■ 10.どうして我慢できないの
どれくらい走ったのだろう。
もう既に、受験生は3分化されている。
まだまだ余裕があるものと、死に物狂いなものと
脱落者。
私とギタさんは当たり前だがまだまだ平気だった。
やはりゾル家の教育の賜物だろう。周りの苦しそうな表情を見て、やっとこれが厳しい試験なのだとわかるくらいだ。
それにしても、先頭を行くサトツさんは歩いているようにしか見えないなぁ。よそ見をしながら走っていたら、突然ぐいっと体が引っ張られた。
「えっ!?きゃっ」
前に向かって走っていたんだから、後ろに引かれるというのは相当な恐怖だ。だけど落ち着いた先はヒソカさんの腕の中。
何が起こったのかわからずに、私は呆然として彼の顔を見る。
しかし彼は私に説明するつもりはないらしく、抱えたまま何故か普通に会話をし始めた。
「ねぇ、レイ、水見式はもうやったのかい?」
「え、はい…」
周りの視線に耐えかねてもがいてみるが、なぜだかびくともしない。ヒソカさん自体の力が強いこともあるけど、まるで貼り付けられてるような感じだ。
「キミは何系だったのかな☆?」
「…特質って、師匠が」
「うん、レイらしいね◇」
にっこり、と微笑まれ、釣られて微笑を返す。
その途端、また針が飛んできたためヒソカさんはさっと私を降ろした。
「カタカタ、カタカタカタカタ」
(ヒソカ、レイに絡むのやめて)
「良いじゃないか、別に減るものじゃないし☆」
「カタカタ、カタカタカタカタカタ」
(減るよ、ヒソカの寿命が)
「それは怖いなぁ◇」
(…つ、通じてる!?)
傍目に聞いていたら、ただカタカタ言っているだけなのに何故だか不思議と会話が通じている。とてもじゃないが二人の高度すぎるやり取りについていけず、スピードを落とした。
まぁ、ちょっとぐらいならギタさんと離れてもいいよね、修行だし。
キョロキョロしながらゆっくり走ると、受験生の中から自分と同じ銀髪が目に入った。あの色は紛れもなくキルアだ。友達できたのかなぁ…。
隣にはツンツン頭の黒髪の子がいて、何やら話している。
年は多分、キルアと同じくらいだろう。
そのちょっと後ろに金髪美人のお姉さん(?)とサングラスの大人の人がいて、もうグループができたのかと羨ましくなった。
いいなぁ、友達。
なんだかんだ言って、イルミさんとヒソカさんは友達なんだろうし、私も友達欲しいな。
じっ、と見ていたら、キルアがこっちに気付いて手を振ってくれた。
「おーい、レイもこっち来いよ!」
なんで?
私から別行動って言ったのに、入れてくれるの?
嬉しかったから受験生の波をかき分け、4人に駆け寄る。
「キルア!」
「お前さ、羨まし〜って顔に出すぎだぞ」
「え?そうだった?」
それはそれは失礼いたしました。
私が照れていると、黒髪の子がキラキラとした眼差しを向けてきた。
「キルアの知り合い?」
「あー、今こいつ俺んちで居候してんだ」
「俺はゴン!よろしくね!」
「私はレイよ」
居候か…少し昇格したかも。
レイが微笑むと、ゴンはもっとにこにこしてくれた。
「美人なネーチャンだなぁ、俺はレオリオってんだ、よろしくな」
「この男の非礼を詫びよう。私はクラピカだ」
二人は仲良しなのかすぐに口論になる。もっとも、レオリオのは反論になってないのでクラピカの一人勝ちだったが。
ホントにいいな。友達。
私も友達欲しいな。
でもその前に早く人に慣れないと。
レイはじっと口論する二人を見た。
レオリオは男だろう。クラピカが言ったというのもあるけれど、口調や私に対する態度からかなり確信をもって言える。
問題はクラピカの方。
顔…ではわからない。
声…も落ち着いてはいるが特別低いわけでもない。
口調…格式張った感じだけれど、私って言ってるしなぁ。
あんまり私が凝視するものだから、クラピカは紅くなって目をそらした。
「レイ、クラピカは男だぜ」
「あっ、そうなの」
「なっ…」
察したキルアが教えてくれる。
「気にすんなって。こいつワケアリでさ、俺の性別も迷ってたぐらいなんだ」
「…ごめんなさい」
「いや、いいのだよ」
クラピカは始めこそ複雑そうな顔だったが、キルアの言葉に苦笑した。
**
それからしばらくは5人で並走していたが、若くて元気な少年達はさっさと前に行ってしまう。
正直、レイも余裕だったけれど、キルアの邪魔をしたくはなかった。
せっかく同い年らしいし。
年と言えば、レオリオが10代だったのには驚きだった。
ますます他人の目利きに自信をなくす。
そして階段に差し掛かってからは、いよいよ脱落するものが増えてきた。
レオリオもキツそう…と思っていたら、いつのまにか服を脱いでるから焦る。でもそのおかげで男だとはっきりわかった。こんな確認の仕方はできればしたくはないけど……。
レイは何も見なかったことにして、黙ってスピードをあげることにした。
****
時間感覚はとっくになくなっていたが、そろそろ走るのにも飽き始めた頃。
ようやく見えてきた光にレイは嬉しくなった。
出口だ!
周りはゼイゼイと肩で息をし、苦しそうだ。
誰か近くに知り合いは?と見渡したが、ギタさんはおろかキルア達まで見失ってしまった。
「ヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”。二次試験会場にはここを通っていかねばなりません」
頼れる人もいないし今度こそちゃんと説明を聞いていよう。
そう思っていたのに、
「嘘だ!そいつは嘘をついている!」
振り返ってみれば、満身創痍の人がよろめきながら大声で喚いている。
試験官は偽物?俺が本物だって?
根拠がないから人のことはとやかく言えないが、あまり強そうでないこの人が本物だとは思えない。
受験生が困惑し、ザワザワと騒がしくなったのを見て、その人は証拠だと言わんばかりに人面猿のような死体を引きずってくる。
そのとたん、ビュッと空を切る音がして、トランプが
飛 ん で き た
レイは驚いたものの、飛び道具にはイルミさんの針で嫌と言うほど慣れている。
熱を発動するまでもなく、さらっとかわすと、自称試験官は倒れていて、サトツさんはトランプを受け止めていた。
「どうして私にまで……」
驚いたのでヒソカさんを睨むと、彼はニヤリと笑うだけ。
サトツさんにも次やれば失格だと注意されている。
そりゃそうでしょう。
これは名刺を貰ったときとは違って、完全に殺傷能力があった。別に私は殺せないだろうからいいけど…ってよくないか。
でもヒソカさんの凶行は、実際に湿原を走り出してからの方が酷かった。
殺る気マンマンって…わけらしい。
去年もたくさん人を殺して失格になったらしいのに、懲りない人だ。
いくら戦闘狂とはいえ、このあたりの受験生は念も使えないほとんど一般人。
殺しが好きだと言ったって、そんなに楽しくないでしょう?
どうして我慢できないの
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