- ナノ -

■ 26.どうしてこう数が多いの

「やっぱり、今日中にクラピカと会うのは難しそうだな。とりあえず部屋でもとっとくか」

レオリオの提案に皆、賛同する。
話を聞けばクラピカもヨークシンに来ているらしく、どこぞのマフィアの護衛をやっているらしい。
オークションの時期は色々な人がここに集まる、とは聞いていたものの、まさかクラピカまで来ているとは思わなかった。

蜘蛛もここにいるのに…。

クラピカには会いたいが、今の私ではどんな顔をすればいいのかわからない。
ひとまずクラピカに会わなくてすんだレイは無理矢理、GIのことを考えようとした。


「あー、やっぱり無理だってよ」

ホテルの一室で、キルアが悔しそうに携帯を握りしめる。
くじら島で手に入れたROMカードをミルキのもとへ送ったのだが、やはり復元は出来なかったという。
だが入手困難となるとオタクの彼は俄然燃えたらしく、わざわざヨークシンまで大金もってやって来るらしい。
なぜかここでもまた、キルアの電話中は声を出すなと言われ、レイは大人しく息を殺していた。

「ちっ、復元できりゃ早かったのになぁ」

「じゃあやっぱり、89億集めなきゃね」

ゴンは全然めげていないようで、むしろ決意を新たにする。
頷いたレイは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ねぇ、ところでさ、89億ってどのくらいすごい大金なの?」

「なっ…!?」

驚愕の色を浮かべ、レオリオは口をポカンと開ける。
隣のゴンにも笑顔はなく、キルアはひきつった顔をしていた。

「え?なに?私、変なこと言った?億ってお金の単位だよね?」

言葉を発する度に、皆の目は丸くなる。
…マジかよ、とレオリオは頭を抱え込んだ。

「と、とにかくだ、今の俺達の所持金じゃ入場料にも足んねぇ。競売元のサザンピースってのはオークションの最高峰だ」

「何か楽に大金を稼ぐ方法があったらなぁ…やっぱギャンブルか!」

「キルアダメだよ!それで天空闘技場のファイトマネーほとんどすっちゃったんだから」

ゴンにたしなめられ、キルアはちぇーとふてくされる。
いつもと役割が反対なような気がして、レイはくすくすと笑った。

「お金って稼ぐの大変なんだね、ハンターってもっと儲かるのかと思ってたよ」

「ハンターなぁ…って!」

レイの言葉にレオリオは何か閃いたらしい。
勢いよく立ち上がり、パソコンの前へどさっ、と座る。

「なんだよ?何か思い付いたのか?」

「ハンターサイトで調べてみんだよ。いい方法がきっとあるぜ。ヨークシンには夢のような実話がゴロゴロしてるって言うし」

カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響く。
レイは心のなかでシャルに聞いたら何か分かるかも…と思ったが、流石に言い出せなかった。

「あ、あったぞ!これなんかどうだ!?」

声につられ、レオリオが開いているページを覗きこむ。
そこには競売のやり方について明記してあった。

『縛り』

−競売方法のひとつ。条件競売の俗称。
ある条件を示し、その条件に最も適した相手に対して競売品を渡すやり方。
ヤミ競売から発生し、公共競売にも規制つきで普及した。

レイはこれがどうしたのだ、と不思議に思い彼を見る。
レオリオの口角はみるみるうちにつりあがった。

「そうか…こういう競売のやり方があったのか」

「どういうこと?」

「行くぜ、お前ら!確実に儲かる方法を思い付いた!」

マジかよ、レオリオ!
ここまで彼が自信たっぷりに言うのだから、さぞかしすごいやり方なんだろう。
4人はワクワクする気持ちを押さえきれず、慌ただしく部屋を後にした。



「さあさあさあ、条件競売が始まるよー!競売品はこちら!300万Jのダイヤ!その店で買ったばかりの鑑定書つきだぜ!」

人通りの多い道で、レオリオが声を張り上げる。
人垣の中心にいるのはゴン。
キルアも負けじと大声を出し、客を集める。

「落札条件は腕相撲!参加費用は1万J!最初にこの少年に買ったものに与えられます!!」

人々の視線がレイの手の中のダイヤに集まる。
時折客と目が合うことがあり、その際に微笑みかけると相手はうでまくりを始め、挑戦者が増えるということもわかった。

「それではオークションスタート!」

レオリオの合図に、人々は我先にとゴンへ勝負を挑む。
レオリオの狙いは当たったようで、皆子供のゴンになら勝てるとふんだらしい。
みるみるうちにお金が入り、レイは内心舌を巻いた。

