■ 18.どうしてそんなこと言うの
気がつくと、私はベッドに横たわっていた。
見たことない天井によく知ってる薬品の匂い。
ここは…医務室?
ぼんやりした頭で何があったのか考える。
耳を済ませば壁を隔てた向こうの部屋でゴンの声が聞こえた。
「じゃあ、キルアは…!?」
誰かと話しているようだったが、相手の声は小さくて聞き取れない。
ただゴンの声色から、彼が怒っているのだけは分かった。
それから、バタン、とドアを乱暴に開ける音。
足音が遠ざかって行ったので、ゴンはどこかに行ったらしい。
あ…腕治してあげようと思ってたのに…なんにもできなかったな…
ぐいっと大きく伸びをして、眩しい日差しに目を細める。
ふと、レイは自分の頬を伝うものに気づいた。
だめだ、頭が上手く回らない…
相当ショックだったんだね、笑っちゃうよ…
私が泣きながら自嘲の笑みを浮かべていると、コンコンとドアがノックされた。
「…はい!どうぞ」
慌てて袖で涙をふく。流石に泣いてたなんて誰にも知られたくない。
ドアが開いて顔を覗かせたのは、一次試験の試験官だったサトツさん。
「お目覚めになりましたか」
「はい。もうすっかり元気です」
私は心配をかけても仕方がないので、にっこりと笑顔を作った。
「それはよかった。実はもうハンター試験は終了してしまって、貴女にはライセンスをお渡ししなければならないのですよ」
「え、試験、終わったんですか…」
私が気絶してるうちに一体何があったのだろう。
先ほど聞こえた「キルアは…!?」という声が頭の中でぐるぐる回る。
「あの…誰が落ちたんですか?」
「99番の彼です」
「…どうして?」
やっぱり、と思ったくせに、口からでたのは疑問だ。
キルアは確か、ポックルとかいう小柄な、帽子を被った子と対戦するはずだった。
しかもおそらくあの子はキルアの足元にも及ばない実力のはずだ。
キルアが落ちるわけがない。
「彼は191番のポドロ氏を殺めて失格となりました」
サトツさんは困ったように微笑み、あれから何があったのか私に教えてくれた。
そして私は、ゴンがなぜあんなに怒っていたのかを悟った。
****
ばたん、とドアを開けると、皆こちらに注目した。
「レイ!お前、もう起きて大丈夫なのかよ?」
「心配したぞ。あれからずっと眠っていたのか?」
レオリオとクラピカがすぐさま声をかけてくる。
が、私はそれに答えず、たった一人の人間を探していた。
「おい、レイ、どうしたんだよ?」
きょろきょろと会場内を見回す私の目は虚ろだったかもしれない。
本気で心配そうな顔をしたレオリオが私の前に立ちはだかった。
「ねぇ…キルアは?」
「なっ…」
彼は気まずそうに頬をかく。
会場のどこにもキルアの姿はなかった。
「イルミさん…ゴン…」
一拍遅れて私の目に飛び込んできたのは、握りつぶさんばかりにイルミさんの手首をつかんだゴンと、それでも涼しい顔をしている彼。
二人とも私をじっと見つめていた。
「イルミさん…キルアは?」
「帰ったよ。自分の足でここから」
「でもそれは自分の意思じゃない!」
ゴンの手に力が入る。
あれでは骨折しているんじゃないだろうか。
レオリオやクラピカもキルアの不合格は不当であると主張したが、怒っているゴンは目の前のイルミさんしか見えていないようだった。
「……どうだっていいんだ、そんなこと」
ゴンの一言で会場は静まり返る。
「それより、もし今まで望んでいないキルアに無理やり人殺しをさせていたんのなら、お前を許さない」
「許さないか…でどうするの?」
「どうもしない。お前たちからキルアを連れ戻して、もう会わせないようにするだけだ」
ゴンがそう言い切ると、イルミさんがゴンに向かって手を伸ばした。
「ゴン!」
とっさにゴンは後ろに飛び退いたが、そこから二人はにらみ合ったまま動かない。
その後、これ以上騒ぎが大きくなるのを恐れてか、ネテロ会長が講習の再開を促した。
****
「皆…ごめん、私、ギタラクルがキルアのお兄さんだって知ってたの…」
講習後、私が意を決して謝ると
「レイは悪くないよ」
ときっぱり返ってくる。
ゴンの瞳は相変わらず真っ直ぐで、私はちょっとだけ救われた。
「キルアも言っていたが、レイはキルアの家に居候しているのだろう?だったら、知っていても何も言えまいよ。私たちにはレイを責める理由がない」
「そうだぜ、最終試験の時のお前、ガチだったもんな。むしろ、キルアの兄貴に盾ついて、大丈夫なのかよ?」
優しい皆は何故か私を慰めて、心配してくれる。
友達ってこんなに素敵なのに。
こんなに素敵なものなのに、必要ないって言えるの?
ゴンたちはどうやら、ククルーマウンテンに来るらしかった。
キルアを連れ戻しに来てくれるんだって。
私はそれを聞いてとても暖かい気持ちになり、同時にとてもキルアが羨ましかった。
「レイもキルアの家にいるんだよね!」
「…うん」
「じゃあ、また後でね!」
互いに連絡先を交換しあい、私は一旦彼らと別れた。
そして深いため息をつく。
一体イルミさんの前で、どんな顔をしていたらいいのだろう。
*****
「…」
「…」
「じゃ、ボクはこれで◇またね、レイ☆」
黙ったままの二人に流石に気まずかったのか、ヒソカさんは早々に去っていってしまう。
私は声を出す雰囲気ではなかったので、小さく会釈だけしておいた。
二人は互いに一言も喋らず、ゾルディック家自家用船へとただただ足を進める。
さぁ、乗ろうという段階になって初めて、彼はくるりとこちらを向いた。
「ねぇ、レイはさ、一体どうしたいわけ?」
漠然とした問いに私は口ごもる。
「…どうって、私は別に…」
「最終試験のとき、念を使おうとしたでしょ。オレ、使うなって言ったはずだよね?」
「…」
私が答えないでいると、彼ははぁ、とため息をついた。
「ホント何がしたいの?オレを怒らせて楽しんでる?」
「違います…」
「もうさ、オレの言うこと聞けない弟子なら辞めれば?」
「辞め…る?」
「そう。だからお前はもう帰っていいよ。オレが殺そうと頑張らなくたって、そんなに自傷行為が好きなら勝手に死んでくれそうだし」
「え?ちょっ…どういうことですか?」
突然の話に動揺が隠しきれなかった。
辞める?帰る?
私はどうすればいいの?
だがイルミさんは私に背を向け、さっさとタラップを登り始める。
「元いたところまで、送るから」
その言葉が意味する事実に、私は泣くまいと唇をきゅっ、と結んだ。
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