■ 24.どうして会わせてくれないの
ククク…相変わらずの歓迎ぶりだね☆
旅団に入ったのは一番後だとはいえ、もうそれなりに日がたっている。
にもかかわらず、こちらに向けられている敵意が日に日に強くなるのはどうしてだろう。
ん〜そんな目で見るなよ、興奮しちゃうじゃないか◇
ヒソカはねっとりと絡み付くような視線で団員の顔を一人一人眺めていく。
それにしてもいったいこの宴会騒ぎは何なのだろう。
ただ皆が集まったという理由だけでは、ここまで盛り上がったりしないはずだ。
そしてヒソカの視線は、ある一点で止まる。
そこからは敵意もなにも感じられない。
よく見知ったその顔は驚きに満ちていて、それから急に嬉しそうに笑った。
「ヒソカさん!」
声を上げたレイに他の団員の視線が一気に集まる。
皆、理解できないと言った顔で二人を交互に見た。
「…レイじゃないか☆キミがどうして蜘蛛に?」
「ヒソカさんこそ、どうしているんですか?」
突然の再会に、思わず笑みがこぼれる。
だがそれを邪魔するかのようにマチがレイを体で隠した。
「アンタら…知り合いだったのかい?」
見れば、団長の視線も同じことを問うている。
その目には紛れもない敵意。
…ああ、イイね◇ゾクゾクするよ★
ヒソカはちょっとハンター試験でね、とだけ言った。
「え!?レイ、ハンターだったの?」
シャルが大声をあげる。
言ってよ、オレも持ってるんだ、あーあ、仕事手伝ってもらえたのに…
ぼやくシャルにレイは慌てて謝る。
その様子を見れば、レイはすっかり蜘蛛に溶け込んでいるらしい。
ボク、妬けちゃうな☆
レイの注意をこちらに向けようと、ヒソカは彼女の名を呼んだ。
「こんなところにいたんだね◇驚いたよ、キミの師匠が躍起になって探している★」
「えっ…」
師匠、という言葉に反応したのはレイだけではなかった。
クロロはいかにも仲のよさそうな二人を見て、苛立ちが隠しきれない。
まさかレイとヒソカが知り合いだとは思ってもみなかった。
しかも、ヒソカは俺の知らない彼女のことを知っている。
あの勝ち誇ったような笑みがどうにも気にくわない。
師匠、と聞いたとたんレイの顔が強ばった。
「イルミさんが…?」
「そ。彼、ものすごく怒ってたよ☆会ったら殺されちゃう…ってキミにその心配はないか◇」
はて…どこかで聞いたような。
イルミ、という名前に聞き覚えがある。
いらだちもそこそこにクロロが考えていると、シャルがまた大声を上げた。
「イルミ!?それってもしかしてイルミ=ゾルディック!?」
「え、そうですよ。私の師匠はイルミさんです」
ゾルディック、と聞けばピンときた。
あの有名な暗殺一家だ。
ヒソカと知りあいだと言うし、その上そんな奴が師匠だったとは、レイの交遊関係の偏りに驚かざるを得ない。
奇しくも、その暗殺一家には次の仕事で世話になるかもしれないと思っていたところだ。
クロロは自分のことを棚にあげ、改めてレイを見た。
「そうですよ、じゃないよ!なんだってそんなヤバい奴が師匠なのさ!」
そしてここにもまた自分のことを棚にあげて話す男が一人。
言ってよ!と子供のように頬を膨らませた。
「だって、もうイルミさんには愛想尽かされちゃって…それに、暗殺一家なんて他言しちゃいけないかと…」
確かに、彼らの顔写真だけでも高い値がつく。
内部事情を知るレイは、迂闊に話すわけにはいかなかったに違いない。
「…でも、どうして今頃探してくれてるんだろう?」
不思議そうに首をかしげるレイは、心なしか嬉しそうだった。
それを見てまた、クロロの胸はざわつく。
やめよう、不快な感情を振り払うには仕事のことを考えるのが一番だ。
