- ナノ -

■ 16.どうして認めてくれないの

最終試験のトーナメントが発表された。
面接の内容から戦闘であるとこは予想していたが、意外にも負け上がり方式。
希望通りの組み合わせに、レイはふぅと気合いを入れた。



「この中で最も注目しているのは?」

「注目…親近感という意味ではキルア、99番ですね」

「では、この中で最も戦いたくないのは?」

「うーん、戦いたい人を言ってもいいですか?」

「む?聞いておこう」

ネテロ会長は面白いものを見つけた、というように目を輝かせる。
結構お年のはずだけれど、まるで子供みたいだ。

「…301番」

「なぜじゃ?」

「彼は私の念の師匠なんです。だから、私のこと認めてほしくて」

「ふぅむ…」

会長は顎に手をやり考え込んだだけで、その場で返事はくれなかった。





だがトーナメントを見れば、私の希望が通ったことは一目瞭然!
イルミさんの表情を見てみたかったけれど(たぶん、変わらない)私の方から見たらなんだか負けな気がして、素知らぬ顔でやり過ごした。
一回戦は忍者さんvsゴン。
頑張ってね!


****


なんなの、これ。

オレはトーナメントの悪意に満ちた組み合わせに苛立ちを募らせる。
レイもワケわかんないしホントに最悪…って、まさかこれレイが希望したとかないよね?
ちらり、と彼女の方を見るがこちらを向きもしない。
むかつく。

…でも、正直さっきの涙には驚いた。

わかってないのはどっちだと思ってるの?
レイのことだからどうせ、オレが何で怒ったのかわかってないんでしょ
まぁ、オレにもよくわかんなかったりするんだけどさ。

そもそも殺すつもりなんだから、怪我したって関係ない。
なのに、何故か自分で自分を傷つけるレイを見て嫌な気持ちになった。

オレの家では拷問の訓練があるからさ、弟をわざと傷つけることもあるよ。
だけど自分でやるのは見たことないし、見たくない。
針刺してるオレが言っても説得力ない?

だけどさ、ホントに嫌だったんだ。
わかってよ、こんなの二度とごめんだから。

レイが傷つくのも、
泣くのを見るのも。


***



ゴンと、あのハンゾーとかいう忍者の戦いは見ていて途中で顔を背けたくなった。
骨を折るなんて…あとで直してあげよう。
レオリオなんかは今にもフィールドに上がっていきそうだったし、私自身、自制しないと止めに入ってしまいそうだった。
だが次第に会場はゴンのペースに呑まれていき、いつしか会場全体でゴンを応援している。

すごいよ、ゴン。
私、貴方みたいになりたいよ。

ゴンは光だね。
とっても眩しくて、私は貴方の存在に勇気づけられる。
どうかキルアもその光で照らしてあげてほしい。

結局試合は半ばゴンのワガママを通す形で終了した。
案外と、あの忍者さんもいい人らしい。絡んでおけばよかったと今さら思う。

次の試合はヒソカさんvsクラピカ。
知り合い同士の対戦だからどちらを応援していいのかわからないけど、クラピカのほうが実力的には下。
ルール上殺しはしないだろうが、なんてったってヒソカさんには去年の前科があるし、理屈抜きで不安なものは不安だ。

二刀流を使うクラピカはとても善戦していたけれど、刀を折られて戦況は厳しい。
私はもう、まいった、と言って欲しかった。


「ボクの負けだよ◇」

え…?