「おーっと、いけるか!いけるか!?」

「あー、残念でした!次の人どうぞー!」


何度連戦しようが、ゴンに一般人が勝てるわけがない。
私、暇だなぁと欠伸を堪えつつ傍観している間にも次々と挑戦者は散っていき、とうとう150人抜きぐらいになった。

「すみません、私も挑戦します」

だが、どうぞどうぞとレオリオに案内され、ゴンの前に座ったのはなんとシズク。
びっくりしたレイは思わずダイヤを落っことしそうになるが、シズクはちらりとこちらを見ただけで何も言わなかった。
大方、また私のことを忘れているのだろう。

レイは他に団員がいないか背伸びをして探したが、人が多すぎてよくわからない。
ゴン達と一緒にいるところを見られると、厄介なことになりそうなのでとてもドキドキした。

「よろしくお願いします」

ぺこりと、頭を下げたシズクはゴンの右手をしっかりと握る。
女性だと思ってゴンもレオリオも油断しているようだが、相手は幻影旅団。

スタートの合図と共に、ゴンの顔色が変わった。

「くっ…」

テーブルがミシミシと音を立て、初めて見せるゴンの表情に外野がわく。
さすがに腕相撲には念を使ってないらしいが、それでもいい勝負だ。
見ているこっちもハラハラしっぱなし。
結局最後はギリギリでゴンが勝利した。


「はい、残念!お姉さんの負けー!」

「ありがとうございました」

どういたしまして、と返すゴンの顔は疲れている。
さぞかしびっくりしたのだろう。

「あのネーチャンすげぇな。でも、余計に客が増えたのはありがてぇ!」

「うん…あのお姉さんはただ者じゃなかったよ…」

ゴンはちょっと笑って右手をひらひらとふった。
大丈夫かしら。

シズクの方はあまり残念ではなさそうに人の輪の外に出ていった。

「なんだよ、今の女!?」

キルアは案の定、シズクの力に気づいたようで困惑している。

「さ、さぁ…でもゴンが負けなくてよかった。商品なくなっちゃうもんね」

シズクが物忘れ激しくて助かった、とレイは一人胸を撫で下ろした。

***


「競売品が…盗まれた!?」

クラピカはぐっ、と携帯電話を握りしめた。
競売が行われるセメタリービルの半径500m付近には、厳重な警備体制がしかれており、コミュニティー専属警備員しか近づけないはず。
至るところにガラの悪い男が見張っているというのに、本当に盗むことなど可能なのだろうか。