「紹介してもらえるか、レイ」
ゾルディックは家族単位ではなく、個人で仕事を請け負うことが多い。
以前に一人、団員がやられたことがあったが、その男だろうか。
まぁなんにせよ、これを機にそのイルミとかいうやつとコネクションを作っておくのも悪くなかった。
「ヒソカさん、というわけで電話貸してください」
「もう居場所をバラすのかい☆?ボクとしてはもうちょっとイルミに探し回ってて欲しいんだケド★」
ちらり、とヒソカは意味深にクロロを見る。
その目は、レイを失いたいのか、と警告しているようにも見えた。
「…レイは出るな。ヒソカ、かけてくれ」
「えっ?何で!?」
気を効かせたシャルがレイの口をふさいで黙らせる。
んー、とくぐもった声をもらすレイを横目に、ヒソカはニヤリと笑って携帯を取り出した。
「…もしもし、何?」
懐かしい声が電話から聞こえ、レイは思わず抵抗を止める。
ヒソカさんとのやり取りに、団員は皆息を殺し、聞き入った。
「やあ、イルミ◇実はキミと話したいっていう人がいるんだケド★」
「そ。でも、オレは話したくないから」
相変わらずの冷たい対応。
そのまま電話が切られそうになったが、ヒソカさんはそれよりも早く口をはさんだ。
「蜘蛛って言ったらわかるかい◇?キミにとってもプラスになると思うよ★」
「…」
やはり幻影旅団は有名なようで、一瞬の沈黙。
電話の向こうから短く、変わって、と聞こえた。
クロロさんに携帯が渡る。
「…もしもし」
「君が蜘蛛の頭?
正直、親父から蜘蛛にはあまり関わるなって言われてるんだよね」
「ふっ、俺達だってそういう関わり方なら願い下げだな」
今やクロロさんは完全に仕事の顔つきだ。
目が真剣で、レイなどが話をする隙もない。
あわよくば途中で声をだし、イルミさんと連絡をとろうと考えていたのだが、とてもそういう雰囲気ではなかった。
「それで、オレに何の用なの?」
「いい機会だから繋がりを持っておこうと思ってな。近々大きな仕事をする。もしかするとその時にお前の力を借りるかもしれない」
「ふーん、まぁいいけど」
…それだけ?とイルミさんは言った。
不機嫌なのかそうでないのか、声だけではわからない。
そこでクロロさんはいよいよ本題だとばかりに口角をあげた。
「それでだな、仕事を頼む前に一度お前に会ってみたい」
「は?なんで?」
「大きな仕事だって言っただろう。依頼する相手がどんな奴か確かめておきたいんだ」
「…あのさぁ」
イルミさんの声が鋭さを増す。
「A級賞金首かなんだか知らないけど、オレの方がよっぽど情報の価値は高いんだよね。第一、オレに得はないし」
ああ、これは流石にわかる。
かなり怒っている。
レイも心の中でいくらなんでもそれは無理だろうと思っていた。
「いや、得ならあると思うが」
「どんな?」
「マクマーレン」
クロロさんは私のファミリーネームを口にした。
なんだ、結局ちゃんとイルミさんに伝えてくれるんじゃないか。
レイがほっとしていると、クロロさんはちらりとこちらを見て笑みを浮かべた。
「…レイのこと、知ってるの?
返答次第ではただじゃおかないよ」
「レイ?ああ、お前が探している人物か。ヒソカから聞いてな、オレはちょうどマクマーレン家に関する秘密が書かれた本を持っているんだ」
「ふーん」
んな!?
なんて白々しいんだろう!
何が「レイ?」だ。
バリバリ知っているくせに、イルミさんに教える気なんてないのね。
レイが再び手足をばたつかせると、シャルのホールドがキツくなる。
かなりの密着ぐあい。
背中にあたる胸板の圧迫感がおそろしい。
「オレ、今役得だよね」
(んー!)
