■ 15.どうしてわかってくれないの
「ただいまをもちまして、四次試験終了といたします」
島内に流れるアナウンスに私はドキリとする。
するとすぐに足元の土がごそごそと盛り上がり、見慣れた黒髪が顔を出した。
「あ…おはようございます」
「おはよ。それより、完成した?」
「え、まぁ…」
「後で見せてもらうから」
彼はさらっとそう言うと、なんの躊躇いもなく自分の顔に針を刺していく。
それがあまりに痛そうで、見てるこっちが眉をひそめたくなった。
「じゃ、行こうか」
すっかりギタさんに戻った彼は、疲れきったレイをひょいと抱えあげる。
「え、ちょっ」
「動けないんでしょ」
「ど、どうして」
「顔に書いてあった」
確かに、レイはもうくたくただった。
それと言うのもお仕置きで、彼が寝ている間ずっと円を張っていたから。
しかも「オレが起きるまでに念を考えておくこと」という宿題まで出されて、疲れないわけがない。
わかってるなら初めから無茶させないで欲しいな、とは思ったがもちろん口に出せるはずもなく――。
「無茶しないと修行じゃないからね」
「なっ、何も言ってないのに」
「顔に書いてあった」
…やっぱり、彼には敵わない。
私はギタさんの見た目の異常さにすっかり慣れていたため、周りの目に自分がどう映るのかすっかり忘れていた。
だが冷静になって考えると、針だらけのカタカタしか言わない男に抱かれているこの状況はかなりシュールだ。
スタート地点に戻ると、皆私を恐ろしいものでも見るように離れたところで様子を伺う。
「みんな、見てます!ギタさん!」
「だから?」
「キルアにも怪しまれますよ」
「…」
イルミさんの弱点見つけたり!
彼は渋々と言った様子で下ろしてくれる。
でももちろん私の体は自由に動かず、座り込むだけで精一杯だった。
「おい、レイ!お前、大丈夫か?」
ギタさん、もといイルミさんが離れるなり、すぐさまキルアたちが駆け寄ってくる。
「お前、あの針男とずっと一緒だったのかよ?!」
「うん、まぁ…ターゲットだったし」
「まじかよ!?取ったのか?」
私は301番のプレートをひらひらとふる。途端に皆が目を見張った。
「スゲーな、お前!ゴンといい、レイといいどうやったんだよ」
「え?ゴンも取れたの?」
あのヒソカさんからプレートを取ってくるなんて一体どうやって…。
ゴンはまだ納得いかなそうな顔だったが44番のプレートを見せてくれた。
「一度は取ったんだけと、すぐ別の人に取られちゃってさ…ヒソカがそいつ倒して俺に渡したんだ」
「まぁ、私も半分貰ったようなものだし、気にしなくていいんじゃないかな」
「うん…」
真面目だなあ、と検討違いな感想を抱いてレイはゴンを慰める。
全員が揃って終了するまで、私たちはお互いどう過ごしていたのか話し合った。
****
ようやく飛行船に戻り、シャワーシャワーと浮かれる。
ゼビル島では綺麗な湖を見つけて水浴びはしたが、やっぱりシャワーがいい!
私は皆と別れて、重い体を引きずりながらも近くにあった空き部屋へと直行する。
服を脱ぎ、コックを捻れば温かいお湯。
やっぱり、湯船に浸かろうかな。
先に体を洗い、私は並々とお湯の張った浴槽の中で手足を伸ばした。
ふぅー、生き返る。
この一週間大変だったな、円が。
自分の体を労るように揉みほぐしていると、何やら脱衣場に気配を感じた。
「だ、誰!?」
「おや、レイかい?◇ボクもシャワーを浴びたいと思ってね☆」
こんなしゃべり方をするのは一人しかいない。
本気で入ってきそうだったので、レイは慌ててタオルだけを纏い、外へ出る。
脱衣場にはもう既に下半身にタオルを巻いただけの状態のヒソカさんがいた。
「ぎゃあ!な、なんでもう脱いでるんですか!?」
「もうちょっと可愛く叫びなよ◇」
「何言ってるんですか、変態!」
「ん〜、まだ何もしてないんだケド★」
充分しているとは思ったが取り敢えず着替えだけもって部屋に避難する。
一体何考えてるのかしら、と彼の体を思い出して真っ赤になった。
「うわ、何その格好、誘ってるの?」
ガチャ、と扉が開いて(鍵かけてないと皆入ってくるのか!)今度はイルミさんが姿を現す。
部屋に入るなり変装を解いて、私にかけた言葉はそれ。
この人たちはプライバシーという言葉を知らないのだろうか。
「お、お風呂にはいってたんですよ!そしたら、急にヒソカさんが来て…」
「ヒソカ?」
その名前を出すと彼の機嫌がぐん、と悪くなった気がした。
「ふーん、まぁとりあえず服来たら?」
「じゃあ、後ろ向いててください」
「嫌って言ったら?」
「ヒソカさんと同類ですよ」
それは流石に嫌なのか、イルミさんはくるり、と後ろを向いた。
あれ、さっきから結構扱いやすかったりする?
