- ナノ -

■ 21.どうしてそんなに優しいの

翌朝。とっくにレイは目覚めていた。

けれども旅団の皆と顔を合わせるのが憂鬱で、体調が優れないことを理由に部屋に引きこもっている。
実際、私が体調など悪くなるはずがなかった。
クロロさん辺りは確実に不審に思っているだろう。
頭もすっきり冴えわたり、むしろ悲しいくらい今の現状が把握できた。

「レイ、大丈夫かい?」

控え目なノックのあと、マチが顔を出す。

「ええ、大丈夫…ごめんなさい」

「アンタがそんなに酒に弱いと思わなかったからさ、ごめんよ」

「平気…本当に寝てれば治るから。心配してくれてありがとう」

「そうかい?それはよかった。食欲有りそうならご飯持ってくるからね」


「うん…ありがとう」

マチが出ていった途端、優しくしないで!と悲鳴をあげたくなる。
貴方たちは幻影旅団。
悪い人たちでなければならないの。
お願いだから私に優しくなんかしないで!

だが、レイの願いも空しく、それから代わる代わる団員たちは訪ねてきた。

「レイ、大丈夫なの?ごめんね、オレが勧めたばっかりに」

「情けねぇのなぁ、お前。フェイの時みたく、早く治せばいいじゃねぇか」

「ハ、人のこと心配してた場合違たね。酒そんなに弱いか」

「何か飲み物でも持ってこようかしら?それとも何か食べられそう?」

「どうした?本当は体調が悪いというわけではないんだろう?」

旅団の皆はとても優しい。
でも、お願いだからやめて…揺らいでしまうから…

「…レイ?」

クロロさんが顔を覗き込んでくる。
真っ黒な瞳…あの人と同じ瞳。
それを見ていると、やっぱり傍にはいられないのだろうな、と悲しい思いが胸をいっぱいにする。
だからと言って私にはどうすることもできない。
自分から望んでついてきた。
けれども彼らは私が帰ることを許しはしないだろう。

クラピカのことも言えない。
それだけは言うわけにはいかないのだ。
たとえ私には優しくしてくれる彼らでも、緋の目の生き残りがいると知ればどうなるかわからない。

黙ったまま俯くレイの真意を図るように、クロロさんはこちらを見ていた。

「何を隠してる?」

「な、何も…」

「マクマーレン家にはまだ他に秘密でもあるのか?」

そうだ。
どんなに悟い彼でも、そこまでわかる訳じゃない。
むしろ、気を付けるべきはパクのほう。
私はううん、と首をふった。

「何が秘密なのかすら、私にはわかりません」

「だったら今日はどうしたんだ?お前が二日酔いのはずないだろう?」

「ごめんなさい…ちょっと一人にしてほしいんです」

怒るだろうか?
せっかく心配してくれているのに、こんなこと言って。
私は言ってしまってから、恐る恐る彼の顔を見た。

「わかった…」

だがクロロさんは意外にもあっさり引き下がる。
えっ、と慌てていると、突然ぎゅっと抱き締められた。

「だが、一人になるのは少しだけだ…」

元気になったらちゃんと皆に礼を言うんだぞ。

耳元で低く囁かれ、私は身を固くした。
吐息がこそばゆい。
でも誰かにこうして抱き締められるのは、とても心地よかった。

「…はい」

私は自分で確かめなくちゃいけない。

この人たちが本当はどんな人で、どうしてあんなことをしたのか。
レイはクラピカにも彼らのことを教えるつもりはなかった。
今はまだ、知らなくていい。
クラピカの実力じゃ死ぬだけだ。

それになにより、レイ自身、旅団の人達が大事になってきたから。

だから今は抱かれていよう。
目を閉じていよう。

ただそれは目の前の問題を先伸ばしにしたに過ぎなかったけれど。





「あーーーー!!」

近づいてきているのは気配でわかってた。

「ちょっ、団長なにやってんのさ!」

現れたシャルにレイはびくっとして、離れようとする。
だが俺はわざと力を弛めず、余裕の笑みを浮かべて振り返った。

「ちょっ、どうしたんだい?」

「なんだよ大声だして。うるせぇな」

シャルの大声につられて、フェイを除いた残りの団員も集まってきた。

「うわ…」

「見てよ、団長ったら信じられないよ!遅いと思ったら弱ってるレイに何してんの!」

「団長、離れなよ」

「離れてください、団長」

これじゃまさに集中砲火だ。
仕方なく、くつくつと笑いながらレイを解放すると、彼女は真っ赤になっていた。

面白い。
だが、先程腕の中で目を閉じられたときは、流石にどうしようかと思った。
あまりの無防備さに、こちらまでどぎまぎしてしまう。
シャルは案外といいタイミングで来てくれたかもしれない。