水面下で激しい攻防があるとも知らず、結局イルミさんは「いいよ」と言った。
「ただし、下らなかったらその時は殺す。顔を見られてるわけだしね」
「いいだろう。もっとも殺せたら、の話だが」
ううっ…大人の会話はブラック過ぎる。
いや、この人たちが普通じゃないだけだろうけど。
電話が切られたのと同時に、やっとレイは解放された。
「クロロさん、酷い!」
解放されたレイが一番にするのはもちろん抗議。
せっかくイルミさんに会えるかと思ったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。
「すまないな。奴と交渉するためにはこうするしかなかった」
「なんでですか!私がいるって言ったらいいだけなのに!」
「一応、俺達はお前を盗んだ形になってる。そんな相手の依頼を引き受けてくれるかどうかわからんだろう」
確かに、イルミさんはすぐ殺す、と言う。
勘違いをして旅団を潰しに来たら、双方にとって思わしくない事態だ。
「無駄な争いは避け、目的を果たす。これが最も効率的かつ平和的な解決だ」
「う、うーん…」
非常によくできた正論を言われて、レイは返す言葉もなかった。
しかも、クロロさんの整った顔が逆に嘘臭い。
「で、でも…」
「切り札は大事に取っておくものだろう。心配しなくてもすぐ会える」
「はい…」
若干、上手く丸め込まれた気もしないわけではないが、そういうことなら今は黙ってよう。
仕事も近いらしい。
私の都合で邪魔をするのはよくないだろう。
レイは無理矢理自分を納得させ、頷いた。
「わかりました。今は大人しくしてます」
「わかってくれたか」
もう一度、クロロさんの顔を正面から見る。
あ、なんかちょっと笑ってない?
その後再び抗議を始めたレイにシャルが携帯を与えたことで、一旦場は収束した。
これから仕事が始まり、ホームに誰かが必ずいるとは限らない。
そこで連絡手段を、というわけだ。
初めて自分の携帯を貰ったレイは、怒っていたのもすっかり忘れ、大喜びしている。
ヒソカは電話をかけてあげるよ、と言って彼女をアジトから出し、自分もすぐにそのあとに続いた。
「も、もしもし?」
「聞こえてるよ★」
「わぁ…って、え?後ろにいるじゃないですか!」
むぅ、と膨れたレイには悪いが、電話など二人きりになる口実でしかない。
ヒソカはにやにやと笑い、ごめんよ☆と言った。
「レイと二人で話がしたかったんだよ◇」
「?」
彼女は全くわかってないようで、不思議そうに首をかしげる。
ヒソカは彼女に座るよう促し、自分も腰かけた。
「それにしても、なんだってレイが蜘蛛にいるんだい?まさか、本当に団長に盗まれたのかい◇?」
「いえ、盗まれたというよりは…一人でいるのが淋しくて…自分から付いてきたって感じですね。
ヒソカさんは元々蜘蛛だったんですか?」
「違うよ☆一番新入りさ」
正確には入ってないのだが、正直者のレイにバラせば素振りから自ずと周りに知れてしまうだろう。
ヒソカはぱちん、とウインクし、ボクは強い奴が好きだからね◇と言った。
「そうでしたね、でも団員どうしのマジギレ御法度ですよ」
「ククク…もちろんわかってるさ☆でもいいのかい、レイは★?」
ヒソカが本当に聞きたいのはこっち。
まっすぐ探るように彼女の目を見ると、怯えたようにその瞳は揺れた。
「最近、クルタの彼に会ってね、キミのことを聞かれたんだ◇」
「…」
「キミはどうするんだい☆?彼に蜘蛛のことを教えるかい?」
「いや…私は…」
教えないと、前に決めた。
たぶんそれはクラピカのためでも旅団の皆のためでもない。
全部自分の都合、自分の為だ。
レイは視線を地面に落とす。
「…教えません。もちろん、旅団の皆にも。裏切り者ですね、私」
「ボクも言うつもりはない◇」
「…ホントに勝手だけど、出来ることなら旅団とクラピカには出会って欲しくないんです」
神妙な顔をしてそう呟くレイは、微かに震えていた。
「そうだね☆」
ヒソカは慰めるように、ポンポンと彼女の頭を撫でる。
どちらかを失ったとき、一体彼女はどんな表情を見せてくれるんだろう。
同情と期待とがヒソカの胸を一杯にする。
残念だけど、もう運命は動き出してしまったんだよ、レイ◇
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