■ 12.どうして貴方と二人なの
二次試験は無事に合格することができて、今は次の試験会場へと飛行船で移動中だ。
元気いっぱいなキルアとゴンはさっそく探検に出掛けてしまい、私達十代後半組は休養。
このわずかな年の差が、主に精神的な意味で大きく影響するのだ。
それに、私は約束通りクラピカに話をするつもりだった。
「クラピカ、レオリオ…ちょっといい?」
いきさつを知らないレオリオはきょとんとしたが、ああ、と頷く。
だがいざ話すとなると何から話せばいいのか、私にもよくわからなかった。
「あのね、マクマーレン家って言ったら知ってる?」
「あ?薬だ。薬の老舗だよ」
意外にも先に反応したのはレオリオの方。
いや、医者をめざしているのならそれも当然か。
だが、彼が知ってるのは表の商売だけのようだ。
「あそこは…確か、毒もやっていたはずだ。まぁ、薬も毒も紙一重な要素はあるが…それがレイに関係あるのか?」
「うん…私のファミリーネーム、マクマーレン」
「「ええっ!?」」
彼らの反応からして、マクマーレン家はかなり有名らしい。
私の方がちょっとビックリしてしまったぐらいだ。
「し、知らなかったぜ、レイがそんなお嬢さんだったとはな」
「お嬢さん…なのかな?わかんないけど…私はマクマーレン家の娘。クラピカがさっき指摘したように、ずっと閉じ込められて育ってきた」
「…」
ここでも驚いたのはレオリオだけ。クラピカはというと難しい表情で何もない床の一点を見つめている。
「閉じ込められてたって…親にかよ?何でだ?」
「何でって…私は新しい薬とか毒とか試す係だから」
「はぁ?」
レオリオは訳がわからないといった風に頭をふる。
「なんだよ、それ…それじゃあまるで…」
モルモット。
彼が言おうとしたのはその言葉だろう。
だが、私に気を遣ってか最後まで言いはしなかった。
「辛くは…なかったのか?」
沈黙を破るようにクラピカが口を開く。
よく見ると瞳が緋く変化していて、私は思わず見とれた。
「…え、うん、まぁ…毒は苦しいけど、そんなものだと思ってたし、私は特殊な体質で死なないの。だから平気だったよ」
「そういう問題じゃねぇだろ。キルアもなんか毒は効かないとかいってたけどよぉ、体質だからって酷すぎるぜ」
レオリオはまるで自分のことように怒ってくれる。
死なない、という意味を若干勘違いしているようだが、彼らが私を殺そうとすることなんてないだろうし、訂正しなくていいだろう。
それにしても、とってもいい人たち。
これが友達。
私はとても温かい気持ちになった。
「ねぇ…ごめん、クラピカ、その目は…?」
でも私は自分のことよりも、ついつい彼の瞳が気になってしまう。
綺麗な緋色。宝石みたいだ。
彼が、ふっ、と笑うと元の茶色に戻り、そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。
「レオリオにも話したのだが…」
彼は自分の過去を語った。
のどかに暮らしていたクルタ族。
そこに現れ、仲間の目を奪った幻影旅団という盗賊。
私はあまりの仕打ちに息をのんだ。
そして、奴らに復讐するのだという彼の言葉に少し恐怖を感じた。
「クラピカも、人のこと心配してられないじゃない…」
そこから続いてレオリオの話。
彼はお金がなかったために友人を救えなかったのだと言う。
互いに辛い過去を話すことで、私達はより深く打ち解けあった。
一方で私はもし、もっと早くレオリオとその友達に出会えていたら、と胸が苦しかった。
私の血をあげられたのに、と思わずにはいられない。
だが、前向きに医者を目指すんだと豪語する彼の前で、私の血のことは言いだせなかった。
無意味に後悔させてしまいそうで…こんな気持ちは私だけで十分だ。
そんな私のしんみりした雰囲気を打ち消すように、レオリオは笑って頭をかいた。
「てゆーかよぉ、さすがにもう寝とかねぇとやばくねぇか?」
「それもそうだな。次の試験に備えた方がいいだろう」
「…あ、ごめんね。うん、寝ようか」
私達は各々壁にもたれ掛かり、寝る体制になる。
皆、寝るの早いな…疲れきっていたんだろう。
レオリオなんかもうイビキをかいている。
私もとりあえず眠れるかわからないが目を閉じた。
「…話してくれてありがとう」
驚いてクラピカを見ると、彼は目を閉じたままだ。
「…うん、おやすみ」
***
とはいったものの、寝つけない。
なにせ、家以外で寝るのはこれが初めて。
落ち着かないというか、なんというか、とにかく眠れやしない。
私は二人を起こさないようにそっと離れると、一足遅く船内を探険しに出掛けた。
「あ!…キル、ア…?」
銀髪が見えたから駆け寄ろうとすると、なにか様子がおかしい。
彼の手は紅く染まっていて、足元には横たわる者。
私と目があった瞬間、彼は恐怖に駈られたような、そんな表情をした。
「…なんだよ、俺が恐いかよ?」
恐がっているのはどう見たってキルアの方なのに、彼はそんなことを言う。
私はその質問を無視してかけより、彼の血まみれの手を握った。
「キルア、殺し屋辞めるんでしょ」
「…」
「今更こんなの見せられても、私は平気だよ。だけど、キルアはどうなの?平気?」
人の死は嫌というほど見てきた。
当然、モルモットは私だけではなかったのだ。
普通の人間に投与して経過を観察することだってある。
