- ナノ -

■ 23.どうしてここにいるの


修行を初めて3週間。
ようやく一通りの体力作りを終え、さあ念の修行と思っていたのに、結局私はまた走っている。

きっかけはお前の念をちゃんと見せてみろ、と言われたことだった。

レイは素直に、皆の前で「生殺与奪の血」を発動する。
一瞬、イルミさんの顔が脳裏に浮かんだが、それを振り払うようにして手首に当てたナイフを引く。
今回は攻撃用の念ということで、それなりの血液量が必要だった。

「ほう…それでどうする?」

弾丸の形になった血液に、クロロは興味を示す。

「私の血液中には強力な毒も含まれているので、前回とは成分を変えることにより、治癒と攻撃の2種の役割を果たします」

「じゃ、どんなもんか試してみるか」

実験台に名乗りを挙げたのはフィンクスだった。
私もあれから少し自分なりに改良して、かすっただけでも身動きがとれぬよう、神経毒の成分を強くしていた。

「くっ…こりゃ、キツイぜ…」

彼はヒソカさん同様ぴくりとも動けなくなり、冷や汗をたらす。
他の皆もフィンクスの反応から、威力の程を悟ったようだった。

「解放してやってくれ」

「はい」

「…すげぇな、ここまでとは思わなかったぜ」

けれどもこれは実戦じゃない。
動けるようになるなりフィンクスは感心した顔で肩を回して、褒められたレイはとても嬉しかった。

「ちょっと、待ちな。アンタ、手をみせてごらん」

しかしマチは念糸をすでに用意しながら駆け寄ってくる。
その顔は心なしか怒っていた。

「大丈夫ですよ、ほら」

どんどん治っていく傷口を見せ、安心させようとしたのに、彼女は少し眉を潜めただけだった。

「アンタの念は諸刃の剣だよ」

「そうだな。確かに強いが、持久戦や連続して戦うことになれば負けるだろう」

傷口は塞がっても、過度に使用すれば失われた血液の供給は流石に間に合わない。
それが私の念の弱点である。

「だから、攻撃には出来るだけ念を使わない方向でいったほうがいいんじゃないか?体術メインだ。フィンとフェイが適任だろう」

「ええっ、念やらないんですか?」

それは聞いてない。
というより、また私の念は駄目なの?

レイがしょんぼりと肩を落とすと、マネージャーであるシャルが励ますように頭を撫でた。

「体術で戦えるようになったら、新しく念を考えなよ。レイならできる!」


***



「じゃあ、やっぱり持久力だな」

フィンにそう言われ、レイは朝からずっと走り続けている。
それだけならばハンター試験と同じでまだ平気なのだが、実際はどこから来るかわからないフェイの攻撃を避けなければならない。

「ひっ!」

肩口から斜めに降り下ろされた剣を間一髪でかわす。
ちっ、とフェイの舌打ちが聞こえてきて、本当に修行だよね?と確認したくなった。

「かわす時に声出すの、やめろ言たね」

「だ、だって…ひゃあっ!」

避けきれない。
足がもつれ、いつものように地面を蹴ることが出来ないのだ。

「ずっとインドアだったらしいからな、フェイ、加減してやれよ」

近くでレイの動きを観察しているフィンが欠伸をしながらそう言う。
庇うなら庇うで、もっと真剣に庇って欲しいものだ。

「ハ、そんなの関係ないね」

「レイ、そこで左に腰を捻るんだよ」

じゅっ…

「あーあ、またやっちまったな」

「お前、ホントにやる気あるか?熱使うの禁止ね」

気づけばフェイが不機嫌そうに刀のつかだけを持って立っていた。

「ごめんなさい!」

私がちゃんと避けなければ、武器は全て使い物にならなくなる。
今も刀身が溶けてしまった刀を見て、レイは平謝りだ。

「ハ、謝ればいいと違うね。溶かす度時間延ばすよ」

「そんなあ!」

もうクタクタだ。
もちろん、朝から付き合ってくれているフィンとフェイだって疲れているだろうから文句は言えない。
けれどもまた明日は明日でマチとの修行があるし、いつもは優しい彼女でも修行となると話は別だ。

「ほら、ささと走るね」

「…はい!」

でも自分から言い出したことであるため、レイはほとんど感覚のない足を引きずるようにして走り続けた。


***


「レイ、アタシに一発でも入れられないようなら、今日のご飯はヌキだからね」

「ご、ご飯!?」

既にもうお腹が空いているのに、ご飯がないなんてとてもじゃないが耐えられない!
だが、残念なことに手に腰をあてたまま、涼しい顔をしているマチは冗談を言ってるようには見えない。
これは脅しではないのだ、とレイは確信した。

「ご飯減らすにして!」

「甘いこと言ってんじゃないよ」

「だって…」

彼女とは組み手の修行をしているのだが、全くもって歯がたたないのだ。
これはもう今日は我慢するしかないのか。
自分の意思からではないダイエットなんてしたくない。

「本気でやんなきゃ、当たんないよ」

これでもなかなかに本気を出しているつもりなのだがマチとはやはり差が歴然で。
レイの手刀を少し体を傾けただけでさらりとかわし、ぺしっ、と頭を木の板ではたかれる。

本来ならばマチも殴りかかってきてこそ修行なのだが、いつあの熱が発動するかは本人にも制御できないため、この程度で済んでいる。
もっとも、こう何回も叩かれていると、済んでいるとは言えないほど痛いのだが。