「レイ、何も変なことされてないかい?」

「え…まあ、はい」

「全く、油断も隙もないんだから!」

「レイ、気を付けろよ。俺らの団長は宝は所有物だと思ってるからな。あんまり大人しいと好きなようにされるぞ」

酷い言われようだ。
こいつら普段はそんなことを…いや、やはり他人からどう見えるかなど、自分をつかむ鍵にはならないか。

クロロは顎に手をやり、しばし自分の世界に浸る。
実際、シャルの「団長!」という声が聞こえるようになるまで、結構時間がかかったらしかった。

「ほら、さっさと出てってば。レイは一人になりたいんだって!」

そういえば、そんなことを言っていた。
なぜか苦しそうな彼女に胸が締め付けられ、衝動的に抱き締めたのだった。
今更ながら俺はなぜあんなことをしたんだろう。

「ちょっと、団長聞いてる?」

ふぅ、あまり動機の言語化は好きじゃない。
彼女の頭にぽん、と励ますように手を置いて、皆に部屋を出るように促した。

***


しばらくして、レイが姿を現した。
団員一人一人のところに行き、心配をかけたことを謝っている。

クロロは本に視線を落としたまま、特に意味もなく彼女の気配を探っていた。

「あの…クロロさん、さっきはありがとうございました。ご心配をおかけしてすみませんでした」

「まあ、気にするな」

本を閉じて彼女の方を向けば、また辛そうに目を伏せられる。
何を隠してるのかは知らないが、そんな顔をされてはこちらもたまらない。
わざわざレイに付き添っていたシャルが、彼女を守るかのようにさっと前へでた。

「ダメだからね!」

「何がだ」

「レイにはわかんなくても、俺にはわかるよっ」

どうやら先ほどのでかなり警戒されているようだ。
女性陣もちらり、とこちらをにらんでくる。

俺は単に抱き締めただけじゃないか。
第一、レイは嫌がっていなかったし。
周りの冷ややかな視線にクロロは肩をすくめてみせた。

「何もしないさ。今はまだ」

「まだってなんだよ!もう、レイは絶対一人で団長に近づいちゃダメだからね!」

「レイ、読書は好きか?俺の部屋にはたくさん本がある。いつでも貸してやろう」

「え、ほんとですか!」

きらり、と目を輝かせるレイに、シャルはもう〜と呆れる。
やっぱりな、昨日話していた時から思っていたんだ。
古書を見るレイの顔は生き生きしていた。
これで、ちょうどよい口実ができたとも言える。

「本でも何でも好きなことしてていい。ただし、俺達から離れるな」

彼女が小さく頷いたの見て、クロロは満足した。

「でも一つ、お願いがあるんです」

しかし頷いた彼女がふいにそんなことを言い出すから驚く。

「なんだ?」

見ればシャルも驚いているようだったが、レイは至って真剣な表情だ。
決意に満ちた様子で、まっすぐに瞳を合わせてくる。

「ど、どなたか私に修行をつけていただけませんか!」

レイの一言に、広間にいた皆の視線が集まった。
誰一人として、彼女がそんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだろう。

「…え、レイは修行したいの?」

「はい!強くなって皆の役に立ちたいんです!」

「アンタには治癒能力があるじゃないか。十分役立つよ」

「でも、治癒能力なんて誰かが怪我をしないと使えません。私はそんな消極的な役立ち方ではなく、初めから誰も怪我しないようにしたいんです」

「でもねぇ…」

シャルとマチは反対のようだ。
互いに顔を見合せ、うーんと唸る。

「いいんじゃねぇか、本人がそうしたいってんなら」

「後で足手まといなられるよりいいね」

フィンとフェイは賛成。

お前はどうだ?とクロロがパクの方を
見ると、彼女は団長にお任せします、とだけ言った。

「お願いします。皆さんの暇なときでいいですから」

レイは深々と頭を下げ、懇願する。
そこまでされては無下にもできなかった。

「…わかった。いいだろう」

旅団の役に立つ能力だ。
育ててやるのも悪くはない。
それに念を磨いていけば、古書に書いてあった「宝石」とやらについても何かわかるかもしれない。

「ただし、9月にはヨークシンで大仕事がある。とりあえずはそれまでの間だけだ」

「はい!ありがとうございます!」

反対していたくせに、「じゃあオレがマネージャーね!」と結局シャルが一番張り切っていた。

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