- ナノ -

■ 25.どうして知らない人についていくの


「いやぁ、ほんと助かったよ」

キルアは尊敬半分、呆れる気持ち半分で久しぶりに会った友人を見る。
昔から金には困ったことがなかったため、値切るという行為を見たのは初めてだ。
隣のゴンは目をキラキラさせながら、携帯電話を握りしめていた。

「うん、携帯がこんなに安く手に入ったのはレオリオのおかけだね!」

「こんぐらいは当然だっての。時間さえありゃまだまだいけたぜ」

「もう十分だって」

自慢げに鼻息を荒くするレオリオには、彼の過度の交渉のせいで途中で恥ずかしくなった、ということは絶対秘密である。
携帯を見つめ、キルアはレイの顔を思い浮かべる。
と、どうやらゴンも同じことを考えていたようで、背の高いレオリオを見上げつつ質問した。

「ねぇ、レオリオ?あのあとレイから連絡あった?」

ハンター試験が終わったとき、レオリオはレイに連絡先を渡していた。
が、もちろんレイはその時携帯をもっていなかったため、かかってくるの待つしかないのだ。

「ねぇよ。さっぱりだ」

レオリオは困ったようにぽりぽりと頬をかいた。

「結局、キルアの家でも会わずじまいだったしな…」

「レイ、今頃どうしてるんだろう…」

キルアはてっきり、試験後にイルミが家に連れて帰ってくると思っていた。
一応レイはイルミのターゲットであるし、なにより兄の彼女に対する溺愛ぶりは近くにいた自分が一番知っている。
だからイルミがレイを置いてきたと聞いた時は耳を疑った。
地下室で受けたミルキの生ぬるいお仕置きよりも、レイに会えないことの方が余程辛かった。

「あいつ、ほんとどこで何やってんだよ…」

レイは人を殺した自分を受け入れてくれる、数少ない友人の一人。
いつもにこにことしていて、俺と同じ、いや俺以上に暗い過去を持っているのにその輝きは失われない。
ゴンが太陽ならレイは月だ。
優しくそっと包み込むような淡い光。

普通の少年としての世界を切り開いてくれる太陽と
闇の中でも常に寄り添い、照らし続けてくれる月。
今までは自覚することが少なかったけれど、やはりキルアにとって彼女はなくてはならない存在だった。