競売品の中にあるはずの仲間の『緋の目』のことを思い、クラピカは唇を噛んだ。

「しかも、会場にいたやつは皆殺されてる、全滅だった」

「な!?そ、それじゃ…」

「あぁ、トチーノ、ヴェーゼ、イワレンコフ…三人とも殉職した」


「…」

皆、最近知り合ったばかりの仕事仲間だが、死んだとなると気は重い。
マフィアの護衛に危険は付き物だとわかったうえで選んだが、やはり現実の厳しさに心が震えた。

「そうですか…じゃあ、地下競売は中止でしょうか?犯人は一体?」

「それが今、気球で逃走中らしい。あらゆるマフィアが追っている。十老頭に喧嘩売るなんて、奴らは余程の命知らずだぜ」

怒り狂い、血気盛んな男たちの様子が目に浮かぶ。
おそらく、奴らが捕まるのは時間の問題だろう。
地下競売には開催してもらわねば、クラピカとて都合が悪い。

「俺たちも行ってみよう。ここまでくるとどのファミリーが手柄をあげるかだぜ」

「了解です、すぐに向かいます」

まさか相手が憎い同胞の仇とも知らず、クラピカは了解した。
いや、たとえ相手が蜘蛛でなくとも、緋の目のためだったらクラピカはどんな危険にも立ち向かうだろう。

艶のある金髪が夜風になびいては煌めいた。


***


パンッ、パンッ

乾いた銃声が空を裂く。

「おらおら、さっさとでてこいや!」

ここはゴルドー砂漠。
地面を覆う大勢の黒づくめの男たちは皆マフィア。
現在、旅団の気球を取り囲み、怒声をあげている。

「団体さんのお出ましだぁ」

「あれは掃除しなくてもいいんだよね?」

「別にいいね。それに今日ワタシたちの仕事終わた」

周りには逃げ場などなく、人数で言うなれば圧倒的に不利な状況にも関わらず、誰一人として慌てるものはない。
彼らの実力を考えれば、それも当然な話だ。

「団長は殺れって言ったよね」

「うん、隠獣を誘き出せばいいんだって」

「あんまりやる気ないなぁ、オレ」

シャルはふぁぁ、と欠伸をし、トランプを取り出す。
遊ぶ気満々だ。
それもそのはず、既にウボォーが闘いに目を輝かせていたからだ。

「いいぜ、俺が全員やってくらぁ。お前ら、手ェ出すなよ?」

「よろしくー」

たった一人で小高い崖を降りていくウボォー。
誰も止めない。
彼の力を信用しているからだ。

残った団員は暇を持て余し、ダウトに興じる。
トランプ組はフランクリン、マチ、シズク、シャルだ。

「そういや、レイってどこいったの?」

携帯を渡した後、友達に会いに行くと言ったきり、ホームに帰ってきていない。
ちょうどこちらも仕事だったので、下手に誤魔化さなくて済んだ分、ラッキーだったのだが。

「そういや、条件競売をやってたな、シズクが挑戦してた」

シャルの問いに対し、意外にもフランクリンが答える。
競売?と皆、首をかしげた。

「なんで?金が必要なのかな?」

「え?私、挑戦なんかしたっけ?」

シズクの忘れっプリには誰もかなわない。
いちいち説明していては話が進まないため、とりあえずはスルーしていく。

「その友達が金を必要としてるんじゃないかい?」

「じゃあ、その子達もオークション参加するつもりだったんだ。カワイソー」

「勘だけどね、はいダウト」

「げ」

嘘を見破られたシャルは眉を寄せ、ため息をつく。
どうもこのゲームは苦手だ。

バズーカの轟音が聞こえてきたけれど、今はそんなことどうだっていい。
シャルは増えた手札とにらめっこだ。

「それにしてもたくさん来るよねー。4、上がり」

「俺達が行ったときには競売品はなかったのにな、5」

ウボォーにとってバズーカなど屁でもない。
悲鳴と発砲音が響く中、ゲームはどんどん続いていく。

「団長が言うには十老頭の差し金らしいね、…6、アタシ上がりだ」

どうやったかは知らないが、奴等は旅団の動きを知っていたかのようにギリギリで競売品の場所を移していた。
そのため団長が下した、戦闘命令。
全ては隠獣を誘きだし、競売品の場所を吐かせるためだ。

「ホント、予定が狂っていい迷惑だよ、7」

「ダウト」

「…なんでわかるのさぁ?」

不服そうにシャルがカードを集める。
その時、黙ってウボォーを観察していたフェイタンが「来たね」と言った。

「どう?強そう?」

「見た目がキモいな、でもウボォーの敵じゃねぇよ」

ノブナガは顎に手をやり、まさに高みの見物というやつだ。
加勢が必要ないようなら、まだまだ遊んでていいだろう。
だが、フランクリンには絶対勝とうと決意したばかりのシャルに向かって

