お前のようなタイプが戦いの最中に冷静に隠を駆使した戦術をたてて、実践してこようとは…」

右腕をまっすぐ前に伸ばす。

「だが、隠を使えるのは私も同じ」

ジャラリ…

と音がして、男の体に巻き付いていた鎖が姿を現した。

「なっ…!?」

「この鎖は念能力でオーラを具現化したもの。従って隠で見えなくすることも可能」

「お前が普段も鎖を具現化してたのは、本物の鎖に見せかけるためっ…!?」

作戦通りだ。
実在する鎖を操る操作系能力者を装えば、敵は見える鎖にのみ注意を払う。
もう身動きすることのできない男を冷たい目で見つめながら、クラピカは小さく「捕獲完了…」と呟いた。



パンチの後の体勢のまま、男はがんじがらめにされている。
その表情に理解できない、といった感情がありありと浮かんでいた。

「解せないという面持ちだな。黄泉の手向けに教えてやろう」

クラピカは片目のコンタクトをとる。
緋色に輝くそれをみた男は何か思い出したようだった。

「私は緋の目が発現したときのみ、特質系に変わる」

「その目!!思い出したぜ!」

気づいたのが遅すぎる。
クラピカはもはや何の感慨もわかなかった。
が、それに対して男は生き生きとした表情になる。

「燃えてきたぜ!てめぇの恨みと俺の怪力、どっちが強ぇか、勝負!」

立場をわかっていない台詞に、クラピカは静かに怒りを表した。

「やはり…お前の本質は強化系…それがお前の限界だ…」

鎖を壊そうと躍起になる男。
クラピカの覚悟が、その程度の物理攻撃に屈するはずもない。
どうあがいても壊れも緩みもしない鎖に、ようやく男は焦りの色を見せた。

さらに、クラピカが全ての系統能力を扱うことができるのだとバラし、折れた腕を再生してみせると男は驚愕した。

「この鎖…チェーンジェイルは捕らえた蜘蛛の肉体の自由を奪い、強制的に絶状態にする」

ということは、つまり肉体のみの力でしか壊せず、蜘蛛の中で最も腕力のあるこの男でも壊せないなら、他のメンバーも同様だろう。

クラピカは無防備な男の腹を思い切り殴った。
生身とはいえ、筋骨隆々な男と自分の強化した拳ではどちらが勝っているのか。
得られたデーターは、鎖で捕らえさえすれば、旅団全員を素手で倒せるということだった。


完全に勝負が決まった今、クラピカは質問を開始する。


「お前が知っていることをすべて話してもらおう」

「仲間の居場所は?」


「…殺せ」

「他にどんな能力者がいる?」


「…殺せ」


答えない度に、男の体にめり込む拳。
血がクラピカの顔にかかり、その生々しさに気分が悪くなった。

「では、こちらはどうだ?レイという女性については何か知っているか?」

ヒソカが残した意味深な言葉。
予想もしてなかったであろう質問に、根は正直者である男の表情が動いた。

「何か知ってるんだな?」

「さぁな…てめぇには関係のねぇことだ」

「いいから答えろ!」

容赦なく繰り出される拳は確実にダメージを蓄積している。
レイのこととなると余裕を失ったクラピカを見て、男はにやりと笑った。

「…あいつは俺達の宝だ。お前には手に入らねぇよ」

「では、やはりレイは…」

囚われていると言うのか…。
クラピカの中で、不安と苛立ちが交錯する。
こちらの気持ちを見透かしたかのように、男は言葉を続けた。

「勘違いするなよ…レイは望んで俺達といるんだ…団長もいたく気に入ってる」

「嘘をつくな!」

望んでお前たちといるわけがない!
彼女は蜘蛛が私の仇であると知っているのだ。
そんな馬鹿なことがあるわけない。
クラピカは一瞬冷静さを失い、男を殴り付けた。

男の口から血がこぼれる。

「…実に、不快だ…。手に残る感触。耳障りな音。血の匂い。全てが神経に触る」

本当はこんなことを望んでいたのではない。
こんな、一方的に敵を痛め付けて、恨みが少しでも和らぐわけではない。

クラピカは悲しみとも言える感情を男にぶつけた。

「なぜ貴様は何も考えず、何も感じずにこんな真似ができるんだ!!答えろ!!」

「殺せ…」

あくまでも答えない男に、クラピカは最後の手段を使う。
小指から伸びた鎖が、男の胸に深々と突き刺さった。

「最後のチャンスだ…貴様の心臓に戒めの楔を打った。私が定めた法を破れば、鎖が発動し、貴様の心臓を握りつぶす!」

鎖が刺さった男は、びくりと体を反らせた。

「定められた法とは私の質問に偽りなく答えること。それさえ守ればもう少し生かしておいてやってもいい」

どうして生かしておくなどと言ったのだろう。
自分の中で、相手を許せない思いと、人を殺めることに対する恐怖がせめぎあっている。

「他の仲間は、どこにいる!?」


くたばれ…バカが


男はそれだけ言うと苦痛に顔を歪めた。
馬鹿な奴だ、そう一笑に付してしまえれば、楽だったけれど。
クラピカが鎖をほどくと、その巨体が地面に倒れこむ。
動かなくなった男から逃げるように2、3歩退いた。


地面に膝をつき、両手で顔を覆う。
自分が震えていることに初めて気づいた。

とうとう殺した…

仇を倒したはずなのに
ずっと望んできたことなのに
なぜこんなにも辛いのか…

だがもう引き返すことはできない。
クラピカは無言で男の体を地面に埋めた。
せめてもの償い…というわけではない。
おそらく、こいつらと同類の、ただの人殺しに成り下がるのを恐れたのだ。

レイ…お前は本当に、こんなやつらと望んで一緒にいるのか?

なぜだ?
なぜこんなやつらと?

心が重く沈んでいく。

頭上には、紅い月。

血のように真っ赤なそれは、クラピカの心をぐちゃぐちゃにかき乱した。

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