「…なぁ、俺、ブタ君にかけてみようか?例のゲームについても何かわかるかもしんねぇぜ?」

「キルアのお兄さんに?いいの?」

「大丈夫、大丈夫、ブタ君は兄貴っていっても大したことねぇからな」

我ながらナメきった発言だ、と苦笑しつつ早速携帯を使ってみる。
曲がりなりにもうちの情報担当の連絡先ぐらいは、ちゃんと頭に入っていた。


「あ、もしもし?ブタ君?俺だけど」

「…キルか?なんだよ、お前家出したんだろ」

コフーコフーと荒い息遣いが受話器から聞こえてくる。
煩わしい指摘はさらっと無視をして、キルアは本題に入った。

「あのさ、レイって今どこにいんの?」

「はぁ?お前まで勘弁してくれよ!こっちは全力で探してるってのに」

「お前まで…?兄貴が探してるのか?」

驚いた。自分で置いてきたくせに、今度は探してるっていうのか。
いや、それよりも探してるっていうことはレイが元いた屋敷にいないということだ。

「そうだよ、マジでありえねぇよな。しかもレイがどうやっても見つからないんだ。
もともと秘密の存在だったから情報が少ないってのもあるんだけどさ、にしても…困った」

そう言われてみると、ミルキの声は疲労に満ちていた。
きっとイルミにしつこく催促されているんだろう。
想像しただけでも身の毛がよだつ。

「おお…そうか、まぁ頑張れよ。
じゃ、話かわって悪いけどさ、もう一個聞きたいことがあって」

「なんだよ、オレマジで忙しいんだかんな。兄貴のせいでちょっと痩せたんだぞ」

「や、痩せっ!?おぉ…さすがイル兄…」

先程からキルアは驚かされっぱなしだったが、『グリードアイランド』というゲーム機のことを手短に説明する。
ゲームに詳しいミルキなら何か知っているだろう。

「なんでお前はまたそんな面倒な…」

「ブタ君何か知ってるのかよ?」

ミルキはぶつぶつと文句を言いながらも結局詳しく教えてくれた。
こういうところは案外いい兄貴である。

「今調べたところ、オークションに出品されんのは確かだぜ。ただし、最低でも落札価格89億J」

「は、はちじゅうきゅうおく!?」

キルアが声をあげると、不安そうにゴンがこちらを見てくる。
流石幻のゲーム、値段もとびきりである。

「そ、そんなの買えるやついんのかよ」

「じいちゃん、親父、兄貴なら買えるだろ…まぁ、買う気なんてないだろうけどな」

「ブタ君、おかn」

「ふざけんな、イル兄に借りろよ!お前にだったら、イル兄も貸してくれんだろ」

「バッカ、ふざけんな!うちはギブアンドテイクだろ。イル兄のテイクなんか怖すぎて借りられるかよ!」

ギャーギャーと兄弟喧嘩が始まる。
一人っ子のゴンはちょっと驚いたようだったが、すぐにくすくすと笑いだした。

「あー、もう、わかったよ!自分でなんとかするって!」

「お前が仕事したら金なんてすぐだろ?」

「仕事はブタ君がしろよ、この引きこもりニート」

「あーっ!キル、てめっ!」

キルアはにっ、と笑って携帯を切った。

「ごめんな、ブタ君がケチでさ」

「当たり前だっつぅの!ほんと、お前ん家は金銭感覚がおかしい!フツーそんな大金貸してって言うか?」

レオリオは目を丸くしたまま大声で怒鳴る。
そりゃそうだ、先程、携帯を値切っていたことがバカらしくなってくる。
ゴンは困ったように微笑んだ。

「いいよ、もともと自分で何とかするつもりだったし。たぶん、自分でやらなきゃ意味ないんだ」

「そうか、そうだよな」

「うん、でもありがとう!」

礼を言われてキルアは照れる。こればっかりは本当に慣れない。

「あー、でも結局レイのこともわかんなかったんだよなぁ…屋敷にもいないなんて予想外だぜ」

「大丈夫かなぁ、レイってなんか騙されやすそうだし」

「お前が言うか?ゴン」

レオリオが苦笑いしながら突っ込んだその時、

plululululu…と着信音が鳴響いた。


「え?」

キルアはとっさに手に持ったままの携帯を見るが、これではないようだ。
となると、まだ誰にも番号を教えていないゴンのも鳴るわけがない。
必然的に、二人の視線がレオリオに集まる。

「お、俺か!?」

「だってな…」

「俺たち、まだかけてくる人いないし」

レオリオはあたふたとしながら携帯を取り出す。
ぴっ、と通話ボタンを押して耳に当てた。

「もしもし?」

「…も、もしもし?レオリオ?」

「そうだけど…お前…まさかレイか!?」

レイ、という言葉にゴンもキルアもびくっと反応する。
思わずレオリオは携帯を持ち直した。

「うん、レオリオ久しぶり!」

「ひさっ、久しぶりじゃねぇよ!お前、ほんとどこいってたんだよ?!全然連絡してこないし!」

「ごめんね、ずっと携帯持ってなくて。修行してたの」

「修行って…お前…」

ハンター試験で既に強かったレイが、さらに修行だなんて今頃どうなっているんだ。
後に続ける言葉が見つからないでいると、ゴンが代わって!と手を伸ばしてきた。

「レイ!俺だよ!久しぶりだね!」

「ゴン!?ゴンもいるの!?」

「うん!キルアもいるよ!レイ、元気してた?」

うん、私は元気!
電話のレイの声はとても明るかった。
それを聞いてキルアはほっとする。

ようやく、自分のところに回ってきた携帯を耳に当てると、開口一番怒鳴り付けた。

「バッカ!ウチに帰ってこないから心配したんだぞ?初めは兄貴がとうとう殺っちまったのかと思った」

「ごめんね、でも私は死なないよ」

「知ってるよ!だけどやっぱり色々心配だろ!」

なにせハンター試験の時には、あの兄貴に加え、ヒソカにまで気に入られていたレイだ。
どうも彼女は厄介な奴らにばかり好かれるらしい。
たとえ殺されることはなくても、危険は山ほどあった。