「レイには、殺気が無さすぎるんだよ。相手を倒してやろうっていう気迫がない」

「だって、それは相手がマチだから…」

「違うね。アタシらは仲間でも殺気を向けられる。アンタははなから戦闘には向いてないのさ」

汗一つかかずかわしているマチを見ると、レイはだんだん自信をなくしてくる。
そこへこんなことを言われては、悔しいやら悲しいやら…。

「アンタの師匠ってんのは、防御しか教えなかったみたいだね。全然なってないよ」

「そんなことない、当てて見せるよ!」

「そうかい。いつでもかかって来な」

彼女は不敵に笑うと、木の板を構える。
いつもはすごく優しいのに、やっぱり修行の時は恐いよ。

私はせめて晩御飯が好物でないのを祈るばかりだった。

***



「もういい加減、念の修行にしてもいいでしょう?」

「念の修行なら、もうやってるじゃないか」

クロロさんはにやっ、と笑う。
私の言いたいことをわかってて、その上でわざとからかっているのだ。

「私の一番したいことがまだなんです!」

纏、絶、練…そして、凝、隠、円、周、硬、堅、流…もちろん、やった。

体術が終わると、毎日毎日やっていた。
お陰で初めてここに来たときよりも、纏の耐久時間ははるかに長くなったし、円の範囲も広がった。
攻防力移動のスピードもあがった。

けれども一番肝心な発は、最後に披露して以来やっていない。
もう、フェイの攻撃もだいぶかわせるようになったし、マチにだって攻撃が当たるようになった。
そろそろ私の念を開発したい。
発の修行はやはり、同じ系統のほうがいいだろうということで、シャルは団長に教えて貰いなよ、と言った。
その他、個別の系統を伸ばしたいのなら、今いるメンバーに聞けばいい。

まずレイは、クロロさんに教える気になってもらわねばと思った。

「特質系はな、教えるって言っても難しいんだ。どちらかといえば誓約と制約。これが大きな鍵となる」

「セイヤク?」

音だけでは同じ言葉に、思わず首をかしげる。
クロロさんはコンクリートの床に、石で字を書いてくれた。

「要するに何か自分で誓いを立て、決めたルールすなわち、制約を遵守するということだ。定めたルールが厳しければ厳しいほど、技の威力は絶大になる。基本的に制約は技の発動手順を面倒にすることが多いな」

「ルールですか…」

たとえば、治癒は私が大事に思ってる人にしか使えない…とか?
でも、それじゃ緩すぎる。

うーん、と考え込むレイにクロロさんは呆れたように笑った。

「お前の場合はもっとリスクの少ない念を考えろ。まずはそれからだ」




レイの念を初めて見たとき
クロロは何て便利なものなのだろうと感心した。

蜘蛛に是非欲しい。
欠番があればすぐにでも勧誘していただろう。
けれども幸か不幸か今は全ての番号が埋まっており、宝として盗んできたレイはもはや蜘蛛の所有物。
わざわざ体に入れ墨を入れ、A級賞金首にしたてあげなくても、彼女は俺たちと一緒に居てくれるだろう。
別にもう正式に蜘蛛に入らなくても、誰もがレイのことを仲間であると認めていた。

「お前なら念のことは自然に解決するさ。それより、今日は残りの団員にも召集をかけた。じきに来るだろうから紹介しよう」

そう言うと、レイは少し不服そうだったが、それから急にそわそわし始めた。
地下競売襲撃まで日が近い。
仕事を始める前に、団員にはレイのことを知っていてもらいたかった。

「お、噂をすればなんとやらだな」

ホームに近づく気配が2つ。
シズクとコルトピの具現化コンビだ。

「あれ、その子は?」

「レイだ。俺達が盗んできたんだが、もう仲間みたいなものだ」

「…みたいな?蜘蛛じゃないの?」

シズクはすぐに忘れるだろうから、覚悟しておけよ。
レイに耳打ちすると、彼女は少し困ったような顔をした。

「ああ、どうやら他の奴らも来たみたいだな。面倒だから一度に説明しよう」

今日は賑やかになる。

ホームを見渡して、クロロはふと考えた。
あの奇術師は今日来るのだろうか。

…出来ればギリギリまでレイを会わせたくないのだが。





「へぇー、あのフェイが修行に付き合った?お前すげぇなぁ」

「なら、俺と闘ってくれ。面白そうだ」

「え…いや、勝てる気しないんですけど…」

すっかりホームは宴会状態だ。
レイはノブナガとウボォーにも気に入られたようで、酒の入った彼らにほとんど悪絡みされている。
フランクリンやボノレノフに関しては初めから心配していなかったが、またシズクが「あれ、その子は?」と言い出したのには笑った。

「ちょっと、アンタらレイに絡むのやめな。こっちにおいで」

見かねたマチが助け船を出す。
レイはいきなりたくさんの人に囲まれ戸惑っているようだったが、その表情は明るかった。

クロロはゆっくり立ち上がる。
もうたぶん、心配ないだろう。
宴会を早めに抜け、部屋で本でも読もうかと思った。

が、その時、嫌なオーラが近づいてくるのを感じて、足を止める。

これはわざとだ。
あいつのことだから、わざとこんなオーラを出しているに違いない。

図らずも全員の視線が入り口に集まった。

「やあ☆もう皆揃ってるみたいだね◇」

いつも通り奇抜な衣装に、派手なメイク。
現れたのは奇術師ヒソカだった。

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