キルアは今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
「…ごめん、俺…」
「洗ってきなよ。ゴンには黙っておくから」
「悪い…」
ふらふらと廊下を歩いていく彼を一人にするのは少し不安だが、彼は強い子だ。
きっと、乗り越えてくれるだろう。
私は貴方には笑っててほしい。
私の分も。貴方のお兄さんの分も。
**
そうこうしているうちに、飛行船は三次試験会場へと到着する。
トリックタワーと呼ばれるこの高い高い塔を制限時間内に降りなければならないらしい。
ちらりとキルアを見やれば、ゴンと楽しそうに笑っていてホッとした。
だからこそ今、彼らには近づかない方がいいだろう。
クラピカが私を探しているようだったが、私はうまく人混みに紛れた。
「えっ…きゃあっ」
突然、ガゴンと床が反転し、私はそのまま下へと落ちる。
咄嗟の判断で尻餅はつかなかったが、なにこれ…びっくりした…。
「やぁ、レイじゃないか☆」
見れば先客。奇抜な衣装。
こんな粘着質なオーラの持ち主など他に誰がいるだろうか。
「ヒソカさん…」
私があからさまに肩を落としたのを見て、彼はクククと笑った。
「酷いなぁ◇ボクはレイが来てくれて喜んでるのに」
「私もヒソカさんで良かった、と思ってないわけではないんです」
どういう試験内容かは知らないが、知り合いの方がまだ安心できる。
出来ればイルミさんの方がよかったのだけれど、確率を考えると彼になっただけでも運がいいのかもしれない…たぶん。
「素直に喜びなよ☆」
「わぁい…」
ヒソカさんはちょっとだけ傷ついた顔をしたが、すぐにあのにやついた顔に戻る。
それから、じゃらりと手錠を見せた。
「ここは修羅の道☆ボクたちは一心同体なんだよ◇」
なるほど。ルールを聞けば、私とヒソカさんは手錠で繋がれた状態で次々と出てくる敵を倒していかねばならないらしい。
その間、どちらかが死ねば両方とも失格。
だが、私はとんでもないことに気づいた。
「手錠って…そんな、ヒソカさん危ない…」
もし敵が私に攻撃すれば、至近距離にいるヒソカさんまで熱のダメージを受ける。
かなり危険だ。
だが渋る私をよそに、彼はむしろ楽しそうで勝手に手錠をはめてしまった。
「心配要らないさ。ボクがキミを守ればいいんだろ◇」
彼はそう言うとひょいと私を抱えあげ、なんの躊躇いもなく扉をくぐる。
「あっ、ちょっ…!?」
現れたのはかなり人相の悪い人々。
どうやら100人ほどいるらしく、全員を倒さねば前には進めないらしい。
抱えられた状態ではなおのこと熱の被害が大きくなってしまうと思い、私は抵抗したが無駄だった。
「じっとしておくれよ★でないと、色んなところに触っちゃうことになるなぁ◇」
「やっ…やだ!もう、放して!」
彼の手が私のおしりの辺りで動く。
真っ赤になった私に、彼はにやにや笑ってトランプを取り出した。
「すぐ、終わらせるよ★」
宣言通り、そこからは早かった。
囚人だという彼らは実質、一般人。
ヒソカさんの敵ではない。
気が付けば周りは血の海で、私もヒソカさんも無傷。
彼は不気味なぐらいその景色にマッチしていた。
「さぁ、行こうか◇」
「わ、私、なんの役にもたってません…」
「ん〜お礼なら後で貰うよ☆」
私はこくんと頷く。
でも、彼にあげられるものなんてあるかしら。
血の匂い。
彼の体温。
私はそれらに包まれて、不思議なくらい安心していた。「私、おかしいのかも…」満足そうに笑うヒソカさんはなぜかとても綺麗に見えた。
**
「三次試験、合格!」
試験官の言葉は私の耳には届いていない。
それよりも私を庇って怪我をしたヒソカさんのことで頭の中がいっぱいだった。
「ごめんなさい…私のせいで」
事情はこうだ。
あのあと100人部屋を幾つか抜けた私たちの前には、一人の男が待ち構えていた。
話を聞くところ、彼は去年ヒソカさんに半殺しにされた試験官で、今年は彼に復讐しに来たらしい。
曲刀を操る男で、実力でいうならヒソカさんの足元にも及ばない。
だが、今回は私もいる。
しかも手錠に繋がれた状態で、だ。
ヒソカさんは相手を簡単に倒したが、
私に向かって飛んできた刀のために、少し怪我を負ってしまったのだった。
「ごめんなさい…足手まといばっかりで…ごめんなさい」
「キミが謝ることはないよ◇ボクは自分の身を守っただけさ☆」
確かにあのまま、レイに向かって刀が飛んでき手いたら、間違いなくヒソカさんは焼け焦げているだろう。
それでも私は無力な自分が恨めしかった。
せっかくイルミさんに修行をつけてもらって、外に出られて、少しずつでいいから何か変われるかもしれない、そう思っていたのにこのザマだ。
泣きたくなる。
ヒソカさんは少しだけ困った表情になり、私の頭をぽんぽん、と撫でてくれた。
「じゃあ、さっきのお礼、貰っていいかい☆?」
「えっ…?」
さっ、と彼の顔が近づいて、私の唇に何か柔らかいものがあたる。
キスだ、とわかったときにはもう離れていた。
「ご馳走さま★」
「…うっ、バカですよ…ヒソカさんのバカ!」
私は力がほしい。
誰かを守れるような力が。
誰かを救えるような力が。
流れる血を見ながら私は心からそう思った。
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