「んで、お前今どこにいんだよ?」

「えっとね、ヨークシンだよ」

「マジ!?俺らもヨークシンにいるぜ?」

そうなんだー!?と嬉しそうな声が響く。

「どこにいるの?会いたいな!」

「お、おお」

会いたい、とはっきり言われ、思わずキルアは照れた。くそ、またかよ。
場所を説明すると、彼女はすぐ来てくれるという。

「待っててね」

「は、早く来いよ?」

レイに会えると思うと自然と頬が緩んだ。


***


「わぁ、皆、久しぶり!」

そう言って走ってくるなり、レイは無理矢理3人を抱き締めた。

「レイ、元気そうで何よりだよ!」

「ったく、心配して損したぜ」

「えへへ、ごめんね」

レイはにこにこと笑い、とても嬉しそうだった。
だが、前に会ったときよりも格段に強くなっている。
ゴンとキルアも必死に修行したが、彼女にはまだまだ及ばないだろう。
キルアは少し切ない気分になって、レイをまじまじと見た。

「キルア?どうしたの?」

「な、何もねぇよ!ほら、立って話すのもなんだから喫茶店でも行くぞ」

「そうだな、皆色々積もる話があるよな」

4人はぞろぞろと喫茶店に入り、やっと落ち着つくことが出来た。

「それで、あれからレイはどうしてたの?」

ゴンが尋ねると、彼女はうーんと唸る。
グラスに入った氷をストローでかき混ぜて、カランカランと涼しげな音をたてた。

「イルミさんに置いていかれて、暫くは元の家に住んでたんだけど…」

レイは少しそこで躊躇う。

−―レイの場合はね、名前だけ出さずに正直に言えばいいと思うよ◇


大丈夫。嘘の天才からアドバイスはちゃんともらった。
本当のことを言えばいい。

「実は…ウチに泥棒が入ってきてね、うん、寂しかったからその人たちに付いていったの」

「「「はぃ!?」」」

3人とも、目が点だ。
でもこれは嘘じゃない。
驚きで、口をぱくぱくとしていたレオリオは、我にかえるなりレイの頭にごちん、と拳骨を落とした。

「痛っ!」

「アホかオメーは!!子供でもフツーついてかねぇだろ!!」

「だ、だって…」

レイはたんこぶが出来てないか確かめつつ、唇を尖らせる。
人からの攻撃を食らったのは久しぶりだ。
レオリオが私の体質を知っていたら、同じことが出来るだろうか。

「そうだよレイ、知らない人についていくのは危ないよ」

「んなこと当たり前だろ!なんでそんなバカなマネ…寂しかったんならウチに帰ってこいよ!」

口々に皆からお叱りを受け、今度はレイが目を丸くする番だった。
幼い頃から幽閉されて育ったレイに「知らない人についていっちゃだめ」と教えた者などもちろんいるはずもない。
キルアはふとそれに思い当たり、それ以上責めるのはやめた。

「…まさかとは思うけど、今もそいつらと一緒にいるのかよ?」

「うん、そうだよ。でも心配しないで、すごく優しくしてくれるから。修行もつけてもらったの」

「ホントに大丈夫なのかよー?」

レオリオが呆れたようにため息をつく。ゴンもくすくすと笑う横で、キルアだけが怖い顔をしていた。

「そんなやつらと一緒にいることねーよ。せっかく俺らと会えたんだからさ、こっちに来たらいいじゃん」

「えっ」

兄貴にも教えたりなんかしない。
レイと一緒にいたい。
てっきりレイはすぐ、うん、と言ってくれると思っていたのに、意外にも困った顔になった。

「それいいね!オレ、レイにも手伝ってほしいことがあるんだ!」

ポン、と手を叩き、ゴンは嬉しそうに笑う。
それから彼は、父親のこと、故郷のくじら島でその父の手がかりを見つけたこと、GIというゲームのことをすらすらと語り出した。

