2年目OLの恋愛譚 | ナノ


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私は緊張しながら進められるがままに助手席へと乗り込んだ。そのまま先ほど買った缶コーヒーを渡し、最寄駅を伝えれば車は直ぐに発車したのだが、何を話したらいいのか分からない。そもそもジャーファルさんとはお仕事以外でお話をした事がない。ジャーファルさんと言えば若き有能部長の右腕であり、いつも忙しそうに動き回っている。よく取引先などに出向いたり、会議だなんだと慌ただしい部長のお供もしたりするが、ほとんど部署内にいる事が多い。一体何時に出社し、何時に退社している事やら…。挙句にはイケメンという事もあり、社内の女性が放っておかない。部長を始め、ジャーファルさんを含めて数人が完璧なイケメン、そして仕事もできる。かなりの競争率だと、隣の友人が語る。そんなわけで話す内容も仕事以外の用事もない私は、自分からそのイケメン集団に話しかける事もなく、2年目を迎えた。仕事の話以外に何を話したらいいのか分からない。共通話題ってそれぐらいじゃない? なんだか気まずくて、やっぱり電車で帰れば良かったと後悔していた所で、助け舟が出る。

「今日は本当にありがとうございました。とても助かったよ」
「いえいえ、お役にたてたのなら何よりです」

もう一度お礼を言ってくれるジャーファルさん。本当に良い上司である。

「こんな時間まで残るなんて、入社以来じゃない?」
「え?」
「よく遅くまで残っていたでしょう? あの頃は大きい配置換えがあって、ほとんどの雑務が事務に流れていたからね」

確かにあの頃は、今と比較にならないぐらいに酷かった。入社して間もない私と同期の友人は、ひーひー言いながら遅くまで仕事と格闘していた。朝は出来るだけ早く出社し、それでも片付かずに残業三昧。もちろんそれは部署全体にいえた事だが、当時は辞めるとか、辞めないとかよりも、どうやって自分のデスクから紙を無くすかしか考えていなかったものだ。しかし自分の仕事だけでも手一杯だろうに、部下の些細な姿も見てくれているのだから、本当に上司に恵まれたと感激するほかない。自分のやって来たことが無駄じゃなかったと思える。

「それに比べてシンときたら………」
「…え?」

これからも頑張ろうとやる気に満ちていた所で、隣からいつものジャーファルさんからは考えられないような低い声が聞こえてくる。シン、とは我が部署の若き有能部長、シンドバッド部長の事だろう。え? 部長がどうしたの?

「皆が頑張っているというのに! 取引先の受付嬢に手を出して、余計な仕事を増やしやがって!!」
「え!?」

ちょ、ちょ、ちょっと! ジャーファルさん!? 

「上に話が行く前に処理するのがどれだけ大変だったか!!」
「ジャ、ジャーファルさん、スピード、スピード!!」
「それでも懲りずに同じ会社の受付嬢を食事に誘うなんて、どういう神経と根性してんだ!! 心臓に毛が生えてるだろ!? そう思いませんか、新坂さん!?」
「まえ、まえ、前見てっ、ジャーファルさん!!」
「あ、すみません」

その言葉と同時にいつの間にか此方へと向けていた顔を前に戻すジャーファルさん。ありえねぇー! わき見運転どころの話じゃないよこれ!! どんだけスピード出してんの!? そう思いながら物凄い速さで動いている心臓部分を両手で押さえる。え、本当にこの人ジャーファルさん? 確かに部長の女性関係のだらしなさは有名であり、また書類仕事が続くと逃げ出す癖もあるため、ジャーファルさんに怒られている姿を見る事はある。それにしても二重人格過ぎるだろこの人。そんな想いで恐る恐るジャーファルさんへと視線を向けると、前を見ながら運転していてもそれには気づいたのか、顔に苦い笑みを浮べる。

「取り乱しました、すみません。どうもシン、部長のせいで苦労してきたものですから、色々と感情が出てしまい…」
「いえ、心中お察し致します…」
「ありがとうございます…」

なんだか車内が微妙な空気になってしまった。とても座り心地がいいシートのはずなのに、肩が凝りそうである。窓の外には私たちと同じようにこれから帰宅するのか、それとも金曜という事もあり飲みに行く人たちだろうか。サラリーマンやOLさんたちで溢れかえっている。仕事終わりの一杯は美味しいだろうな。特にこんなに頑張った日なのだから。そんな事を考えながら眺めていると、この微妙な空気を払拭させるかのように明るい調子でジャーファルさんが話しかけてきた。

「そういえば新人歓迎会、来週になりそうだよ」
「あ、そういえばそんな話が出ていましたね」

自分たちが入社した頃にもあった、6月に。明らかに新人を歓迎するには遅い時期なのだが、4月、5月は忙しすぎて肝心の新人である私たちが参加出来ない状況であった。もちろん5月でも遅いのかもしれないが、歓迎会より先に仕事を覚える方が優先されるらしい。そのため毎年この時期なんだとか。今年はうちの部署に事務と営業専門で2人入社した。その子たちのための歓迎会だ。去年は美味しいと評判なしゃぶしゃぶ食べ放題のお店だったのだが、先輩たちへの挨拶も兼ねてお酌に周り、ほとんど食べられなかった。そして今年は天ぷらの美味しいお店。もちろんまだ2年目なのでお酌周りはあるだろうが、去年よりは美味しいご飯が食べられそうである。

「再来週にあるはずだった取引が来週に回されたからね。今月の大きい取引はそれで終わりだし、丁度良いかもって班の子たちが話していたよ」
「そうですね。今から楽しみです!」
「そんなに楽しみなの?」
「はい、天ぷらが」
「え?」
「いやいや、4月から入社して頑張ってくれた2人をしっかり歓迎してあげなくちゃいけませんね」

私のうっかり漏らした本音を拾われたが、その後の言葉でどうやら納得してくれたようだ。そのまま他愛ない話が続き、最寄駅まで着くと口頭で家までの道順を説明する。時計を覗き込むと電車で帰るよりも半分の時間で着いてしまい得した気分になる。そのまま送ってもらった礼を言い、ジャーファルさんは今来た道を引き返していった。




(2014/08/04)




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