だがヒソカさんがクラピカに何かを耳打ちし、あっさりと負けを認める。
耳打ちされたほうが降りるなら、脅迫?とも思うが、今回は逆だ。
わけがわからない。
でもクラピカはこれで合格!一歩前に進めたね。

私はどんな形であれ、貴方が進む先に幸せがあればといいなと思う。


そして、

「第三試合、レイvsギタクラル!」

とうとうこの瞬間がやって来た。

「レイ、無理すんなよ、やばかったらすぐ降参するんだぜ!」

「あいつ、結構強いよ」

「チャンスはまだあるんだ、無茶はよくない」

皆の心配をよそに、私は堂々とフィールドに上がる。

「大丈夫、頑張ってくるね」

別に彼をナメてるわけじゃない。
強さも怖さも身に染みて知っている。

でも、譲れないの。

たとえ、勝てなくたってかまわない。
せっかくここまで来たんだし合格はしたいけれど、他の皆のようにライセンスをとっても何にも使うあてがない。
これは私にとって、修行の成果を見せるための場に過ぎないのだ。

相変わらずギタさんのままでも彼は無表情で、皆の前だからカタカタとしか言わない。
試合が開始され、先制攻撃を仕掛けたのはレイだった。


ぐっ、と跳躍し、素早くパンチを繰り出す。
始めの二発はひらり、ひらりとかわされ最後の一発は片手で受け止められる。
そしてそのまま掴まれて引き寄せられそうになったので、レイは身をよじり彼の手から抜け出した。

だからと言って休む間もなく、身を捻った体勢から脇腹に向かって足を振り抜く。
会場は沸いた。
が、それもやはり止められてしまい、なかなかダメージを与えられない。
実力差がありすぎる。

それにしても、なんで攻撃してこないの?
私じゃ弱すぎてそんな気にもなれない?

いい加減、私を見て。
…私を認めてよ


レイは泣きたい気持ちをぐっとこらえて攻撃を続けた。
だが、一向にダメージを与えられないどころか、かすり傷ひとつ与えられないのだ。

こうなったら仕方がない。
念の存在は秘密だから、弾丸を隠で覆えば問題ないだろう。
余計な部分に力を使うため威力は落ちるが、かすりさえすれば十分なのだ。

イルミさん、自分には毒は効かないと思ってるでしょ。
甘いなぁ。

私は貴方がまだ見たことも経験したことも無いような毒を試してきた。
我が家で開発されてたんだから、世の中には出回ってないのもあるんだよ。

私の存在価値はそれなの、それしかないの。
だからいくらイルミさんでも否定させない。
そんなことしたら、私は生きていけない。


私は距離をとり、ポケットからナイフを取り出す。
その瞬間、彼のオーラが爆発的に膨れ上がった。

立ってるのも辛い。
見れば周りの人は、レオリオやクラピカも青ざめて体が震えている。
思わずキルアの方を見たが、彼はぐっと我慢したような表情で歯を食い縛っていた。

(やらなきゃ…!)

レイは震える右手でナイフを握り直す。
だめ、負けられない。
私はこれぐらいでは引けない。

ナイフを振りかぶる。

(え…、何!?)

─その瞬間、頬にものすごい風を感じた。



からん、からん、とナイフが軽い音をたてて床に転がった。
手を後ろにひねりあげられる形で組伏せられ、私は身動きがとれない。

私、バカだ…そう簡単に発動させてくれるわけないよね。
けれどもまた自分を否定されたみたいで、涙がじわじわと目の縁にたまる。

…勝てるわけないってわかってたよ。
体術も全部、貴方仕込みだもん。
だけど……

不意に体が軽くなった。
解放されたのだ。
私は突然のことに驚いて直ぐには起き上がれない。

(どういうつもり…!?)

見ればイルミさんは試験官の方に近づいていき、何かを耳打ちした。

「…は、はいっ!わかりました、第三試合、勝者、レイ!」


え…?
驚いているのは私だけじゃない。
誰もが予想していなかった結末に会場はしん、となる。

それなのにイルミさんだけが素知らぬ顔でさっさとフィールドを降りてしまった。

「ちょっ、待っ…」

追いかけようとするとぐらり、と視界が歪む。

何?
私に何をしたの?

自分の足じゃないみたいに力が抜けて、とてもじゃないが立っていられなかった。

待って…!
私は薄れゆく意識の中で、声にならない声をあげる。

最後に見えたのはどんなに頑張っても敵わない、彼の背中だった。

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