「7、俺も上がりだな」

伏せられたカードが目の前に。

「ええっ!?ダウト!ダウト!」

「やめときな、悪あがきはみっともないよ」

にやりと笑ったフランクリンがカードをめくると、そこには確かに7の数字。

「くっそぉー!!」

シャルが頭を抱えたと同時に、地面がドゴン、と揺れる。
ウボォーのビッグバンインパクトだ。
さすがに隠獣には念を使っているらしい。

「もう一回やろうよ!ね!」

「何回やっても同じだって。アンタわかりやすいんだよ」

「次は勝つからさ!いいでしょ?どうせ暇なんだし」

決まりねー、とシャルは新たにカードを配る。


『ハアアアアアアアア!!!!』


ごうっ、と風が唸り、次の瞬間団員はみな咄嗟に耳をおおう。
耳を塞いでも聞こえる爆音に、せっかく配ったトランプは空に舞って見えなくなった。

「このバカヤロウ!やるならやるって言え!」

「俺達の鼓膜まで破る気か!」


ウボォーのとんでもない攻撃に、非難が殺到する。
しかし、隠獣をやっつけ終わった彼は悪びれもせずに笑った。

「シズク、悪いがおまえの掃除機で体内のヒルと毒を吸いとってくれねぇか?入れられちまった」

「デメちゃんは毒なら吸えるけど生き物は吸えないよー」

ウボォーに負けじと、シズクも声をはる。

「なにぃ!?そいつは聞いてなかったな、おい、シャル!」

「りょーかい。今、調べてるよ」

持ち歩いていたパソコンでささっと検索する。
マダライトヒル…なかなか厄介な生き物だな。
卵など排泄したくない。悪趣味にも程がある。

解決法がわかったシャルはウボォーに一通りの説明をした。

「…よって、これから明日の今頃までガブガブビールを飲んで、どんどんおしっこしてください。黒いおしっこの直後、白いおしっこがでたらもう安心ですよ」

「なるほどな…じゃあ、シズク毒を頼む」

ビールを飲むだけでいいなんて、簡単すぎる。
ウボォーは安心した表情になった。

「いいよー」

「あ、誰か酒屋襲ってビール盗ってき」

そこまで言いかけた時だった。
ジャラリ、と耳慣れない音がし、シャルはウボォーの方を見る。
体に鎖…。
そう認識するかしないかのうちに、ウボォーの巨体は目の前から消えた。

「「「「!?!?」」」」

皆、突然のことにあっけにとられ、ウボォーがいたはずの場所を見つめる。

「見えた?」

「うん、鎖が一瞬で体じゅうに巻き付いて…」

「ウボォーは毒で動けねぇしな」

仲間が連れ去られたと言うのに、団員は至って冷静だ。
特に慌てるようすもなく、役割を決めていく。

「糸はつけておいたよ」

「仕方ない、助けに行くか。車あるでしょ、俺が運転するよ」

「じゃあ、俺はビールを盗ってくる」

ビールはフランクリンに任せ、残りのメンバーは一台の車に乗り込む。
さすがに後部座席がぎゅうぎゅうだが、今は我慢してもらおう。

シャルは思い切りアクセルを踏んだ。


「隠獣の残りかな?」

「さぁな、どっちみち捕まえてみりゃわかんだろ」

ノブナガが体を縮めながら、いらいらとしたように言う。
なんでこいつが真ん中に座ってるんだよ、とツッコみかけるが、別に後ろを見なくても運転に問題はない。

「見えてきたね」 フェイが呟いた。

「ちっ、バレたか」

「大丈夫、もう追い付く」

マチの念糸は見つかってしまったようだが、相手の車はそこまで見えている。

シャルがさらにアクセルをふもうとした瞬間

とん、と何者かがボンネットの上に乗り、布のようなものを広げると、視界は真っ黒になった。


「こらー!出せーっ!」

車ごと布はしゅるしゅると小さくなっていく。
素早く脱出したシャルたちを見て、眼鏡の男が称賛を送った。

「やっぱりただ者じゃねぇな。あの一瞬で扉を開けて脱出する反応の鋭さはよ。警戒に値するぜ」

「こぉら!無視すんじゃねぇ!」

男の手にもつ小さな布からは、ノブナガの声が聞こえてきた。

「ノブナガは乗てた位置が悪かたね」

フェイタンはそう言い、少し顎を引く。
そうするとマスクにほとんど顔が隠れてしまうわけだが、長年の付き合いで彼が笑っているのだとわかった。

「それにしてもあの布面白いね。包んだものを小さくできるってわけか」

「あれなら競売品もポケットに入れて持ち運べるね」

おそらく、団長が連れてきて欲しいのはこいつ。
競売品の在りかもすぐにわかるだろう。
ちゃっちゃっとこいつを捕まえて、早くウボォーを助けなければならない。あと、ノブナガも。

「こいつらが幻影旅団かよ、脆そうだぜ」

「はぁ、邪魔がはいったみたいだ」

声のする方を見れば、残りの隠獣まで勢揃い。
勢揃い?
いち、にー、と数を数えていたシズクが不思議そうに首をかしげた。

「隠獣って全部で10人だよね?全部揃ってるよ?」

「おかしいね、鎖の使い手はウボォーをおさえて逃げてるはずよ」

「…てことは、隠獣じゃない?」

冷静にマチが分析する。
隠獣のメンバーが増えたなんて話があったら、流石にちらりとは小耳に挟みそうなものだ。

「ま…こいつらに聞いてみればわかるね」

フェイタンがそう言うなり、右手がオーラに包まれる。

「残りはいらないからねー」

シャルは皆に声をかけると、さて、と眼鏡の男の方に向き直った。
君はそうだね…

半殺しぐらいでいいんじゃない?

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