「…だからね、オレたち今困ってるんだ。レイが手伝ってくれたらすごく助かるんだけど…ダメかな?」

「ゴンのお父さんか…いいよ!手伝う手伝う!でもね、泥棒さんたちとは離れるわけにはいかないの」

「なんでだよ?」

キルアの不機嫌さがぐっ、と増す。
レイはそれを見て、やっぱりイルミさんとよく似ているなと思った。

「私が一緒にいたいからだよ」

「…」

自分と同じ青い瞳が、傷ついたように揺れる。
キルアが私のためを思って言ってくれてるのはわかるが、こればかりはどうしようもない。
クロロさんは私を手放さないだろうし、下手をすればゴンたちまで危ない。
それにやっぱりレイは旅団の皆が好きだった。

「キルア、仕方ないよ。でもほんとに気を付けてね」

「うん、ありがと。GIのことは協力するからさ、許してキルア」

「…許すとか許さねぇとかそんなんじゃねぇだろ。お前が選んだんだから勝手にしろよ」

仕方がないのだけれど、ちくり、とレイの胸は傷んだ。
ゾル家の兄弟は怒ると冷たい。
しかし、こんなことぐらいでいちいち傷ついていたら、クラピカとの板挟みに耐えられるのか本当に心配になってきた。

「うん…ごめんね」

少し、気まずい沈黙が流れる。
それを振り払うかのように、レオリオが明るい声をあげた。

「まっ、それより、今度はオレの話を聞いてくれよ!」

「うん、聞かせて。皆はどう過ごしてたの?」

レイは心配そうにキルアをちらりと見てから、レオリオの方を向いた。


***


「全部だ、地下競売のお宝、まるごとかっさらう」

その頃、レイのいないホームでは、蜘蛛が次の仕事の計画について話していた。
先に内容を知っているシャルは、当然ストップをかけない。
情報担当に異論がないならば他の団員も特に異論はなかった。

「本気かよ団長、地下の競売は世界中のヤクザが協定を組んで仕切ってる。手ェだしたら、世の中の筋モン全部敵に回すことになるんだぜ、団長?」

その中でウボォーだけが立ち上がり、息を荒くした。
彼の気持ちがわかった隣のノブナガはニヤリと笑う。

「怖いのか…?」

「嬉しいんだよ…!!命じてくれ団長、今すぐに!」

「オレが許す、殺せ」

「おお!!」

大暴れできることが心底嬉しいらしく、ウボォーは目をギラギラ輝かせていた。

「一つ、質問あるんだがなぁ」

珍しく、フィンが口を挟む。
彼もどちらかといえばウボォーと同じで暴れることができればそれでよし、という考え方だ。
皆の視線がフィンに集まる。

「レイのことはどうすんだ?あいつも参加させるのか?」

蜘蛛と一緒にヨークシンにいる時点で、巻き込まれるのは避けられない。
直接仕事を与えなくても、どういう作戦の流れになるかぐらいは知っておいても損はないだろう。
だが、クロロは静かに首を横に振った。

「レイには何も伝えないでおこうと思う。あいつに血生臭い経験は、もう十分すぎるだろう」

盗む、といっても幻影旅団はそこらのちんけな盗賊ではない。
邪魔するものは全て殺し、欲しいものは必ず手に入れる。
出来ればレイの手は紅く染めたくなかったし、俺達の本当の姿を知られるのも喜ばしくなかった。

「わかったぜ」

全員が頷く。
みな結局思うところは同じなのだろう。

いよいよ蜘蛛はその足を伸ばし始めた。

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