- ナノ -

■ 19.どうしてそんな嬉しそうなの

新緑の、柔らかい緑色が眼前に広がり、聞こえるのは鳥のさえずりだけ。

レイはそんな誰もいない山奥の一軒家で、一人ぽつねん、としていた。

イルミさんと別れて、はや二週間。
迎えにとは言わずとも、いつか彼が殺しに来てくれるんじゃないかとずっと待っていたが、それも無駄だった。
彼はきっともう私のことなんか忘れてしまったのだろう。

愛想、つかされちゃったな…。

本家の方も私が死んだとでも思っているのか、全く音沙汰がない。
一人でいることなんてとっくに慣れっこになってたはずなのに、私は今とても寂しくて、退屈で、人恋しかった。

ゴン達はキルアに会えただろうか。
連絡先もらったけど、連絡手段がないや。
バカだね…私は。
自分から行ってみようかな。
皆に会いたいな。

私はもう自由なんだし。

だが、自分が皆のように旅しているのを想像してみて、余計に悲しくなる。
旅なんて…できるわけないか。
なんてったって私はこの前までいたはずのククルーマウンテンにも一人で行けやしないのだから。

出かけようという気持ちとどうせ自分には無理だと思う気持ちが交互に私を襲ったが、依然として時が経つばかりで何も変わらない。
だがそれでも巡ってきたある日の夜は、いつもと何かが違っていた。


誰かの気配を感じて、レイは目を覚ます。
イルミさん!?と思ったが、どうやら違うようだ。
気配は複数ある。
ちょっと怖くもあったけれど、確認しないのはもっと怖くて、レイはあれから後生大事に持っていたナイフを手に、ベッドを抜け出した。

いざとなれば念能力を使えばいい。
…もう誰にも怒られる心配はないのだから。

(この人たち、かなり強そう)

それにしてもこんな夜更けに、こんな寂しいところに一体何の用事だろう。
泥棒って言ったってここにはそんな金目のものはない。
あるとすればハンターライセンスぐらいのものだ。
確か、七回人生を遊んで暮らせるほどの価値があるとか習ったし、やっぱりこれが目当てなのだろうか。

(どんな人達だろう…)

一応、危機的状況にも関わらず、なぜだかワクワクしてしまう自分が可哀想に思えてくる。
だれでもいい、話をしたいのかも。
人と触れ合っていたいのかも。

私がそっと足音を忍ばせて階段を降りると、一階には5人の人影があった。


****



閑散とした屋敷だ、と思った。

ここに来るまではもちろんのこと、着いてからも水を打ったようにしん、としている。
これだけの広い屋敷ならば使用人ぐらいいたっておかしくないし、第一、シャルが調べた情報では、目的の人物はここに幽閉されていたはずだ。

それなのに、いつでも逃げられるようなこの様子はなんなのだろう。
壁にある染みが血糊をぬぐったものにも見えて、クロロはまさかなと口許を歪める。

「上に、一人。それ目標か」

「そうだ」

「降りてきてるな」

フェイとフィンは自然に戦闘の準備をする。
一瞬、お宝に傷をつけたらどうする?と考えて、おそらくそれは杞憂なのだろうと思い直した。

「あんたらねぇ、無駄な争いはよしなよ」

「そうそう、第一印象って大事だよ」

一方、マチとシャルは余裕の構えだ。
シャルなどはにこにこと笑っている。

気配は階段の上で止まった。

「ささと出てくるね」

フェイは今にも飛びかかりそうな様子だ。
死なない、と聞いた時からこいつはそうだった。
宝には執着を示さない彼も今回は珍しく興味がわいたらしい。

声をかけられた方は、むき出しの敵意に驚いたようだったが、おずおずとその姿を俺達の元へさらした。

「あの…どちら様でしょうか?」

恐る恐るといった様子で現れたのは、まだ年の頃なら18、9といった感じの女だった。
陶器のような白い肌、豊かな銀髪と透き通る青い瞳。
人形のように端正な造りの顔が、戸惑いと期待の表情を浮かべてこちらを見ている。

と、クロロが見とれているうちに視界の隅で黒いものが動いた。
フェイだ。

目にも止まらぬ速さで彼女に近づき、仕込み刀を彼女に向かって躊躇なく降り下ろす。

「ちょっ、いきなり何やってんの!」

「死ねばこいつお宝違う。それだけね」

確かにフェイの言う通りだが、あんまりすぎる。
しかし、降り下ろされた刃はじゅわっと音をたて、液体状態になっただけだった。
それを見たフィンが口笛を鳴らす。

「どうなったんだい、今の?」

「ちっ、熱かたね」

「火傷をしたのか?」

見れば刀を持っていた方の手は赤く焼けただれている。
刀が溶けるほどの温度だ。
あんな至近距離では無理もない。
むしろフェイだからこそあの程度で済んだのだろう。

「うわっ、ご、ごめんなさい」

「…」

「氷!氷、あったかな…どうしよう、薬は本家にしかないし、あっ私の血か」

自分の命を狙った相手に、女は謝る。
フェイに刃を向けられても眉一つ動かさなかったくせに、この慌てぶりはなんなのだろう。
なるほど、面白そうなやつだ。
その容姿も十分、宝石と呼ぶにふさわしい。

クロロは内心にやりと笑った。

「お前、レイ=マクマーレンだな?」

名前を呼ばれて、彼女はぴたりと停止する。
大きな瞳をこれでもかと丸くして、驚いたようにこちらを向いた。

「どうして…」

「俺達にわからないことなどない」

「はぁ…ところで、どちら様なんですか」

彼女は腑に落ちないといった様子で首を傾げる。
幻影旅団だ、と答えるとうーんと考えた後、ぱちぱちとまばたきをした。

「旅団?旅の方ですか?」

「…」

「まじかよ、こいつ大丈夫か」

「仕方ないんじゃない?ずっと閉じ込められてたんだし」

この状況でふざけているわけでもないだろうし、きょとんする彼女があまりに無垢でクロロは返答に困った。

「…俺達はお前を盗みに来たんだ」

「え、私?」

「お前はさっき、証明した。マクマーレン家の秘密、死なない者とはお前だろう?」

「はい、そうですけど…」

さらりと認められ、再び返す言葉がない。
変な子だね、とマチは笑い、つられてフィンまでもが苦笑していた。

「断っても無理やり連れていくが、どうする?一緒に来るか?」

仕方なくクロロがそういう形で問いかけると、彼女の瞳は輝いた。
にっこり笑って、こくんと頷く。予定とはだいぶ違うんだがな。

「良かったね、団長」

シャルがからかうようにそう言ってきたので無視をした。

全く…拐われるくせに、嬉しそうな顔をするなよ。
俺達は盗賊なんだぞ。

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