…とにかく、その隙に私は急いで服を着よう。
殺し屋なんだもん。
後ろにも目がありそうじゃない?
「ないよ」
「何も言ってませんし、顔も見てないでしょう!」
「でもわかる」
彼は恐ろしいことを言い、私の許可も得ず振り向く。
ちょうど着替え終わったタイミングだったため、やっぱり見えてるんじゃ…と思わざるを得ない。
そうこうしているうちに、そもそもの原因であるヒソカさんが浴室から出てき…
「どちら様ですか?」
端正な顔立ちをした人が、バスローブだけの姿で登場する。
誰?と私は首をかしげたが、クククと笑うその様子に、まさか…と開いた口がふさがらない。
「ヒ、ヒソカさん?」
「そんなに違うかい★」
「そうですね、別人かと思いました」
あのメイクしない方が断然いいじゃないか。
どうしてわざわざ自分で美観を損ねるようなことをするのか。
どうやら今のも気持ちも顔に書いてあったらしく、イルミさんの視線が痛い。
「この顔だったら、一緒にお風呂に入ってくれたかい◇?」
「それは関係ないです」
「残念★」
いや、残念とか…その質問自体顔にあってないです。
それよりも、なぜ私が入った部屋にこんな厄介な人たちばかり揃ったのか。
部屋に鍵がかけられたのは、変装解いているのをみられたくないからですよね、イルミさん?
私はまだ濡れた髪のまま、へなへなとベッドに座り込んだ。
「ヒソカさんはシャワーとして、イルミさんは何か私にご用ですか?」
「うん。念を見せてもらおうと思って」
「完成したんだね☆」
ちょっと、バスローブだけで私の隣に座らないで。
ああ、ほら針が飛んできた。
風呂上がりのヒソカさんは妙に色気があって苦手だ。
いや、だからと言って奇術師スタイルが得意というわけではないのだが、落ち着かない。
私はにじり寄ってくるヒソカさんから逃れようとどんどんベッドの端へ追い詰められた。
「ん〜、イルミさえいなきゃ、襲ってるんだけどナ☆」
「お、襲うって何です!?」
「…レイが嫌がってるから離れて」
びゅっ、びゅっ、と針がヒソカさんを襲うが、化粧をとっても彼は彼だからひらりひらりとそれをかわす。
毎度同じことしてる気がしないわけでもなかったが、ヒソカさんのセクハラを止めてもらってありがたかった。
「もう、ヒソカは無視していいから、早く念見せて」
短い攻防の後、いい加減嫌になったのかイルミさんはかなりめんどくさそうな様子でそう言う。
「はい!一応私のは攻撃にも回復にも使えるようにしたんです、けど…」
早々都合よく敵も現れないし、誰も怪我などしていない。
どうやって念を披露すればいいのか思案していると、隣から名乗りをあげるものが出た。
「じゃあ、ボクに攻撃したらどうだい◇?」
「え?でも…」
「回復もできるんだろう☆?だったらいいじゃないか」
イルミさんはもちろん反対しない。
私は気が進まなかったが、やるしかなかった。
「ホントにいいんですか?」
「うん☆」
彼が頷いたのを見て、私は小さなナイフを取り出す。
ハンター試験を受けるに当たって、一応の護身用にイルミさんから貰ったものだ。
とはいえ、ずっと使用する機会がなく、ポケットに眠っていたままだったことも事実。
一体何をするのかと注目している二人の前で、レイはざくり、と自分の左手首を切った。
「生殺与奪の血(ディバイン・ブラッド)!!」
手首から流れた血は凝固して暗褐色の弾丸へと形を変え、浮遊する。
そしてそれはそのまま、期待に満ちた表情をしているヒソカさんの元へ一直線に飛んでいく。
ドス、ドスドスッーーー
威力は弱めた。
だが、血の弾丸はちゃんとヒソカさんの肉をえぐり、体に食い込んでいる。
