思い込みニルバーナ
いい加減にしろ、と怒鳴っていたときの泣きそうな顔を今でも脳裏に焼き付いて離れないほどに覚えている。上には焼けそうに照らされた太陽が、横にはいつも通りあいつが、いたはずだった。
俺が悪いと反省はしている。でもあいつがあそこまで気を損ねるのは分からなかった。嫉妬から生まれた恐怖心というものがあいつをああ言う風にさせたのだと後悔した。臆病者だと一番理解してやってたはずの俺が一方的に責めて泣かせたのを、もう思い出したくないあまりに地面を蹴った。俺はとんだ馬鹿らしい。
「っ…あっちぃ」
団扇を片手に放つ声を掻き消す蝉が、これでもかと声を張る。ぱたぱたと見事に軽い音をたてて軽い音を聞くたびに心臓が痛む気がした。汗をだらしなくたらしては目に不運なことに滲んでいく。暑いなか一人で。ぐったりと死人のように、廊下のひやりとした温度に誘われるかのように寝転ぶ。
「…うーん」
どうしてあいつを好きになったのだ。機嫌を損ねたのはあああもちろん俺のせいなのに!今更、今更ごとをいうのか、あいつはまた泣く。気取って強そうなあいつは弱くて脆くて、誰よりも知っていたはずのあいつの幸せを、あっさり忘れてしまった?俺が?
「っんな訳ねえ!留三郎様がこんな…」
「食満先輩止めてください。自分の位を勝手にあげるの」
「ぐっ…富松、居たのか」
「ぐっ、じゃありませんよ」
まったく、と呆れた富松は汗を垂らしては鬱陶しそうにする。富松の視線が痛いなかで、俺は自分の頬を殴った。じんわりと、広がってく赤みと激痛が襲ってきて泣きそうになったが気にしないことにした。俺には当然の報いだ。
「ちょっと、サボるわ」
「あ、食満先輩!」
委員会は富松がいれば安心するけど、あいつの相手は俺以外には務まらない。ふとそう思えたような気がしたのだ。俺はまだ別れたくないし、まだ笑っていたいと思う。
***
「潮江先輩、いつになく機嫌悪いっすね」
「そうだな…何かあったんだろうか」
文次郎はどうしようもない眠気とあのときの苛立ちが募りに募って最高に機嫌が悪かった。あのとき、というのは文次郎が廊下を歩いていると食満にばったり会った。いつもなら意味のない喧嘩をするはずなのだが、食満は文次郎を無視してそのまますたすたと行ってしまった。それだけならまだしも、くのたまと食堂でこれはまたべらべらと下らない会話をしていてそのことに怒ったらそのまま冷たくすたすたと行かれたし、なにがしたいのかいまいち掴めていない文次郎には不安という感情も少し、残っていた。
浮気をされた、飽きられた、と思うのがもっともの理由だと思った。男同士が恋だの愛だの付き合おうだのという選択肢はないはずだったのに、その選択肢にはどこか俺を、食満と好きでいれることを導いてくれるように感じて嬉しくなった。だけれどもやはり食満は堅物の俺よりも、可憐な、それこそ女の子らしい女が好みなのだろうと不安になって嫉妬した。食満がどれだけ俺に違うんだと言っていても、俺には耳に入ってこなくって、いつまでもいつまでも俺の心には恐怖に覆われていた。
(あれは、本当に誤解か、?)
ならばあんなに、笑ったりはしないだろう。俺にはいつも喧嘩を売ってくるだけで笑いもしないくせに。仏頂面でいつも無言なくせによくあんな否定をするような言葉をいえたのは何故だろうか。
(いい加減に、しろ!)
何故なんだろうか、あんな言葉で傷付けて、俺はなにがしたかったのだろうか。俺と別れたことを後悔させたかったのか。そんな理由なら俺は最低だ。依存症なだけだ、俺が不幸になればいいだけじゃないか。
「潮江は、いるか」
「…潮江先輩」
「…分かった」
別れ話、ふと感じたのは思いたくなかった出来事。いつまでも隣は俺だと舞い上がっていたときに戻りたい。今すぐに、あの頃に
「知っている」
「…文次郎、?」
「…別れ、たいのだろう」
息がつまる。文次郎の喉に吐き出したい別れようの五文字が詰まった。しゃくり声をあげてしまう、なんと情けないことか。
「好きだよ、今も昔も変わらず」
ああ、なんということか。食満は俺を好きだといった。夢のように今目に映えている景色も、お前の整った顔も、涙で滲んでいるのに。忍者なんかになれない、本当は誰よりも死を恐れているのに。そんな俺を好いていてくれるなんて、なんというやつなんだろう。
「食満」
「なんだ」
「嘘じゃ、ないかな」
「嘘じゃないとも」
「そうか」
「うん」
涙を拭って、食満を見る。やはりいつみてもあの凛々しい顔だと安堵した。食満はまたごめんな、と寂しそうに呟く。まだまだだなあと思いながらも、良いよと言った。
「雨降らないかな」
「大丈夫だろう」
「このまま晴れたら甘味屋行こう」
「…だな」
いつもお前が居ないと駄目みたいだという
依存しとけと、俺は意地悪く笑って見せた。
-----以下コメント-----
萌 え 禿 げ た(^p^)
依存しとけとかマジ毛根が死滅しました(いい意味で)←
ツボをわかっていらっしゃる//
全裸待機した甲斐がありましたよ!←
ホントすばらしいです
ありがとうございました(*´∀`*)
これからもよろしくお願い致します!