「まあまあかな、レイ☆」
「ただの弾丸ではないんですよ」
「ん◇?」
にやり、と笑ったヒソカさんの表情がみるみるうちに強ばる。
額に汗が浮き、心なしか青ざめはじめた。
「これは…毒かい☆?体が動かないや◇」
「そうです。薄めにしておいたんですが、辛いですか?」
どうも自分に耐性があるものだから、加減がいまいちわからない。
ヒソカさんを早く解放してあげたほうが良さそうだ。
「今、回復させますね!」
レイがそう言うと、浮遊していた弾丸は明るい赤色に変化した。
そして、それを一粒摘まむとヒソカさんの口へと入れる。
「今度は薬です。どうぞ」
「ん〜、甘いね☆」
次の瞬間、ヒソカさんの顔色は一気によくなった。
彼自身驚いているようで、自由になったのを確かめるように腕を動かしている。
「すごいじゃないか、レイ◇」
「ありがとうございます!」
後はイルミさんがどういう反応を示すかだけだった。
「イルミさんは─」意見を聞こうと振り返った途端に、左手をぐいと掴まれる。
私はその力の強さに驚いて言葉を失い、まじまじと彼を見つめた。
「これがお前の考えた念なの?」
切り傷の部分が私の視界に入るように、手首を捻られる。
体質のお陰で傷口はかなり塞がりかけていたが、それでもまだ見た目には痛々しい。
それでもレイには彼が何に対して怒っているのかわからなかった。
幽閉されていた頃、自分で自分を傷つける行為は至極当たり前のことだったからだ。
それはなにも人生に絶望してとか、他人の気を引きたくてやっていたわけではない。
毒の注射や傷口からの感染を調べるために体を傷つけることは、熱が発動してしまうため、他の人の手では行えなかった、ただそれだけの事なのだ。
だから彼の怒りがわからないレイは、必然的に自分が一生懸命に考えた技が否定されていることだけを理解した。
「そうですよ!これが私の念です、私が考え出した、私だけの念です!」
「もう使うな」
「どうして?」
黙ったまま二人は睨み合う。
その間にも手首の傷は塞がり、それを見ていたヒソカは内心舌を巻いた。
「わからないの?お前の念はリスクが大きい」
「不完全だと言いたいんですか?ほら、見てください!もう治ってます!」
「表面だけくっついただけでしょ。血液は失われてる」
「それもすぐに回復します!」
確かに、血液に関してはイルミさんの言う通りだった。
だが、痛いところをつかれたレイは余計にムキになる。
「放して!」
ばっ、と力一杯イルミさんの手を払いのけた。
元々大きい彼の目がこぼれ落ちそうなほど真ん丸になり、それからすぐに険しい光を放つ。
「レイ!」
「私、頑張って考えたの!皆の役に立ちたくて…回復ならもともと私の血はそういう性質を持ってる。だけど、それじゃ誰かが傷ついたあとでしか助けられないから…だから一生懸命考えて、攻撃にも使えるようにしたのに!」
私はイルミさんに誉めてほしかった。
厳しい師匠だけれど、本来なら殺す対象でしかなかった私をここまでにしてくれたのは彼だ。
だからこそ、彼に誉めてほしくて…
水見式の時だって、もっといい反応してくれたじゃない?
どうして、ヒソカさんも誉めてくれたこの念をもう使っちゃダメなの?
私の気持ちは言葉にならず、涙として頬を伝った。
「…レイ」
「もう、いいです!」
「いいって…何がいいのさ?」
「…もう知らない!」
私は部屋を飛び出した。
悲しくて涙が止まらない。
こんなの、望んでいなかった。
貴方のそんな顔、見たくなかったよ。
ねぇ、どうしてわかってくれないの?
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